【短編】狂厄の乙女と誓約を
恐怖、畏怖、侮蔑、渇望、欲望、悲喜、憎悪、嫌悪――あらゆる負と欲を奥底へと複雑に抱きながらも逸らされない瞳を見据え、わたしを今更召喚してくれた彼へとたまらず哄笑でもって告げた。
「――さあ、狂厄の乙女と誓約を」
片腹痛い。
◇◆◇◆◇
誰にも等しい地獄があるというのなら、皆堕ちてしまえばいい。
神様はいつでも不平等で平等な無関心で、ただの象徴だった。
神様でさえ何も言わないのに何故、他より不幸でないと決めつけられるのか。
何故、幸福を比べる基準を人間如きが勝手に指標造りするのか。
何故、勝手な基準を前にまだ他より不幸ではないと決めつけられるのか。
何故、幸福の価値を他人に比べられなければならないのか。
何故。何故……何故、何故何故何故何故何故――。
「いやあああああああああああああああああああ!!!!」
必死で抵抗しても、所詮はただの布。
鋭い刃で斬りつけられれば襤褸も同然だった。
「うるせえ! そんな恰好でこんなとこにいるんだ! 好きにしていいだろ!?」
「おい! 終わったら貸せよ!」
「傷付けるなよ! 壊れちまったら後が面倒だろうが」
乱暴に地に引き倒されたわたしの上で、臭くて汚くて気持ち悪い集団が喧々囂々と獣が如く言い合う。
その瞳に宿すのは明らかな獣欲のみだった。
最悪だった。
この不幸を一言で終わらせると、これに尽きた。
一言で終わらせられるような不幸であった。
代わる代わる、どれほど拒絶しても欲を満たす行為はいつまでも続けられ、欲を満たしたら用済みとばかりに雑に扱われ、それでも不幸にも生きている限り便利な道具が如くソレは続けられた。
何故、こんなことになったのか。
あれは、いつも通りの帰宅の最中の出来事だった。
いつものように、平凡で退屈で平和な夕方の、沈むだけなのに何故かいつもよりも綺麗な赤に見惚れ、眩しさに目を細めた一瞬の出来事だった。
「え?」
気付けばそこは、戦場のド真ん中だった。
混乱と恐怖で竦む足をなんとか動かして、逃げた。
逃げて逃げて逃げて、――飢えた。
最初の数日は良かった。
幸いにも、持っていたバッグの中にはおやつにしようといくつかのお菓子などが入っていたからだ。
けれど、それも長くは続かない。
最初は訳が分からなかった。
突然過ぎて実感が湧かなくて、逃げ込んだ森の不気味な静けさに言い知れぬ不安が常に付きまとった。
何か食べられそうなモノを探しても、実りなんてどこにも見当たらない。
それどころか、動物の気配すら見当たらない。
どこまでも静かで不気味な森だった。
食べ物が尽きて、仕方なく木に噛り付いた。
歯が欠けた。
でも、何も食べないよりマシだった。
連絡を取るためのスマホは圏外で、元々充電が心もとなかったから、いざ連絡出来るようになった時のために大分前に仕方なく電源を切った。
更に延々と森を彷徨い、時間の感覚もおぼろげになった頃、さすがに飢えに耐えられなくなって恐怖に抗いながら森から出た。
いつのまにか、戦場は消えていた。
争いの気配が消えたせいか、不気味な森と負けず劣らず静寂の中にある荒野を前に、極限まで飢えてるくせに今更ながらにどこだろうという疑問がぽつんと湧いた。
明らかに直前居た場所ではないのは分かっていた。
夢ではないということも、渇きのせいで理解出来ていた。
「あ……」
皮肉なことに、不気味な森より、戦場だった跡地のほうが食べられそうなモノがたくさんあった。
倫理がどうとか、道徳がどうとか、生存本能を前にすれば些細な問題だった。
その日、わたしは久々に満腹になった。
常識だとかいうものは、飢えの前ではどうってことなかった。
判断力というものは、とうの昔に擦り減って湧いてこない。
広大な荒野を渡りながら、死骸を貪る日々。
もはや以前の生活の名残は頑丈な繊維で出来た制服と鞄だけだった。
そうしてなんとか移動して生きようと動けたのは、何故だったのか。
どこまで擦り減っても色褪せない、平凡で退屈で平和な日常がちらちら脳裏を過ぎって忘れたくなかったから。
自分の不幸を、信じたくなかった。
何故、わたしが。
何故、いまごろ。
何故、ひとりで。
色んな単語が頭を巡る。
それはどれも当然の疑問であり、答えのない疑問だった。
荒野が途切れ、緑が増えても、疑問に答えなど返ってこない。
集落が、見えた。
人が、……人がッ!
