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真剣勝負、その②

 最寄の駅を降りると僕らのための送迎バスがあった。なんでもこの日のためだけに八峰の人がチャーターしてくれたのだとか。

 完全空調でリクライニング。手厚い歓迎のバスが発進する。身体を座席に預けて外の景色を眺めているうちに会場の学校。塔城(とうじょう)学園へと到着した。

「お待ちしておりました、久比浜高校の皆さん。私は当校麻雀部の2年、白戸(しらと)。素人の白戸と覚えてください。早速ではありますが対局準備室の方へと案内させていただきます」

 「後についてきてくださいね」とおさげ髪の生徒は踵を返した。僕らもそれについていく。

 玄関口で持ってきた室内用シューズに部員たちは上履きへと履き替えて校舎へ。1階から2階へと上がり、廊下の窓から中庭が見える。ドラマの撮影に使ってそうなくらいキレイでオシャレだった。

「では時間になりましたので本日の合同練習試合を始めさせていただきます。主催、八峰の部長をさせていただいてます、五月女(さおとめ)勝人(まさと)です。では、まずスコアシートを配布して下さい」

 高校生らしくない、丁寧で威厳のある自己紹介をした男子はそのまま指揮を取り始めた。

「…………」

「あの」

「あっ、すみません!」

「うん、よろしくね」

「はっ、はい!」

 白い歯を見せて爽やかな笑顔を向ける。

 向けられた女の子は頬を紅に染めていた。なんて恐ろしいイケメン(ぢから)か。

 縦長の広い部屋。準主催の塔城生徒によってプリントが配られていく。

 部屋を十字に区切り、右前面から時計回りに、塔城。八峰。久比浜。放徳(ほうとく)高校と固まって座っている。

 うち以外は部員が10人以上、八峰なんて座りきれずに立ちっぱなしの部員がいるくらい。

 萎縮してしまう。

 その放徳生からプリントを受け取り、1枚を君井さんへ。残りを後ろの2人へ。手を挙げて受け取ったことをアピールする。

「今ご覧頂いているのは本日のスケジュールです。横の欄に何回戦かとその席の字風、縦の欄にはどの対局室かを表しています。1人あたり5局、全体で20局。開始はこのあとすぐの10時から1時間刻みで3、4回戦の間に全体の休憩を予定しております。再開は14時半から。八峰と塔城さんから5人ずつ記録員を用意していますので、感想戦や牌符検討などに使ってください。ここまでで何か質問は?」

 口早な説明を頭で整理しながら聞いていた。

 第1回戦のA卓は1番から4番がそのまま入り、B卓も同様5番から8番が対局する。ようするに、くじで引いた番号に従って動けばいいだけだ。

 君井さんも頑張って聞いている。山里さんは真面目に聞いているだろうが、一ノ瀬さんはどうだろう。……今のところ寝息は聞こえない。

「卓の振り分けはどうするんです?」

 他の誰かが訊いた。

「いまからクジ引きをして頂き、紙に書かれている番号に従って動いていただきます。他には?」

 静まり返ったと思ったが、それは一瞬。椅子から立ち上がった音が後ろから。

「はい、あるある、しつも~ん。この対局室A室ってのだけ太線なのはなんで?」

 質問をしたのは一ノ瀬さんだった。

「A室は本戦と同じようにモニターされるんです。せっかく来ていただいている先生方を暇させるのもいけませんし。実況解説用に背中側から手牌を映すだけでこちらから干渉することはありませんよ」

「へー……。でもこれ、かなりキツいプログラムだと思うけど西入(シャーニュー)はどうすんの?」

「そうですね……。ではこの部分だけ、本戦とは違いますが無しにしましょう。貴重な意見をありがとうございます。なにぶん、突貫だったものでして」

「いや気になっただけだし。ついでに、おたくの顧問は? それっぽい人、八峰さんだけ見当たらないんだけど」

「あの人は……」

 言葉を区切った司会は、僕たちの横。八峰の誰かと目配せをし、

「まぁ、寝坊ですかね」

 なんてことを言った。


「じゃあセンセー、ウチD卓だから行ってくるねー」

 対局前の説明が終わり、真っ先にクジを引いた一ノ瀬さんはいの一番に出ていった。

 先ほどの質問ラッシュといい麻雀に関係しない顧問の事まで質問するなんて……。彼女のは欠片も物怖じしていない様子。

「…………」

「チーちゃん大丈夫? 寒いの?」

「いえ平気です。全く」

 代わりに、山里さんは口を固く結び言葉をキレも悪い。その言葉が嘘であることは明白だった。

「君井さん、時間大丈夫?」

「ほんとだ! じゃあ私行ってくる!」

 「またね!」と手を振って対局室へと歩いて行った。

 彼女の心に緊張など欠片もないのは初めての対外試合という不安よりも、楽しみや期待といった前向きな気持ちが勝っているからだ。

「僕も学生の時には色々失敗したよ。手牌は崩すわ山は壊すわ。清一色を見間違えたり……それも決勝戦で」

「敗退したって言ってましたもんね」

「落ち着こうとすればするほどこんがらがったんだ。こんなとき先生はどうしろって言ってたっけ? どっちの牌を残せばいいんだっけ? この牌は鳴いた方がいいのか? って。もう本当にボロボロで」

