真剣勝負、その①
「麻雀ができる生徒、ねぇ……」
「お願いします戸田先生。どんなに小さなことでもいいんです」
「ってかどうして俺? もっと他にもセンコーいるでしょうに」
神社でするように1人の男に手を合わせる。2年先輩教師の戸田先生だ。
「それはですね先生。生徒が一番心を開いているのがあなただからですよ」
「はぁ~~? 俺が一番だぁ~?」
「告白とかされたんでしょう? 有名ですよこの噂。一人ぐらいいい子はいたんじゃないですか?」
「ま、ガキの割にはってとこかな」
チクチクとした無精ひげをプチプチといじり、テキトーな返事をする。
戸田先生は教師としての評判はあまりよくない。授業はいつも5分遅れ、小テストや定期テストは前年の使い回し。そのテキトーさ加減が生徒人気の引き金だ。
「しゃーねーなぁ~。ちょっと頭ン中探るから待ってな」
「はい! お願いし――」
「いねぇな」
「っおい!」
このテキトー人間め!
アテにした自分が恥ずかしい。
「まぁまぁそんな怒んなって、明日から探してみるからさ」
「真剣にお願いしますよ! 大会が近い――」
んですから!
と、つい、大声を出しそうに。それを静止したのは咄嗟に塞ごうとした手ではなく、プルルル、という固定電話の音だった。
「はいお電話ありがとうございますこちら私立久比浜高校です」
「……あっ!」
こいつ、逃げやがった!
外部の電話なら当然そちらを優先しなくてはいけない。ずる賢い!
「はい、はいあー、はい。それは申し訳ありませんでした。なるほど~、あーはい、え? もちろん聞いてますとも」
電話の向こうは苦情電話らしい。そんな訪ね方したら怒鳴られても知らないぞ。
「……ん?」
じっと見ていると顎で出入り口ドアの方を指していた。振り返ると、黒い長髪が凛々しい山里さんがいた。
「今日の部活、どうしても4人打ちにしたくって、先生達の中に時間があって麻雀の出来る人はいないかな、と思いまして」
昨日入部したばかりの彼女は、今朝と言いやる気充分で準備も怠らない。全く、適当に電話を取っているどこかの誰かさんにも見習ってほしいものだ。
「先生?」
「あぁうん、聞いてるよ。あと2人だね?」
そうは言っても、職員室にはほとんど誰も残っていない。授業はとっくに終わっているし、部活動持ちの先生たち(電話中の若干1名を除く)は然るべき場所へ行っているからだ。
高校生だから雀荘へ行かせる訳にもいかないし……。
「それは本当ですか?」
声を荒げたのは戸田先生。視線がバッチリ合う。
耳から受話器を離し、話口を塞いで、
「俺に感謝しろよ? 麻雀部の部員候補が見つかったかもしれん」
と興奮気味に話した。
「その人はどこにいるんですか!?」
こっちも興奮気味。
「1回しか言わないからよく聞けよ? 場所はだな……」
冷めやらぬまま、その場所とやらを叫んだ。
「『麻雀喫茶、すくえあぁ』だ!」
麻雀喫茶……? その場所って確か………。
「コーヒー2つ、お持ちしました」
僕たちと、向こう側の1人を隔てた素朴なデスクに、香りを昇らせたカップが置かれた。
「それで、今日はどんなご用事で?」
向こう側。白シャツにスラックス、カフェらしく茶色エプロンをかけた男性。胸のネームプレート、村上伸一さんが鋭く見捉える。
「先ほども申し上げました通り、このお店にアルバイトの学生がいると思うんです」
「ええ、何名かおりますが、それが?」
「その中の1人、うちの生徒なんですけど、アルバイト届けの提出がされていないんです。端的に言うと校則違反でして」
「それは大変、大切な働き手がいなくなるのはこちらとしても困る」
「いえ、そんな大層な話じゃないんです。こちらの届出を記入してもらえば結構ですので」
「これを? このためだけに先生が?」
と、訝しむような視線。
「では、こちらの生徒さんは?」
と、手を上向きに山里さんを指した。
「彼女は別件でして」
「別件?」
首を傾げた、今度は山里さんへと向き直る。
「君も、ここでアルバイトを?」
「いえ、そうではなく紹介して欲しくて来たんです」
「紹介? うーん、どうだろう、働き口に心当たりはないんだ……」
「いえ、そうではなく。部活動への勧誘に来たんです」
「部活動?」
「私たちは、久比浜高校麻雀部です。麻雀のできる人を探していまして……金髪の女性の方らしいんですけど、お心当たりは?」
「なるほど、そういうことでしたか」
ここは麻雀のできる喫茶店。
アルバイトをしている学生なら、きっと麻雀もできるだろう、という目論見で足を運んだ。
「ふむ……」と、村上さんは腕時計を確認。
「久比浜生徒で金髪……。あぁ、彼女ならもうすぐ来ると思いますよ。他に部活をしているという話も聞きませんし」
「本当ですか?」
「普段は飄々としているんですが、仕事では無遅刻なんです。名前は」
そこまで言ったのを遮ってカランコロンと入口ドアのベルが鳴る。吞気な「ちぃーっす」という気だるげな声と共に、誰かが入ってきた。
「噂をすれば来たみたいだね。|一ノ瀬《いちのせさん、こっち」