たすけて――。
「おい! 女だ! 女がいるぞ!」
それは、本能だった。
危険だと警告する、本能だった。
嘘だ、と思った。
信じたくなかった。
「しゅるるるる、捕まえろ!」
それは、人間ではなかった。
固そうな鱗を纏い、原始的な武器を持っていた。
人ならざるものだった。
シュ――、と頬を何かが掠った。
「ひっ」
それは土の塊のようだった。
銃のようなものは見当たらない。
しかし、銃より凶悪そうな大量の土塊は宙に浮いてこちらへ狙いを定めていた。
「殺すなよ!」
そんな声が聞こえても安心なんて出来なかった。
そこからの記憶は曖昧だった。
必死に逃げて。逃げて逃げて逃げて――捕まった。
「ひひひ、ついてるぜ!」
その集団は逃げていた集団とは、別の集団だった。
力尽きて疲れていたところを簡単に捕まったのだ。
それからのことは思い出したくも無い。
結果的に最低限でも生きるための食物を得られたのに、何故か飢えは日を追うごとに増々満たされなくなった。
冗談じゃなかった。
何故、わたしがこんな目に遭わなければならないのか。
何故、わたしでなければならなかったのか。
何故、わたしはそれでもまだ、生きているのか。
「――死にたい」
ぽろり、やっと零れた雫とともに搾りカスのように漏れた呟きは、皮肉にもわたしの覚醒を促し、深淵の闇によって不幸を瞬く間に消し去ってくれた。
どれほど禁忌を犯そうとも、穢されようとも、生きるために必死で満たそうと努めた飢餓感が満ち満ちて、ようやく気付いた。
絶望が、死が、わたしの糧だった。
「あは。あははっ、あははハハハ! アハハハハハハッ!!」
わたしは不幸なのではなかった。
不幸を比べられる幸福者でもなかった。
だってここはまだ、平凡で退屈で平和な世界ではない。
だからちゃんと、平凡で退屈で平和な世界にしなくてはいけない。
ちゃんと――。
◇◆◇◆◇
「さあ、誓約者。望みを言って。あなたの望みを」
悍ましいまでの願いを――。
「名前を……名前が、欲しい」
「……はあ?」
それは彼が心底からわたしへ真実乞い願う、二つ目の願いごとだった。
◇◆◇◆◇
何千、何万と無為の時を過ごした。
気が狂いそうなほどの月日を、正気のままに生きるのは拷問なんて生易しいものではなかった。
疲れないよう、擦り切れないよう、忘れないよう、たまに眠りについては平凡で退屈で平和な世界を夢想した。
わたしは理解していた。……させられていた。
力が覚醒した、あの日。
身勝手にもわたしを呼び寄せ放置したのはどこぞの神ではなく、世界そのものだった。
ある意味、神だったのだろうが。
力が覚醒したからと、勝手にわたしの使命とやらを恩着せがましく押し付けてきて、この上なく腹が立ったけど、どうにも出来なかった。
わたしの役目、それは調和であった。
世界にとっての調和、均衡、生脈の保護。
いわゆる病気を攻撃する白血球のような役割だった。
しかも、終わりなんてない。
興味本位で首を吊った。苦しいだけで意味は無かった。
あらゆる猛毒を呑み込んだ。クソマズイだけだった。
鋭利な刃で首を撥ねた。宙を舞った直後に戻される新感覚を味わった。
溶けて無くなれと溶岩に浸かった。少しだけゼリーになれた。
極寒で氷漬けになった。筋肉痛になった。
窒息してみた。窒素だけで呼吸出来るようになった。
どんな手を使っても死ぬことは出来ない。
ここはわたしにとってはそういう世界だった。
帰りたくても帰れない。
