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幼馴染と新入部員

前話でルビを振るのを忘れていたので入れてみました。

 僕の勤め先でもある私立FR大附属私立久比浜高校は少し特殊な学校だ。

 まず1つ目は、海外のFR大に附属する高校の()()であること。

 わざわざ日本に私立校を建てているとてつもない物好きがいて、久比浜もそのなかの1つ。そのため兄弟校同士の話が飛び合い、海外留学なども盛ん。最も変なのは、必要だと現地が判断すればアリーナやグラウンドなどの設備が建設し放題な点。

 2つ目は名前が長い。私立の文字を2度も書かなきゃいけない。学生や卒業生を履歴書が苦しめることで有名だ。

 3つ目はお金がないこと。

 校訓が『生徒一番』というくらい学生ファーストで、学費や入学は公立校のそれと同じくらい。高校にしては珍しい完全給食制。グラウンドも広く、市外の学生の為に新校舎を建てるほど。

でもそれは12年も前の話。

 ここ数年で生徒数は激減。偏差値は40を切ったとか切ってないとか。

 今年は教科書を配布するのも一苦労する始末。

 昔はもっと活気にあふれていたんだけどなぁ……。


「先生! 先生ってば!」

「ん? あぁ、ごめんごめん、なんだっけ? 君井さん」

 ついボーっとしていて、怒られてしまう。

 今日は月曜日、時は放課後。麻雀部部室に来て1対1で勉強を教えていたんだった。コーヒーを香って、ついトリップしてしまった。

「やっぱりやすよと部活するのつまんない? そうだよね、2人っきりだし、前の大会もダメだったもんね。やっぱやすよに麻雀は無理なのかな?」

 じわ……つらー、ぽたり。彼女の頬を一滴の涙がつたう。

 君井(きみい)やすよ。久比浜高校一年生、麻雀部部長。去年末に入部して以来毎日欠かさず部活にきている真面目な子だ。

 どうして一年生なのに入部が去年末なのかって? 

 それは彼女が2回ほど留年(ダブ)しているからだ。全体的に勉強が苦手で、授業の内容も忘れてしまう。決してサボっているのではなく。興味の移り変わりが激しいらしい。

 だから、忘れてしまう。

 今年で3回目の1年生。でも彼女は全然めげない良い子なんです。

「大丈夫。人生に早くて悪いことはないんだ。麻雀は確かに難しいし覚えることも多いけど、いつかちゃんとできるようになるよ」

「先生……」

 うるんだ瞳から涙を拭ってあげると、まんまるーっとしたおかっぱの中と目が合った。大きな瞳と頭の白いカチューシャは彼女のチャームポイントだ。

 そんな彼女に一対一で麻雀と現代文を基礎から教えている。昔に取った杵柄がこんな良い子とめぐり合わせてくれた。感謝感謝、神に感謝。

「でもね。いつかじゃなくて今できるようになりたいの。大会でもちゃんと活躍したいの」

 大会はもちろん麻雀部の大会で、学生の大会では珍しくプロと同じリーグ制を取っている。4~7月を地方大会。9~12月を全国大会というふう。学生は1年中気が抜けない。

「でもリーグ制? っていうのになったから、負けても終わりじゃないんだよね」

「終わりではないけど、部員をもう一人探さないと。このままじゃエントリーもできないよ」

 年度初めのルール改訂により、同じ生徒が2度続けて出場することは出来なくなった。大会に出るためにはもう1人、不慮のことを考えると1人以上は必要なのだ。

「どこかに麻雀のできる生徒はいないかなぁ……」

 そう呟くと、「ふっふっふ♪」と鼻をならし、

「紹介します! 後輩の山里千智(やまさとちさと)ちゃんです!」

 ぱちぱちぱちー! と拍手をすると、ガラガラーと横開きの扉が開いた。その向こうに立っていたのは1人の女子高生が立っていた。

 緑色のリボンを揃えて、1歩前に出てくる。

「1年B組山里千智です。好きな教科は数学、嫌いな教科は国語。好きな役はありませんが、強いて言うなら守りきったとき、でしょうか? ともかく、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる。とても礼儀の正しい、良い子だなと思った。

 守り抜くのが好き。どうやら初心者じゃなさそうだ。

「チーちゃんはね? 麻雀とっても強いんだよ!」

 そんな後輩を、同級生の先輩が鼻高々と自慢する。

「まさかやすよ先輩に誘われるだなんて思っても無かったです」

「やすよも! ちーちゃんと同じ学校になるとは思ってなかったよ!」

 先輩と同じ学年になるとも思ってなかったんじゃないかな?

