完璧にして、不遇の第三王子
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クリストフの側近であるレオニルから、計画通りホーネットを始末したと一報が入ったのは、私達が屋敷を出てからしばらく経ってのこと。
賊の仕業に見せかけておいたが、おそらく碌に調査が入ることはないだろう。誰に殺されようと、奴が罪を償わず逃亡を測った事実は変わらないのだから。海図や商談のリストは、適当なものとすり替えて屋敷においてある。国王はそれさえあれば、私を追求してこないはずだ。
オフィーリアを散々冷遇しておきながら、都合の良い時だけは娘としての責務を果たせと宣う。あんな男は、生きていても誰の心も救うことはできない。
ホーネットの命を見捨てた私の感情は、実に凪いでいた。オフィーリアはきっと悲しむだろうが、それは全て私が一人で背負うと決めている。ヘレナもサラも、そしてヴィンセントさえも。
「この度は、ヴィンセント殿下のご卒去を心よりお悔やみ申し上げます」
謁見の間にて、私は国王陛下の前に恭しく膝をつく。陛下の表情は険しかったが、それがただ上辺を取り繕っていることは明白だ。全てにおいて完璧でありながら、あの男は第三王子というだけで両親から軽視されていた。
第一王子も相応ではあるがヴィンセントよりも劣る為、存在自体が煙たがれていたことも知っている。
自身と同じく境遇に恵まれなかったオフィーリアに異常な執着を見せているのも、愛に飢えているせいだ。
虐げられながらも清らかで慈愛に満ちた彼女を、手に入れなければ気が済まない。
(自分のものにならないのなら、せめて殺してしまおうなんて。まったく、救いようのない馬鹿者だわ)
その感情が理解できるこの私自身にも嫌気がさすが、生まれついての性根は今さら変えられない。
「ヘレナ・デズモンドの犯した罪は、たとえ命をもってしても到底償えるものではありません。そしてそれを、我がデズモンド家が背負わなければならないのも当然のこと」
「国の核である王族の命を奪うなど、あってはならぬこと。ホーネット・デズモンドはいずれ身柄を拘束し、妻であるサラと共に絞首刑に処す」
淡々と述べる国王陛下の視線は、終始私ではなくクリストフに注がれている。
「が、そなたの処遇については一考の余地もあるだろう。ヴィンセントの不始末により、婚約はおろかデズモンドの爵位も家族も、何もかもを失う羽目になったのだ」
「私がもっとあの方に寄り添うことができていたならと、後悔しかございません。この身はいかようにも、陛下の命に従いたく存じます」
「ほう、そなただけは命乞いをせぬのだな」
黒衣に身を包んだ私は、大きな瞳に涙を浮かべながら首を垂れる。隠れた顔の下では、盛大に舌を突き出していた。家族とも呼べない者達の死などどうでも良いどころか、祝杯すらあげたい気分だということに気付いているのは、この場においてクリストフただ一人だけだろう。
(絞首刑なんて、随分とお優しいのね)
見せしめの火炙りくらいしてほしいものだが、雲の上にいる優しいオフィーリアに穢れた煙が届くのは嫌だ。ホーネットもヘレナもすでにこの世を去っているが、あの二人が天国へなど行けるはずがない。もう二度と、オフィーリアの優しさを搾取することはないのだ。
「彼女は見識が高く、遊学中もとても熱心に我が国の風土や風習について学んでくださいました。叶うならばぜひ、オフィーリア嬢にはこのままベッセルに留まっていただきたいのです」
「わざわざ、第二王子自らそれを?」
「正直に申し上げると、私はオフィーリア嬢を妻にと考えております」
事前に打ち合わせはしたが、ここまである直球な物言いをするとは思っておらず、私はツインテールを揺らしながらクリストフに瞳を向けた。彼は素知らぬ顔をして、なおも演技を続ける。
「ヴィンセント王子殿下がお隠れになってからまだ日も浅いというのに、このようなご無礼をどうかお許しください」
「まさかそのような申し出をなされるとは、歴戦の猛者も女相手には敵わなかったということであろうか」
何がおかしいのか、陛下はにたりと口端を持ち上げた。
「しかしオフィーリア自身に罪はないといえども、我が息子を手に掛けた女の姉とあっては、ただ引き渡すだけでは示しがつかん。何か相応の理由付けがあれば、あるいは――」
言い換えれば、オフィーリアなぞくれてやるからそちらも対価を差し出せ、という意味。本来なら私は否応なく死刑だろうが、デズモンド家を皆殺しにすればヴィンセントの醜聞が一人歩きするだけ。ヘレナがかなり騒いでくれたおかげで、二人が私を裏切り密通していたというのは周知の事実となっているのだ。
国王陛下としては、自ら進んで国を出てくれるならば好都合だろうが、体裁は取り繕う必要があるといったところ。
(案の定、思う通りの流れになったわ)
この提案が頭ごなしに無下にされないと分かっていた私は、内心侮蔑の念を込めながら顔を上げた。ヴィンセントを心から愛していたのならば、こんな提案を飲むはずがない。ある意味では、ヘレナがあの男の一番の理解者だったともいえる。
ベッセルは好戦国として名を馳せており、中でもクリストフは負け知らずの戦巧者。手に気回せば厄介だが、私という弱みを握らせておけば有利に立ち回れる。
何かあれば無理矢理にでもオフィーリアに罪を着せ、それを使ってクリストフをゆすれると考えているはずだ。
所詮はこの男も、自身の利しか求めていない。国民も家族も、ただの駒として見ている。
まぁ、王という存在は卑ただ優しいだけでは務まらないと理解しているが、それでもこれよりはクリストフの統治する国の方が随分とマシだろう。信用しているというわけではない、断じて。