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真剣勝負、その①、2巡目

 25000点持ち3万返しの東南戦。席順は東から、青ネクタイ、山里さん、太っちょ、ミカ。という順番になった。

「リーチ!」

 東1局の10巡目。

 一ノ瀬さんがそう宣言すると、切った牌を横向きにし、千点棒を卓の窪みへとはめ込んだ。

 リーチとは「私はあと一歩でアガりですよ」という宣言のようなもの。いくつかのメリットはあるが、それと同じくらいのデメリットがある。例えばそれ以降、どんな好牌を引いたとしても手牌と入れ替えることはできない。

 つまりこれは一ノ瀬さんが真っ先に攻めたということ。その捨て牌は、

 一段目 東発16北7

 二段目 ②①八五

 こんな感じ。

 特筆することも特にない、至って普通の捨て牌だ。

 さて、このリーチに山里さんはどう対応するか。手牌はこう。

 七八②④⑤⑦2477999北

 彼女は何ら悩むことなく、ノータイムで八萬を選択した。

 麻雀には自分で引いた牌でアガるツモあがりと、他人が当たり牌を捨てた時のロンアガりの2種類がある。前者の場合は自分以外の3人から点数をもらい、後者は1人から。

 どれが当たり牌じゃないかなんて、わからなくない? 麻雀始めたてはそう思うはず。そこでまず見るのリーチ者の捨て牌だ。

 これらは「この牌は要りません」という宣言であり、そのため捨てた牌でアガることは出来ない。これを、安全牌という。

 後から「欲しい!」と思っても、そうは問屋が卸さない。

 麻雀はルールが厳しく出来ているのだ。

 その後の山里さんは、4筒、5筒、引いてきた北、と手離していくと九索の暗刻面子を3連打。

 捨て牌が3段目に突入しても、リーチの手が開けられることはなく。

「テンパイ」

 青ネクタイが最後の1枚を切ると、一ノ瀬さんはそう宣言して牌を表に。他3人はそうはしない。

 テンパイとは、4面子1雀頭があと1枚で完成しますよ、という状態のことを指し(そうでない場合はノーテン)、アガれなかった場合でも、途中点をもらうことができる。

 テンパイは一ノ瀬さんの1人だけ。3人から千点ずつ、3千点を点箱へとしまった。


 続く東2局と3局は、一ノ瀬さんが男性陣からタンヤオ(手牌全てを数字牌の2~8で構成する役のこと)をロンアガりし、4千点ほど上乗せ。

 それに奮起したのか、それまで静かだった山里さんが満貫の8千点をツモあがった。

 南1局は全員がノーテン。最後の2巡で男性陣が鳴きを頻発したが実らなかった。

 順位は、山里さんが32000点、一ノ瀬さんが27900点、青ネクタイが20700点で、4着の太っちょとは700点差。


 南2局は一ノ瀬さんの後ろに着くことにした。自分以外の3人が相手の麻雀が、今回に限り相手は1人。そのライバルとの点差を残り2局でどう詰めていくのか。それが気になったからだ。

 親番の太っちょがサイコロを回し、出た目は11。向かいの青ネクタイの山から配牌を取られていき、めくられたドラ表示は六索で、ドラは一索。


 一四七九126⑦⑧⑧西中


 これが彼女の配牌。面子は1つもない、愚形も愚形。

 こんな手牌でも戦わなくてはいけない。不利な麻雀を強いられたが、それを嘲笑うかのように、一ノ瀬さんは好牌ばかりを引き寄せた。

 まず九筒で七八九筒の1面子を完成させると、五萬、六萬ともうひとつ。五索でポンが入るなり早々とHを捨ててAを引き入れた。

 配牌で4シャンテンの手牌が、捨て牌が2段目に入らないうちに2シャンテンへと良化し、さらにドラが2つ。手広く、打点も見込める手へと変化した。

 が、理不尽はさらに牙をむく。

「リーチです」

 山里さんの先制リーチが入った。

 西南二①六七

 たった6枚の捨て牌が相当な威圧感。中でも、最後の2枚はリャンメン塔子。

 1シャンテン時には必ずと言っていいほど塔子の取捨選択が起こる。

 塔子とは面子の卵のようなもので、カンチャン(57の時の6)ペンチャン(12の時の3)シャンポン(44、東東)リャンメン(56の時の4,7)の4種類があり、この中で最も良いとされているのはリャンメン待ち。前2つは待ちが1種類のため、リャンメンと比べるとアガりづらさがある。