村上さんは入口の方へと向き手を挙げた。
「一ノ瀬さんにお客さんだよ。部活のお誘いがあるんだって」
「かんゆぅー? ウチに?」
「そう、一ノ瀬さんに。長くなるかもしれないから、準備はその後でいいよ」
そう言った村上さんは、裾を払ってお客の待つ店内へと戻っていった。
片肩にバックをさげながら、金髪の彼女がこちらへやってくる。
「私たち、久比浜高校麻雀部です。是非、お力を貸していただきたく」
中背の山里さんがペコリと頭を下げた。比べると、一ノ瀬さんの方がやや背が高いくらいか。
「麻雀部……いいね! 面白そう! ウチに任せてよ!」
「ありがとうございます! じゃあ、この入部届に名前を書いてもらって、おうちで印鑑を押してもらって……」
どーん! と胸を張った一ノ瀬ミカは快くペンを走らせていく。
これで部員は3人。まだまだ実力は未知数だけど、ローテーションは組めそう。個々人の実力アップに、対戦校の調査、何よりもまずはエントリー。やることはたくさんだ。
場所をヤードからホールへと移したことで、2人の女子会には花が咲いた。同じ学校で歳も近いし、溝を埋めるのにそこまで時間はいらないのかもしれない。
新しく淹れられたコーヒーに早々とミルクを入れた一ノ瀬さんに対し、ブラックのままの山里さんは、あまり口をつけていない。
ブラックコーヒーは苦手、と頭の片隅にメモを取った。
「でさー、部活の事なんだけど」
と、にらめっこを遮って一ノ瀬さんが切り出した。
「ウチ2年じゃん? チサトは1年じゃん? 部長はウチに任せて欲しいなって思うの」
「なにを言ってるんです?」
「だって、私が最上級生なんでしょ? 部長が1年生っていうのは、ちょっとカッコつかなくない?」
「でも……」
弱気になった山里さんと視線がぶつかった。
君井さんは、学年的には1年生だから下級生なのは間違いない。ていうか、部活より勉強を優先させるべきなのでは?
「ね、いいでしょ? 私が部長で」
「でも、やすよさんにも話さないと」
「えぇ~? その子も1年生なんでしょ? 私に任せろって~」
ずいずいと一瞬で距離を詰めた一ノ瀬さんに、山里さんはややタジタジ……。さっきも仲良さげに話していたのは一ノ瀬さんで、山里さんはまだ距離感を計っていたところだったのか。
「じゃあ勝負してみるのはどうかな」
山里さんを助けようと、間に割って入って提案してみる。
「勝負?」
と一ノ瀬さんが首を傾げた。
「そう。一ノ瀬さんが勝ったら一ノ瀬さんが部長に。山里さんが勝ったら、部長はそのまま」
「なるほど、ようするに賭けってことね」
「……まぁ、有り体にいえばそうかな」
個人的に、その表現はあまりしたくないけれど。
「いい機会だし、一ノ瀬さんの実力も計ろうと思って」
山里さんに関しても、対局数も少ないし自分も打っていたので客観的に見れてはいなかった。
「おっけー。ほいじゃ、ちょっと待ってて」
一ノ瀬さんは1度ヤードへと戻り、白シャツにミニスカート、緑色エプロンという格好で戻ってくると、男性2人と話を始めた。
程なくして、男性陣は店の端にある麻雀卓。対局スペースへと歩いて行く。
「私たち2人に、お客さん2人の4人で勝負。公平性を保つために、センセーは口出ししないこと」
「では、私もお願いします」
顧問として、お願いされては断るはずがなく。
「はい、承りました。2人ともお互いのことは一旦忘れて、自分の麻雀を打つように」
2人は視線を交わし、何かを示し合せると、対局スペースの方へ。観戦や諸々の承諾を取ったのか、手招き1つ。それに従い、2人の麻雀を見届けることにした。
「じゃあお嬢ちゃん達、今日はよろしく。――おい、お前もなんか言えって。挨拶出来なきゃいつまでもヒラのままだぞ? 昇給なんてできないぞ?」
「……………っす」
「ったく……。すみませんねぇこいつはどうも根暗で。こんなんだからモテないし仕事もあんまし、その手の経験もないらしくて。まぁ先輩として? 俺が麻雀くらいは教えてるわけですよ」
青ネクタイが話している間、太っちょの方は何か話そうとはしたみたいだが。その合間に声を挟めず、ピタっと独り言が終わる。
太っちょは下を向き、それっきり黙ってしまう。
「どしたのおにーさん? せっかくの麻雀だよ?」
「下ばっか見てたらさ、鳴きたいとき鳴けなくない? ポンとかチーとか、ロンだって。見逃しちゃうじゃん?」
「……はい!」
「わかったらほら、こっちじゃなくて前向いて。わかったらグータッチ!」
ミカの差し出したグーに、おずおずといった感じで合わせられる。
「あ、あ、ありが、とう……」
「よぅし」と、小さく意気込んで、太っちょは卓へと意識を向けた。
「そうそう、何事も前向きに! 諦めた勝負は負けるだけってね! ――まぁでもウチ」
ミカはサイコロへと手を伸ばしつつ、
「お手柔らかに出来ないんだけど、ね」
そう、睨むように微笑む。
カラカラと鳴って回るサイコロ。それを眺めている山里さんの視線は、やや苦々しいように見えたのは気のせいだろうか。
麻雀ってたのしいよね!