麻雀部員、三人目
「小太郎さぁ、教師ンなりなよ」
夕方に差し掛かった教室で、僕は先生に相談をしていた。
これは夢だ。
確か時期は、2年生の12月。生徒と担任教師、一対一での個人面談でのこと。
僕は部内での亀裂についての相談をした時だ。
「教師? どうしてです」
「そりゃお前、たくさんの人を見れるからだろうが」
僕は首を傾げた。
見かねた先生が、「あのな」と補足してくれる。
「人には人の事情や理論がある。んで、それはそいつらと交流してみなくちゃわからない。自分がされて嫌な事でも、相手にはそれをする理由があったりする。ってもんだ」
相手の立場になって、考える。
それを、被害者の側でもやってみろ。というのが先生の言いたいことだったのだろうか。
「でも、部活の邪魔をしていい理由にはなりませんよね? 僕、今年こそは全国に行きたいんです」
当時は納得出来なかった。正直、今も完璧に理解しているとは言えないけど、そう考えてみることにはしている。
「ははっ! 若いな、小太郎は」
「当たり前でしょう。高校生なんですから」
「それもそうだ」
先生は不敵に笑って、
「頑張れよ」
と頭をグシャっと撫でて席を立ち、次の生徒を呼ぶために廊下の方へと行ってしまう。
窓の閉じられた教室に、爽やかな風が吹いたように感じた。
「ってことで、一ノ瀬ミカです。よろしく~」
放課後、旧校舎2階にある部室。
そこで行われた新入部員の自己紹介を、僕たちは三者三様の反応で聴いていた。
「わぁー! これで4人だよ! 4人ってことは、いつでも麻雀ができるってことだよね! ――部長の君井やすよです! これから頑張ろう!」
強引に手を握り、ぶんぶんと大きな握手をする者。
「4人とは言っても、大会に出られるのは3人なんだけどね。麻雀部顧問の有原小太郎です。教師として現代文や古文などの、国語を受け持っています。改めてよろしく」
襟を正して自己紹介を返す者。
「………………山里千智」
不服! といった態度を隠そうともしない者……。
「どうしたのチーちゃん。具合悪いの?」
「さぁ、なんかヤな事でもあったんじゃない?」
どの口が。という不満がとんがった口から読み取れる。
「それより先輩、盲牌はできるんですか?」
「もーぱい? なにそれ」
「こう、牌を握ったときの親指の感覚でどの牌かをあてるんですよ。麻雀牌はぁ~……っと♪」
目的の物をみつけた一ノ瀬さんが、こいこいと手招きをする。
整頓していた牌をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、適当に1枚をピックする。
「むむむむむ……」
彼女の指が凹みの詳細を知ろうとする。
女子高生らしく、爪には鮮やかデコレーションが施されていた。
「この縦線の集まりは……サンゾウ!」
正解は三索。
「なにおう! まだまだ、これは……ローソウ!」
正解は九索。
「今度こそ……スーソウ!」
北。
「これは…………これはなに?」
一ノ瀬さんは萬子で撃沈。
「しょうがないよ、だって半分同じだし堀りも浅いし」
「そんなこと言う先生はどうなんだよぅ! 出来るのかよぅ!」
「じゃあ、ちょっとだけ」
ごちゃ混ぜになった牌から、適当に4枚ピックする。
「チーピン・スーワン・西・イーピン」
親指で撫で表に、親指で撫で表に、を4回繰り返すと、卓上に宣言した通りの柄が並んだ。「先生すごい!」
「速すぎませんか?」
ドヤ顔だった一ノ瀬さんは顔真っ赤でお口はあんぐり。
「ま、このくらいはね」
奇跡でも何でもない。誰だって訓練すればできることだ。
同じく学生の時、全く同じことに凝った時期があった。
相手の捨て牌が入れ替えた牌なのかツモ切りなのか、捨てるまでにどれくらいの時間があったかどんな表情をしていたか常に見ておけ。手牌13枚は常に記憶して山から取った牌も指以外で見るな。という無茶苦茶な訓練の賜物だ。
「じゃあ皆で麻雀ジジ抜きでもやってみようか」
その訓練の1つを提案してみることにした。
「盲牌が出来る頃には牌にも慣れているし、暗記力がついたら難しい待ちも覚えられる。それに勉強にだって使えるかもね」