 ではシャンポン待ちはどうかというと、確かに待ちは同じ2種類だが枚数で劣る。

 麻雀牌は1セットにつき同じ牌は4枚ずつ。特定の2種類に限れば8枚。シャンポン待ちはその半分を自身で使っているのに対し、リャンメン待ちはその8枚をフルで待つことができる。他家の手中にあることも考慮すれば、この待ちの強さはわかるだろう。

 そしてそれをポンポンと捨てた上でのリーチ。多少なりとも(おのの)いたのは、僕だけではないだろう。

「っ……ポンッ!」

 たまらず、青ネクタイが2つ目の鳴きを入れた。数秒悩んだ後、打南。親のリーチの一発をポンで消し、安全牌を落とす。既に鳴いていることからも、タンヤオでの手作りを考えているのだろうか。

 山里さんが牌を引き、改めて牌を曲げた。

 今度は鳴きが入らない。それどころか、太っちょの手がツモ山へと伸びていかない。

「…………!!」

 手牌、山、捨て牌と視線がぐるぐる、手が右往左往。明らかに迷っている。

 彼はいま最下位で、何としても点を搔き集めなくてはならない。かといって当たり牌を切って点棒を減らしては元も子もない。ヤマアラシのジレンマが彼を戸惑いの中から離さない。 

「……すみません」

 数秒考えた後、結局切り出したのは一索。捨て牌にある完全安全牌だ。

 太っちょは今南場の南家で、彼にとっては重要な牌。相当悩んでいたのを見ると、複数枚あっただけに泣く泣く手放したのが伺える。

 それに比べると、山里さんの選択は一瞬。

 二索だった。

「えっ」と、つい声が漏れてしまい、口を塞いだ。

「ほぉ~」と青ネクタイは頬を緩め、

「どうしてそんな牌が……」と小声で太っちょが戸惑っている。

 中でも山里さんは一見冷静に、卓の中心へ視線を落としたまま。

「え、そんな牌が通っちゃうんですか!?」

 太っちょが目を見開いて声を荒げた。

 一ノ瀬さんはリーチのド本命。ドラの一索を捨てたのに、山里さんは顔を上げて反応した。

「それ、本当に切っちゃうんですか?」と太っちょ。

「え? ダメなの?」

「いや、ダメじゃないですけど……」

「だよね。ちなみにこれ、通るよね?」

 白々しく切られた1枚を、無言の合図で返事が済まされた。これはセーフだ。

 それを見て、全員の目に生気が宿る。守備一辺倒だった2人が、ぐぐっと、やや前屈みになった。

「これは通るんだったな! ――リーチ!」

 青ネクタイはそう宣言して曲げた牌が、カツンとぶつかって音を鳴らす。ドラが全部場に現れる珍しい事態に。

「じゃあこっちも、リーチ!」

 2人の独壇場に一ノ瀬さんも名乗りを上げた。

 どちらの牌にも、ロンの掛け声はなされない。ここで太っちょはまた猫背になった。

 1枚、もう1枚と手の動きが速くなる。

 自分のアタリ牌をツモれ!

 他人のアタリ牌は掴むな!

 自分のアタリを捨ててくれ!

 そんな想いの三家リーチ。ここから先は完全に運の領域だ。

 捨て牌が3段目に入り、山里さんが六萬をツモ切りした時だった。 

「そっ、それ! ロンです!」

 カチャ、と食い気味に手を倒すと、

「ウチも一緒だ~。ま、のみ手なんだけどね」

 一ノ瀬さんも手を晒した。

 1人の捨て牌で2人がロンをする。いわゆるダブロンとなった。放銃してしまった山里さんは5200点、1300点をそれぞれの前に置く。

「これ、リーチ棒はどうするんですか?」

「上家の総取りだよ、だからおにーさんの」

 そういって、自身の目の前の1300点を箱にしまっていく。

 僕からは背中しか伺えないが、一ノ瀬さんはどんな思いでこの牌を落としたのだろう。


 南3局は青ネクタイが安い手での連続和了(アガり)で千点を加算した。

 1度のアガりから一気に逆転、という流れに思えるが、それは全く違うように感じる。具体的には、そうさせられているのではないか。

 前々局のドラ切りは、彼女が通さない限り有り得ない手だった。さきほど2度あった鳴きも、アガったのも一ノ瀬さんから。

 彼女だけに限って見れば、(通ったからよかったが)ドラを2枚も落としているわけだから、その時点でリスクに見合っていない。 

 まとまらない思考をぐちゃぐちゃとかき混ぜるように、卓上の牌を一緒に吸い込まれていき、オーラス。その牌山が現れた。


 南4局(オーラス)