「入部希望でいいのかな? 1人しかいないし、入ってくれるのは嬉しいんだけど」

「はい、入部希望です。……あの、テストとかって、されないんですか?」

 特にする予定はないんだけど……君井さんが見てるすごい見てる。自慢の幼馴染を自慢したい! 自分も麻雀したい! そんな顔。

「じゃあちょっと打とうか。25000点持ちの30000点返し。東1局から南3局までの6計局戦で西入りはナシということで」

「萬子はどうするんです? 抜きますか?」

「そのままで、北抜きもなしでやろう。3人だけどその方が測りやすい」

 席を立ち、窓際へ。置物の様に被せている布を引っぺがすと、緑色のフェルト生地と四角く集められた橙色の麻雀牌が姿を表す。

「僕が親で、南家に君井さん、西家に山里さんで」

「はい」

「やったー!」

 スキップした君井さんに手を引かれ、山里さんも席についた。

「ちーちゃん知ってる? これ、自動卓って言ってね? 麻雀牌を自動で積んでくれるの! 私は全然下手っぴなのに、すごいよね」

「そうなんですか? こんなものがこの学校にあるなんて……私はてっきり手積みだとばかり」

「私は先輩だからね! ちーちゃんにだって勝って見せるよ!」

「ふふっ、お手柔らかにお願いしますね」

 幼なじみ2人は仲良さげに言葉を交わしている。


 驚いたことに牌の扱いがうまい。手牌を起こしたり山をナナメに前に出すそれは、とても綺麗で丁寧。当然、崩れ落ちることもない。

「ツモ。立直、平和、ツモは700―1300です」

 もちろん、牌を倒す動作だって。

 東1局は山里千智がモノにした。ドラを待ちに含んだ平和形の素直なアガりだった。

「わっ! すごいねちーちゃん!」

 次の局は全員ノーテン。東場のラスト、東3局。親の権利が君井さんから山里さんに移る。

「あの、チーってしていいんですか?」

 ツモ巡が6回ほど回ったとき、パッと顔をあげたのは山里さん。君井さんが五萬を切ったときだった。

「そう言えば決めてなかったっけ。どうせだしアリにしよう」

「チーって左の人からしかできないんだよね? ちーちゃんはやすよから、やすよは先生から……じゃあ、先生はちーちゃんから?」

「そうなるね。確認不足だったね、ごめん」

「いえいえ、ただ気になっただけですから」

 身振りも交えて小さく謝罪。その後、普通に打牌。

 一瞬だけ君井さんの捨て牌を見たので鳴くと思ったが、鳴かない。……それなら。

「立直」

 4索を切っての先制リーチ。僕の手牌は、

 一二三五六七  1567 北北北

 と形としては良くないが捨て牌には索子が多く、宣言牌はF。迷彩とスジ引っ掛けの合わせ技だ。果たして彼女はどう対応するだろうか。

 1巡、2巡、3巡……。7枚落としの捨て牌が3段目になっても振り込むどころか怪しい牌は手放していない。切られた牌はどれも既に通っている、もしくは4枚目の字牌だ。

「ロン」

「ぴぇ! あれ? リーチ? いつのまに?」

「ちゃんと宣言したよ? リーチのみ、1300です」

「……はい」

 振り込んだのは手牌とにらめっこしていた君井さん。静かだとは思っていたが、まさか気づいていなかったのか。

「自分ばかりじゃなくて他のも見ないと」

「うん、わかった!」

 対照的に、山里さんはオリ気味ではなく、完全にオリていた。親番にこだわらずに。

 徹底的に危険は侵さないスタイル。それが小学生の時からだとしたら、負けなしと呼ばれるには充分だろう。

 その後は役牌バックや喰いタン。もう一度スジ引っ掛けやダマ聴牌などをしてみたが山里さんが振り込むことはなく。君井さんが何度か聴牌をして立直、流局。その点棒が積みあがっただけになった。


 南3局。オーラスの一本橋。

 最初のリードに前局で中押しの5200を決めた山里さんは現在2位。聴牌料を稼いでいた僕は700点差のトップ。2度の立直が空振り、しかも放銃してしまった君井さんはというと……。

「…………」

 絶賛、とてつもなく落ち込んでいる。

「まだですよ先輩! まだ点棒は残ってますよ!」

「そうだよ! ここで諦めちゃダメだよ、部長なんだから」

 君が諦めたら部員の少ないこの部活はどうなっちゃうの!

