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元悪女は優雅に伸びをする

どうぞよろしくお願いいたします!

「恥を知れ、悪魔め……!」

 婚約者からそんな風に罵られたのは、もう随分と昔のこと。私がまだ《アレクサンドラ・レイクシス》として生きていた、あの時代。

 筆頭公爵家の息女として何不自由ない人生を約束されていた私には、思い通りにならないことなどひとつもなかった。仮にあったとしたら、その時は力ずくでそれを捻じ曲げるか、周囲に八つ当たりして溜飲を下げるかのどちらか。

 容姿端麗、所作も完璧、頭脳明晰とまではいかずともそれなりで、大抵の事柄は難なくこなした。

 どんなに尊大に振る舞おうとも、咎める人間はいない。母親の腹にいる時から王族へ嫁ぐことが決まっていたらしい私は、尊重されて然るべき存在だった。

 金を湯水のように使い、一度来たドレスには二度と袖を通さず、テーブルに並びきらないほどの料理のうちの、ほんの少量を食べて残りはすべて捨てさせていた。

 婚約者である王太子は、私よりも随分見劣りする優柔不断な優男で、何を言ってもへらへらと笑って誤魔化すような甲斐性のない男だった。この私がそんな木偶の坊で満足するはずもなく、当然浮気三昧で美男子と浮名を流した。

 それでも、婚約者が他の女と会話するだけで腹が立ち、そういった姿を一瞬でも見かければすぐに制裁を下した。酷い泣き顔で私の足元に縋りつき、惨めに許しを乞う姿を見ていると、胸がすっとした。

 とまぁこんな具合に、立場を利用して好き放題に振る舞っていた私は、ある日あっさりと処刑されてしまった。うだつの上がらないあの小太り王太子に、まんまとしてやられた。隠す気もない不貞と、数々の令嬢の未来を潰した証拠。挙げ句の果てには、王太子の暗殺計画まで露呈した。だって第二王子の方が美男だったから、どうせならそっちと結婚したかったんだもの。

 断罪場でそう叫んでやったら、冒頭の台詞を叫ばれた。奇しくもそれが、私に向けられた手向けの言葉。稀代の悪女を庇う人間は、家族の中にすら存在しなかった。


「まぁ、こんなところにいたのね。ほら、こっちへいらっしゃい」

「にゃあ」

「あなたの鳴き声って、いつ聞いても素敵ね」

 ──天下のアレクサンドラは、何の因果か猫に生まれ変わった。光の加減で金にも見える、ふさふさの毛を持つジンジャーキャット。我ながら、猫になっても美しいなんてさすがだわと、言葉にならない声で鳴いた。

 飼い主の名前はオフィーリア・デズモンド。出会った頃はまだ子どもに毛が生えた程度だったのに、数年経った今ではそれなりの令嬢へと成長を遂げた。

 デズモンド侯爵家は歴史の古い血統の一族らしく、オフィーリアも王族の妻となるべく厳しい淑女教育を強いられていた。ある日の降雨に、まだ子猫だった私を拾い両親に土下座までして、なんとか飼育の許可を得た。

 美しく儚げな容姿と高い能力を持ちながら、自己肯定感が低く卑屈で内弁慶。最初はそんな彼女が嫌いで仕方なかったが、いかんせん毎日毎時間惜しみない愛情を注がれれば、いくら悪女であろうとも絆されてしまうのは仕方のないこと。

 この世界に、もうアレクサンドラは存在しない。悪の限りを尽くした女は処刑され、現在は猫として日向ぼっこを生き甲斐に暮らしているのだから、お笑い種もいいところだ。

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