 麻雀にも一応、サドンデスという概念がある。

 東風戦もしくは半荘(ハンチャン)戦でオーラスが終わったときに、3万点を超えている人がいない場合。南場、西(シャー)場へと入り3万点を超えた時点で終局というもの。

 今、それになりつつある。

 2人、というより、青ネクタイを含めた3人に、点数での優劣はそれほどない。挙げるとするなら、親番の一ノ瀬さんがやや有利か。

「ポンです!」

 3巡目、ドラの発を鳴いた山里さんは、

「……っ、チーです」

 と初っ端から珍しく鳴いて大逃げをうった。

 これで発、ドラ3の4(ファン)。ボーダーの3万点越えは確定。

 その一方、一ノ瀬さんの手牌はこう。

 一四六九②④⑤⑤⑥4567

 4―5―6の三色同順(サンショクドウジュン)が見えていて、こちらも条件はクリア。ただ、雀頭が固定化できていないのがやや不安か。それでも3シャンテンで受けも広い。

 ドラ切りの太っちょも手を絞っているのか、捨て牌に索子は見えない。

 2人の手牌形が分かったところで、僕は山里さんの後へと立った。鳴いた後の彼女はどう打つのかを見ておきたかった。

①②⑦⑧446 発発発(ポン) 324(チー)この手にGが入り、ノータイムでZを切ったところだった。

 その勢いにノッたのか、次巡に筒子(ピンズ)を重ねてテンパイ。6―9待ちに。

 どの河にもその姿は無い。つまり、両面待ちの優れた点である8枚がフルに待てる。対面が抱えているから7枚だけど。

 それでもまだ1段目の終わり際。勝敗は大きくこちらへ傾いた。

 と、思われた。

オープン(・・・・)リーチ」

 と、一ノ瀬さんが手牌を明かすまでは。


 晒した牌は筒子の二から八までの7枚。2―5―8の頭待ちだ。

 「それ、アリなんですか?」山里さんがこちらへ振り返る。

 答えあぐねていると「問題ないよ」と、マスターが横にいた。

「さっきのダブロンもルール通り問題なし。何かあったらこちらから動くから、さ、続けて」

「はい……」

 目を卓へと戻した山里さん。ポン、と肩に手が置かれる。

 振り返ると、人差し指を口に寄せて「静かに」というジェスチャーのマスター。黙って見ていろ、そんな目をしている。

「でも」

 口を開くと、グッ、と細い身体からは予想外の力が込められる。

「ロ、ロン! ハネ満」

「……はい」

「すっごい! 逆転トップじゃん!」

「やるなぁ太郎~」

 山里さんから太っちょへの放銃。面前の清一色は6翻で、ハネ満。これで彼は3万点を超えた、ボーダークリアだ。

「悪い癖だな……」

 マスターがポツりと呟く。

 数秒見ていないうちに、勝負は決まってしまった。


「では先生。私はこれで」

「うん、おつかれさま」

 プシューと自動ドアを閉め、電車はホームと山里さんを置き去りにする。

 2人の勝負はというと、決着がつかなかった。どちらがトップを取るか、という判断だったのに、1着はどのどちらでもなかった。話し合いの結果、着順の差を考慮し権利を譲ったのだが、

「部活の代表って目立ちすぎるからやっぱイヤ。なんか他の役職テキトーに考えとくね!」

 とほっぽられ、カフェ自体の営業時間も終了。追い出されてしまった。ので、帰宅することに。

 家へたどり着いても、風呂に入っても、夕飯を食べても、頭から離れない。

 あの立直を、マスターも知っていたはず。公平性を保たなければいかないはずの彼が、どうしてそれを見過ごすようなことをしたんだろうか……。

 布団に入って寝落ちるまで、ぐちゃぐちゃの思考は全くまとまらなかった。


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