「……っ! そうだよね! やすよは先輩で部長なんだから! 諦めないよ!」

 点箱から目を切って、手牌と山に向き直った君井さん。現状は15900点と、ダントツの最下位。でもでも彼女は諦めない良い子なんです。いつかきっと勝利の女神が微笑みますように。

心のなかで祈っていると、ピタリと手が止まった。

「えーっと、えーっと…………あれ?」

「どうかしましたか? 先輩」

「アガってるかも! えっと……タンヤオ、ツモ、ちーといつ……あれ、これって何点だろう?」

 指折りをして役を数えられはしたが、点数計算はまだ無理か。

「どれ、見せてごらん」

「あ、そうでした」

 ぽたり、かこり、と何度かに分けて手牌を倒した君井さん。奥から手前へ、すらーっとキレイに並んでいて……。

「これ、最後にツモったのはどれですか?」

「えーっと、これ」

 アガリ牌らしいそれを指差してみせる。

 ②②③③④④ 55667777

 タンヤオ、平和(ピンフ)、ツモ、二盃口(リャンペーコー)、ドラ2。合計、8翻。

「ば、倍満……」

「参りました……」

倍満(バイマン)って、えーっと、何点だっけ?」

 何もわからない君井さんはきょとん、という顔。

「子のツモなので4000―8000。12000点のアガりだね」

 点棒の移動が終わり全てが点箱の中へ。埋め込まれた磁石を読み取り、識別し、計算された数字が手元の点数表示に出る。

「おめでとうございます、先輩」

「お見事。君井さん。まさに一撃必殺って感じだったよ」

 拍手を送るとぽかん。なにがなにやらわからない、という顔。それでも徐々に理解し始め、

「やすよが勝ったの? やったー!」

 両手を上げてガッツポーズ! 勝利の女神は彼女自身でしたとさ。

 部室の中と跳んで跳ねて走り回り、スマホで写真を撮ったり……。そんな感じでひとしきり喜んだあと、「もういっかい!」というリクエストを承った。


 2回戦、3回戦と終わり丁度3人が1回ずつトップを分け合った。どの1局も山里さんはペースを崩さず放銃はゼロ。逆に攻め込もうとして振り込んでしまったくらいだ。

「今日も楽しかった~! また明日もやろうね」

「えぇ、もちろんです」

 あの時のどの牌が怖かった、とか。この牌は通ってた? やっぱりこっちを切るべきだった、とか。そんな感想戦も交えつつ、夕暮れ。

 グラウンドでは陸上部らしき生徒がクールダウンを行っている。

「じゃあやすよ、鍵返してくるね!」

「いや、先生が――」

「だって部長だもん!」

 返してくるよ。と言い切るより早く本校舎の方へと走っていってしまった。

「元気が有り余っているね」

「昔からなんです」

 走って行った姿はもう見えない。3時間ほど頭をフル回転させ、次は身体。子供のような無限のスタミナの持ち主かもしれない。

 本校舎には体育館が、旧校舎にはグラウンドが併設されていて、運動部は部室があてがわれている。変わって文化部は麻雀部だけが旧校舎。なぜかというと歴史が長く、備品を移すのが面倒くさいからである。自動卓は重いしデカいし高価な精密機械だからね。

「先生、これ」

 そう言った山里さんから1枚の紙を受け取る。入部届けだ。

「いいの? まだ部活動オリエンテーションもしてなくない?」

「いいんです。他に親しい人はいませんから」

 どこか遠くを見るような目で、何かを覚悟しているように言った。いわゆるボッチという奴だろうか。何も言うまい気持ちはわかる。先生も昔はそうだった。

「朝練とかってあるんですか? 今日、急に連れてこられたので、あまりよくわかってなくて」

「本当にただ連れてこられたんだね。活動日は火曜から金曜の放課後で、朝練と土日は希望者が集まったら……って感じかな、うん」

「でも、今日は月曜じゃ?」

 山里さんはスマホを取り出して確認。僕はコクリ、と頷いた。

「最初から麻雀をしていたわけではないんだ」

「というと、2人で別のことを?」

「補習が、ね」

「あぁ……」

 理解してもらえたようで何より。

「じゃあ明日、早速いいですか? この部活のこと、もっとお話したくて」

「? うん、いいけど」

「ありがとうございます! また明日」

 丁寧にお辞儀をすると、住宅街を歩いて駅の方へ。僕は本校舎へ行き、職員室にある自分用のデスクで残りの仕事をやっつけるのに徹した。


麻雀って楽しいよね!

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