なにより、2人のギスギスした雰囲気を解消したかった。
こんな暗い雰囲気で麻雀したって、2人の仲は悪くなっていくばかりだ。ここはひとつ、簡単な遊びで忘れてもらうのが1番。
「勉強に!? はい! はいはーい、先生私やります!」
と部長が食いつけば、
「……じゃあ」
「1回だけ」
1人、もう1人と釣れた。
あとはおいしく調理するだけだ。
「全然わかんねぇ……」
「場所は覚えていても、盲牌ばかりは……」
「あ! 揃った!」
一ノ瀬さん、君井さん、僕、山里さんという順番でジジ抜きが始まった。僕は正答率100%暗記力もバッチリなので1回休みを挟みつつ。
「チーワン……あっ、違う」
1枚目の盲牌をはずしたら2枚目はめくれない。
「ウーソウはたしかこの辺りで、これしかめくっていないから……よしっ」
手元にペアが増えて、これで20個目。
一ノ瀬さんが4つ、一ノ瀬さんが5つ、意外な事に君井さんが8つと2人をリードしている。
「揃わない……」
「こっちも。先生これガン牌なんじゃない?」
「まさか。ガン牌だったら盲牌しなくてもわかります」
「バケモンだ」
触って判断するより、見て覚えるほうが確実に分かりやすいのに。
なんて考えているうちに、残りは7枚。
ここまでくるともう神経衰弱になる。
「これがキューソウで、もう1つはここ! っしゃぃ!」
ペアを作った一ノ瀬さんが大きくガッツポーズをする。
僕はというと、67ペアの半分の34ペアを作ったので出禁を食らってしまった。
「これが白でこっちも白! やったー!」
君井さんが12個目のペアを作り2位が確定したので抜け。
残った牌は11枚。五萬・六索・一索・白・九索・の3種類。白はだれでも分かるのでここまで残っているのなら恐らくジジだろう。
「キューソウは、これ」
「じゃあローソウ」
「……パーピン」
2人は分かりやすいものからめくって言ったので覚えていたのだろう。逆に言えばめくられていない牌は盲牌が難しいもの。萬子が残ったのは必然的。
2人のペアの数は10対10で同じ数。
つまり、ペアを作った方の勝ち。
「……」
一ノ瀬さんが牌を掴み、表面へと親指を這わせた。
「は、はぁぁ? ……」
感触を確かめるように押し込んだりスライドしてみたり、プリンターの如くうねうねと練り込んでみる。
「5だ……」
と呟いたのは、君井さんだった。
「部長ちゃん?」
「あ、ごめん! 思い出してたらつい」
「もしかして、今までペアになったの全部覚えてたんですか?」
部長ちゃんは、コクン、とうなづいた。
「全部……なのかな? 自信はないけど、残ったのは白だよね」
残った牌もめくってみると、確かに彼女の記憶通りに残っていた。
「このペアって、部長ちゃんのってことにしない? どうせウチわかんなかっただろうし」
「取られたものを記憶しているなんて……しかも、順位が確定しているのに」
「部長ちゃんすごーい! 天才! 天使! かわいいー!」
「わっ! びっくりした! でもありがとうー!」
くしゃくしゃに揉まれながらも笑顔でいる君井さんは、まるで大型犬のよう。
投げられたおもちゃをキャッチした後にように、
「ね! もう1回やろうよ! こんどは勝ち抜けなしでさ!」と提案する。
時間もまだある、2人の興味も削がれていない。悪くないとは思ったが
「あー、私パス。帰んなきゃなんだ」
一ノ瀬さんがそれを拒否した。
「え、もう帰っちゃうの?」
「アルバイトですか?」
「そ、やっぱJKって金かかんのよ、服に爪に髪にアクセサリーじゃん? ケータイじゃん? 買い食いにも使っちゃうし……」
手の甲やスクールバッグなどいっぱいのキラキラを見せると、その場でくるっと回って見せた。制服も改造されているのかフードが付いていて、煌びやかな金髪が舞い踊った。
てことで、お疲れさんっした~」
バチコン★ とウインク1つ。一ノ瀬さんが退出しました。
「でも、おかしいです。昨日お店に伺った時はネイルなんてしていませんでした」
「確かに」
よく手元を見ていたから覚えがある。彼女の爪はなんの飾りもない健康的な爪だった。
「新しいことを始めるゲン担ぎでしょうか?」
「今年は勝てるといいね!」
「勝ちましょう、絶対に」