皮肉にも愛が溢れていた
「にゃあん」
この男が再びオフィーリアに触れるよりも先に、ととっと素早く彼女の側に寄った。
「ふん。出たな糞猫」
事切れた彼女に寄り添い、力なく投げ出された指をぺろりと舐める。この頼りない指先が私を撫でることは、この先もう二度とない。
「私が憎いのか、お前は」
それよりも今は、自分自身を殺してやりたい気分だった。この二人がオフィーリアを手にかけようと計画を練っていることを知っていながら、それを阻止することが出来なかったのだから。
――愛しているわ、月の瞳の可愛い猫ちゃん。
アレクサンドラだった頃、この金の瞳が自慢だった。処刑が決まってからは、縁起が悪い気味が悪いと、散々罵られた。
オフィーリアがこの場所へ攫われる直前、彼女は私の喉元を優しく撫でながら、愛しむような声色でそう言った。そして、自らが編んだホワイトベージュのブランケットを掛け、私がすっかり眠ってしまうまで温もりで包んでくれた。
――私も愛しているわ、オフィーリア。
そう思ってしまったが故に、まんまと彼女を死なせてしまったのだ。あの時眠ってしまわなければ、こうなることを防げたかもしれないのに。
まったく愛という代物は、いつの時代も碌な事態を引き起こさない。
「にゃあん」
オフィーリアが私に与えた愛。私がオフィーリアに感じた愛。ヘレナがヴィンセントに求めた愛。ヴィンセントがオフィーリアに押し付けた愛。
奇しくもこの凄惨な殺人現場には、様々な形の愛で溢れていたのだ。
「心配せずとも、オフィーリアを悪いようにはしない。便宜上姉妹間で起きた殺し合いという体を取るが、オフィーリアだけは丁重に扱うと誓う。そこに転がっている女は、食うなりなんなり好きにすればいい」
人を殺めたヴィンセントは、さらに美しく妖艶な色香を放っている。深林にはひと足先に夜の帳が降り、月明かりすら差し込まない。この男以外には事の起こりを説明する者がおらず、如何様にも事実をねじ曲げられる。
「……にゃあ」
一人だけ逃げおおせようなどと、そんなことは許さない。オフィーリアを取り戻せないのであれば、せめてこの男を道連れにしなければ気が済まなかった。
「お前が逃げたところで、私は追わない。殺す価値すらない存在だと、その無駄に賢い頭で理解するんだな」
いくらヴィンセントとはいえ、人を殺めたことで気分が高揚しているのか猫相手にぺらぺらと無駄話をしている。普段であれば、私など無視してオフィーリアを連れ去るか、問答無用で斬り捨てているだろうに。