「……」

 ただの独りよがりな独り言だったが、山里さんは真っ直ぐに聞いてくれた。彼女の興味を引きはがせたらしい。

「先生は……どうやって緊張を克服したんですか?」

「克服なんてしてないよ。緊張しているのを認めて深呼吸。事前にできることがあるなら、それはひたすら反復するくらいだね」

 どんなに自信をつけても緊張する場面は多々ある。サッカー選手におけるPK。バスケ選手のフリースローも、残り1本のボウリング然り。

 緊張を完璧に無くすのは不可能に近い。

「それに全く無いというのも一概に良いとは言えないんだ。適度な緊張がかかると良いパフォーマンスが出せるって話もある。大切なのは付き合い方じゃないかな」

「付き合い方……認める……深呼吸」

 復唱して、深呼吸から始める山里さん。ほっ、と胸をなでおろす。

 ふと辺りを見渡すと他の学生はいなかった。選手としてもう対局室へと向かったらしい。

「あれ、まだいたんだ」

 準備室へ戻ってくる人物がいた。

「一ノ瀬さん」

「どったの? 2人してこんな所で」

 1番最初に部屋を出たはずの一ノ瀬さんだった。

「ちょっとアドバイスをね。一ノ瀬さんは?」

「お菓子ポーチ忘れちゃってさ。どう? 1個だけ」

「大丈夫」

 カバンから取り出されたポーチは色とりどり、種類豊かなお菓子が詰め込まれていた。彼女はその中から棒キャンディーを取り出し。包みを破いて口へと入れた。

ほぅ(どぅ)? ひはほ(チサも)?」

「ありがとうございます。でも気持ちだけで結構です」

「……平気? 何かヘンだけど」

「なんでもないよ」

「なんでもあるじゃん」

 じっ、と彼女は山里さんの前から動かない。

「チサって麻雀始めて何年?」

「もうすぐ5年くらい、ですね……。どうして?」

「ウチは半年。4年半も早いのならウチより上手いはずだよね」

「当然です。あのときはたまたま、偶然ですから」

「うん、偶然偶然。なら今日は絶対なはずだよね。だって7戦もするんだから」

 急に話題を変えた彼女は、カロン、と飴を鳴らして挑発的な視線を送る。

 この間は1戦限りの直接対決。1度の勝ちで勝敗が分かれるが、今日は7戦。

 本戦と同じリーグ戦。短期的な爆発力ではなく長期的な粘り強さが求められる。

「じゃあ、楽しみにしてるから」

 幼なじみなりがち激励が効いたのか。山里さんに迷いは見られなかった。ギラギラ鋭い瞳は勝ちへの集中が伺える。ちょうどいい塩梅になってくれたか。


『ロン。3900ですわ!』

 モニターの向こうでは4人の学生が卓を囲んでいる。

 第3試合のA卓は、1番、7番、13番、19番の対戦。この中に久比浜の生徒はいない。

「振り込み……珍しいですね」

 1回戦、2回戦と見てきたが、アガりのほとんどがツモ。それ以外は流局でまるで凪のようだった。

「……」

 他の人は何も答えてはくれない。厳しい目付きをして、ノートに何かをメモしている。

 気まずい。

 これは話かけない方がよかったか。なんて思っていると、

「もしかして、有原君?」

 と、声を掛けられた。

 比較的若めで僕と年齢が近そう。彼女もどこかの麻雀部の顧問なのだろうか。

「あの……?」

「そうですけど、どうして僕の名前を?」

「あれ、覚えてない? 姫木って言ったらわかるかな?」

 ほぼ押しつけられたように名刺を受け取る。『塔城麻雀部顧問』という文字に並んだ名前らしい文字列にはとても見覚えがあった。

「もしかして、ひめのさん!?」

「さん付けじゃなくていいって、昔から言ってるでしょ?」

 久比浜初代麻雀部の副部長をしてくれた姫木ひめのさん。当時からクラス1番人気の女子で恋バナの時は絶対に名前が挙がるほど。それだけでなく同性からも好かれているムードメーカーを体現したような人。

 こんなところで再開できるなんて思っても無かった。

「伝言を預かってるんだ。昼休憩に待ってる、だって」

「伝言? 誰から?」

「これさえ言えばわかるって言ってた。私もそうだと思う。あと、来なかったら恥ずかしいこと言いふらす、とも」

「はぁ?」

 なんと無茶苦茶な伝言、というより、脅迫。

 脅迫としても不充分だ、イマイチ怖さが実感できない。

『全部屋の終局を確認しましたのでただいまを持ちまして昼休憩とさせて頂きます。再開は14時30分を予定しておりますので、遅れないようにご注意ください。選手のみなさま、お疲れさまでした』

