プロローグ、始まりの逆転
初投稿(N回目)です。よろしくお願いします。
麻雀が好きです。女子高生が好きです。スポ根が好きです。この小説はそんな感じです。
「先生、調子いいじゃないか」
「ええまぁ、いつも通りには」
トイレで顔を洗っていると、老いを感じる男性が声をかけてきた。某印刷会社の部長を勤めているという、オエライサンだ。
「社長も気持ちよく麻雀ができているよ。なんといっても、有原先生より勝っているからだろうねぇ!」
「……恐縮です」
先生、と呼ばれている通り、僕こと有原小太郎は先生をしている。マンガ家や小説家につける敬称ではなく、学校に雇われて教鞭を振るっているれっきとした先生だ。そんな人間がどうして麻雀をしているのか。
簡単に言えば接待だ。
僕の勤めている学校は私立校なのにお金がない。
生徒に教科書を配布する分のお金がなく、どうしようか悩んでいたところ、同僚の1人が『そういえば営業に来たにーちゃんが、社長は麻雀が大好きなんですって。』なんて言い出すものだから麻雀接待が可決。その人員として僕に白羽の矢が立った。
『生徒』に配布するための『教科書』を格安で売ってもらう接待麻雀。それをしなきゃいけないほど、我々は困っている。
「おや、作戦会議は終わったのかね? 有原君」
卓へ戻ると、タバコを吸いに出ていた社長が満足げに座っていた。
「洗牌は終わっているよ。あそこのスタッフがやってくれたんだ」
「スタッフさんが?」
社長の指す方へ目をやると、金髪ロングにエプロン姿の女の子がだるそうにテーブルを拭いていた。女子高生か、女子大生といった感じ。アルバイトだろう。
「ささっ! そんなことより続きをですね!」
「そうだな、続けよう」
そんな調子で接待の続きが始まる。
1枚、また1枚と巡目が進んでいって……。
「それだよ有原くん、すまないがロンだ!」
「いやーさすが社長、お強いですね」
欲しがられている笑顔を貼り付け、点棒を差し出す。
「そうかな? 今日はツキがいいのかな?」
「ツキだなんてとんでもない。これは実力ですよ! な、有原くん?」
「ええ、そうですね」
「いくら鬼才の弟子とは言っても、その名は昔のもの。ということかな」
「麻雀なんて久しぶりですから」
また。噓をつく。
二三四五六 ③④⑧⑨ 112 東北
トップとの点差は4万点。決して届かせる気のない配牌が、逆にいい。現在までの8局で、社長さん3回、課長さんが2回、流局が3回という終わり方。
ここで1度、安い点数でアガっておくことで、『僕はヤキトリ回避が精一杯でした。』という面構えができるのだ。
「それにしても、春だというのに冷えるねぇ。有原君、このままだと風邪ひいちゃいそうだ、マスター! コーヒーを一つ!」
ちょび髭メガネの部長はバーカウンターへの店員さんへと声を飛ばした。ここは麻雀喫茶『すくえぁ』。麻雀のできる喫茶店なのだ。
下家、上家と牌と切り僕の番。山から牌を取りサイン通りに北を切ろうとした――その時。
「ねぇあんた、そんな麻雀しててたのしい?」
背後から声がかかる。
スーっ、と鼻をくすぐったのは、清涼感の中に甘味のあるシトラス系の香り。何故か、どこか懐かしい。
「何か?」
振り返ると、フリル付きの制服を着た金髪の女性、姿から察するにスタッフさんが立っていた。
「その牌が本当にに切りたい牌なのか? って聞いてんの」
睨みつけるような目元に、心を冷たく射抜くようなひと言。全身に鳥肌がひろがり冷や汗が滲んで、手から牌が零れ落ちた。
「それポン! なんなんだ君は、コーヒーはどうしたんだ?」
「コーヒー1つ。うけたまわりー」
つまらない。そんな表情を浮かべて店員さんは裏の方へと帰っていく。
「全く、最近の若い頃は常識がないですね社長。……社長?」
「今、耳を疑うような発言があったのだが……。有原くん、君は今まで手を抜いていたのかね?」
社長の表情は……無。
目の前の若造にはもう何も感じない。興味もない。そんな冷たい顔を向けていた。
「もしかして前局も、その前もわざと振り込んだのか?」
「いや、それは……」
「北ポンも、わざとなのか?」
「その……」
「何とか言ったらどうなんだ」
「…………」
核心をつかれて何も言えない僕を、
「全く、見損なったよ」
と言いつけた。山から牌をとり、そのまま強打。
とてつもなく不機嫌だ。
「社長どうしたんですかぁー急に~。ほら見てくださいよ、5万点ですよ? 5万点。こんな点数は滅多に出ないんですからーねぇ?」
「…………」
「有原くんなんかないのかい? 小粋なギャグとか」
「いや、すみません」
「全く、若いのは……」
とこちらにも罵られる。
こんな状況でギャグなんか言っても無駄だろうに。油に火を注ぐが如く、気まずい雰囲気になるだけだ。
「全力だ」
「はい?」
「有原くん、全力でやりなさい」
「全力で……というと」
「それはもちろん、逆転するんだよ。有原君、ラス親は君だからね」
藪から棒になにを、と人は思うだろう。もしかしたら、こいつは現実が見えないのかと思うかもしれないか? とも。僕は両方思った。
「鬼才の弟子、有原小太郎になら可能。ということですよね」