 放送室からアナウンスが入る。モニターの向こうも終局しており、記録を取って点棒を元に戻しているところだった。

「では有原さん。私はお昼をいただきますので」

「あ、はい。おつかれさまです」

 雪乃さんはペコリとお辞儀をして部屋を出ていった。

 引率という始めての仕事か、昨晩は寝つきが悪く今朝はバタバタしてしまったので朝食を口に放り込む時間がなかった。お腹は空いたどころか、常に駄々をこねている。

「ご丁寧に名刺まで……待ってる?」

 先ほど受け取った名刺を見てみると、裏にそんな書き込みがあった。待ってるとは言ったものの、その本人は出て行ってしまった。

「昼ご飯かぁ」

 当然、弁当の類は用意していない。けれど、用意していないからこそのメリットはある。塔城の学食は休日でも利用できるようだし、街まではバスで行くこともできる。温かいものを食べれられるだけでなく、よりどりみどりだ。

「いや、やっぱり後回しにするのは気持ち悪い」

 用事を残して昼食を取るより、憂うことなく楽しみたい。

 敷地外へと向いていた足を他の教室へと向けなおす。先に伝言とやらを聞いてしまおう。

 そう思った瞬間から、お昼を食べる時間が消滅した。

 待ってる。とは書かれているものの、どこで待っているのかが書かれていなかった。


「すみません! 有原小太郎ですけど、僕を探している人はいませんか!?」

 何言ってんだこいつ。という呆れた視線が僕を貫いていく。時刻は14時05分。

「失礼しました!」

 大きく頭を下げて職員室の扉を閉める。クスクス笑いの学生に目もくれず、一心不乱に早歩きだした。

 僕のはどこへ行くのか、どこへ行けばいいのか。伝言の人物はどこで待っているのか。

 昼休みはあと15分。

 教室という教室を片っ端から開け、広い中庭を走り回り購買で飲み物を買い、職員室を当たってみたが、それらしい人物はいなかった。

 もらった名刺をみてここの教員だと気づいたときは職員室(あそこ)だと思ったのに。

「ん? この匂い……」

 裏の『待ってる』の文字をよく見てみると何も見つからなかったが、それとは別に鼻に着く匂いを感じ取った。


「有原さぁ、お前。マジで教師ンなったのかよ」

 屋上で1人。長髪の女性は柵に肘をかけ、灰色混じりの息を吐き出した。

 溜まった疲れや鬱憤を出し切り、新鮮な空気を吸って。

 その人はこちらへ振り返った。

「お久しぶりです。日生(ひなせ)先生」

「……ん」

 高校時代の担任教師で、恩人で、なにより麻雀を教わった人。

 日生ルカその人だった。

「元気そうでなにより」

「先生こそ、お変わりなく見えますよ」

「やめろよ。こう見えて変わってきてんだ、顔周りとか生活リズムとか。ちょっと走っても昔は平気だったのに、今じゃちょっと歩くだけで息が切れる。どうしてかな」

 昔を見ているような、遠い目をして。吸っていたものに口をつける。

 それが原因だろう。

「先生がまだ先生でいてくださってよかったです。まだ麻雀を続けているようで」

「ま、その辺はテキトーにな。ってか、先生ってのいい加減ヤメないか?」

「どうしてです」

「私はもうお前の先生じゃないからだ。次そう呼んだらゲンコツだからな」

 口癖も変わっていない。懐かしい。

「分かりました。日生……さん?」

「……ヘンだな」

「ですね」

 僕と先生は目を合わせて笑った。

 その後はお互いの近況を話したり、生徒のことを話したり、彼女はいるのか? なんて茶化されたり、昔の仲間のことを話したり。

「お前だけは絶対に無いって思ったのに」

「無いって、なにがです?」

「教師。へっぴり腰で気の弱いお前には長続きしないと思ってた、ましてや今の久比浜じゃ」

「なれって言ったの、せん……日生さんじゃないですか」

「そんなこと言ったっけ?」

「言われましたよ。覚えてないんですか?」

「まぁいいか」

 ふっ。と最後を吸い終えると、胸ポケットから携帯灰皿をとりだし、灰を落とした。

「大変なことになったな。お互いに」

「でも楽しいですよ」

 部員が3人集まって、合同練習試合というイベントも降ってきた。

 これから忙しくなるのは目に見えているけれど、準備ですら楽しく思える。

「うちは負けないからな」

「はい、先生。あっ」

 激励の代わりにコツン、と軽いゲンコツをもらって、2人で屋内へと戻る。途中、急な用事が入ったらしく、「悪い」と先生方は車でどこかへ行かれた。


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