「……」
ただ、黙っている。部長がゴマをするたびに「ふんっ」と鼻を鳴らして返事をする。彼が口を開けばますます不機嫌になっていくようだ。
「だから言ったでしょう? その牌でいいの? って」
ことり、とソーサーに乗ったコーヒーが置かれる。さっきの店員が立っていた。
「関係ないだろ」
「そうだね、アタシにはミリもカンケーない。けどムカつくんだよ。負けたって仕方ない、ジメっとしたくらーい気持ちがさ。……それスッキリしないままでいいワケ?」
「勝てって言うのか? オーラス。持ち点はたった7000点。ここから5万点差をひっくり返せと?」
「1回くらいハデに生きてみなよ。せっかくの人生もったいない」
是とも非とも答えず、また行った。
1番安い1000点でも簡単にアガれないのが麻雀だ。それを5万点、逆転できる分重ねて見せろと彼女は言った。
「ハデに生きろ……だって?」
でも、もしアガれたのなら。小数点以下の確率をモノにできるのなら、僕はこんな所で麻雀はしていない。
生徒の為に全力を尽くせないなんて、先生として恥だ、信頼を失えば死も同然。
「わかりました、やりましょう。アガってやりますよ、役満」
「それは君の本気なのか?」
「本気です。その代わり、アガったら教科書のことは……」
「いいだろう。アガれたら、の話だ。我々も手は抜かないよ」
小さく深呼吸をして、ネクタイを緩めて袖をまくる。
ダメで元々。ならせめて、泥臭い麻雀を打とう。
南3局
3巡経っても手は進まない。
配牌2シャンテンという良形をもらったから焦ることはない。とはいえ、素直な麻雀にしてしまうと打点に不安が残る。
(それなら……)
8ピン、9ピンを落としていくと立て続けに南を持ってきた。
東が対子になり、打4ピン。
(よしよし、いい感じ)
手の中13枚のうち、萬子が5枚、字牌が3枚。混一色を作ることにした。
こんな麻雀、普段なら絶対にしない。たった一度きり、責任のある場面で大胆な麻雀をするのはいつぶりだろう。
それに呼応するように、萬子は更に集まってくる。
一二三四五六七八 ① 東東 南南
12000点かそれ以上まで、あと1枚。それなのに、ピタリと手が止まった。
三萬、六萬、九萬、東、南。この5種類のうちどれか1つ。十数枚あるうちのたった1枚を引けばテンパイなのに。
まるで今までが噓のように進まない。
もしかして、失敗だったか?
混一色にするんじゃなく平和手で。いつも通りの素直な麻雀をしていたら、こうはならなかったんじゃないか?
「足りないよぉ~。これじゃあさ~」
「え?」
「足りないんだよコーヒーが。味も薄いし……マスター、おかわりもらえる?」
外は雨が降っている。部長さんの身体を暖めるには少し足りなかったようだ。しばらくしてコーヒーが運ばれてくる。
「はい、コーヒーたっぷりお待ちどうさま。おにいさんは? なんかいる? リラックスできるかもよ」
「……発破かけたり優しくしたり、何がしたいんだ? 君は」
「つまらない麻雀を見ていたくない。かな」
無いんだったら行くわ。と、女の子は行ってしまった。
「冷たっ! おいっ! このコーヒーアイスじゃないか! 逆だよ逆! 暖かいのが欲しいんだ!」
そう言いながらもアイスコーヒーを飲み干す部長。リラックスが足りないのは彼の方ではなかろうか。注文ミスをした女の子の方は、てへ☆ なんておちゃらけているのが見える。逆にリラックスしすぎだろう。アルバイトとはいっても責任感が足りていない。
……足りていない? ……逆に?
混一色を目指したのは間違いじゃなくて。足りない? 目指すべきは清一色。
「ポン! 有原君。悪いけど僕たちも全力を尽くすからね! ですよね、社長!」
「……」
東を切ると部長がポンをした。社長は黙ってツモ切り。3鳴きの部長より先にアガるんだ!
そんな気持ちに答えるように続々と萬子が入ってくる。
そして……14枚目で、完成した。
「……九蓮宝燈、役満です」
「さすがだな、有原君」
敵だったはずの社長が拍手をする。
「いえ、たまたまですよ」
「こういう時は謙遜するな。これが俺の実力だ、と胸を張っていればいい」
ドン、と軽く胸を叩かれる。
「小四喜が見れなかったのは、それはそれで残念だが」
「え!? 小四喜!?」
慌てて卓の上を見る。表向きの部長の手は確かに小四喜が完成しかけていた。
「本当だ……」
「何を驚いているんだ? 北も東も南も、全部鳴かせたのは有原君だろう」
「……そういえば」
状況の激変で北を鳴かせたのを忘れていた。普段なら絶対に見逃さない、鳴けるような牌を捨てないはずなのに。
「それくらい夢中だった。本気だったということか。さすがは鬼才の弟子、有原小太郎だな」
「一応は……じゃなくて、はい。これが、有原小太郎です」
接待麻雀は最後の1局だけ真剣勝負になり、僕が勝った。持ち上げているのがバレたときはどうなるかと思った。
教科書を格安で……という話は結局ナシになった。格安ではなく無料で、と。社長曰く、役満のご祝儀にということらしい。
手に汗握った麻雀は、学生の頃以来だ。
麻雀ってたのしいよね!