戻りたくても戻れない。
生死はおろか、老いも寿命も奪われた。
わたしに出来ることはだたひとつ。絶望だった。
――いや、違う。
だから、その考えに至るのは必然だった。
もとより、前兆はいくらでもあった。
――そうだ。みんなに死を与えないと。救いの、死を。
この時やっと、義務としての調和はわたしの唯一となった。
認めたのだ。己の役割を。不幸でも幸福でもない、調和を。
忌々しくもわたしにとっての唯一である世界の名はグラナマール。
古から続く剣と魔法の、かつて読み耽った小説にあるような異世界。
――ただし、古代文明の唐突な滅亡によって調和が乱れた暗黒期。
滅亡理由はなんともどうしようもないものだった。
迂闊にも世界の生脈を利用しようなどと思いあがった寄生物どもが大きな力を制御出来ずに自滅したのだ。
世界は焦った。例え己の生脈を利用されたとて微々たるもの。
気にするほどの事ではなかった。
なのに寄生物が勝手に滅亡寸前まで追い詰められた。
世界は困った。
世界には変化が常に必要であったから。
常に変化をもたらす寄生物は必要不可欠。
万が一寄生物が滅亡してしまえば、世界は衰える。
しかし、世界は直接何かの手出しは出来ない。
世界の意思を実行出来るモノが必要だった。
それは同じ寄生物のほうが調和がしやすい。
だが、この世界の寄生物は世界の力に耐えられない。
そこに偶然、世界と他の世界が重なった。
その世界は、グラナマールよりは安定し、調和に満ちていた。
強い世界の寄生物なら、――グラナマールの力に耐えられる。
いくら世界格差があろうと、関係無かった。
グラナマールには選択肢が無かった。
だから、――奪った。
一瞬、世界が重なり、境界が曖昧になった、たった一瞬の出来事。
……こうしてわたしはその調和の――後始末の為に身勝手にも呼び出された。
そして未だに暗黒期は続いていた。
怠慢だろうとなんだろうと、やる気のないわたしを選んだ世界が悪い。
そもそも、承諾した覚えのない仕事なんぞ、誰がするか。
世界なんて衰えて消えてしまえばいい――。
だが、皮肉にもわたしは役目を全うしてしまった。
世界を衰えさせるためにとった行動が尽く裏目に出て、世界は少しづつ調和を取り戻しつつあった。
狂厄の乙女。それが今のわたしだった。
寄生物どもに呼ばれるうちにいつの間にか定着していた。
時代の節目にどこからともなく現れ、人類を滅亡に追いやろうとする厄災。
しかし、その度に人類は一致団結し、抗った。
狂厄の乙女は、あの手この手で人類を脅かし続けた。
この世界の人類が、平凡で退屈で平和な世界を忘れ去ろうとするたび、忘れるなと警告するかのように。
冗談ではない。
わたしは警告で終わらせる気などサラサラなく、常に本気だった。
寄生物を減らしすぎると世界に行動を縛られて手を出せなくなる。
だから忌々しい世界の寄生物どもを利用してまでも巧妙に手出しした。
しかし、元は平凡な少女。
謀略なんてそうそう上手くいかなかった。
だからこそ丹念に長い、長い、途方もなく永い時を掛けて、ついにわたしは見つけ出し、召喚されることが出来た。
彼、――グラナマールの化身に。
なのに――。
「あなたはグラナマールでしょう?」
「グラナマール……」
馬鹿馬鹿しい。
「君といると、私の見える世界は色鮮やかだ」
「気のせいでしょ。わたしには汚泥にしか見えないし」
冗談じゃない。
「君がそう望むならば、私が世界を終わらせよう」
「……わたしじゃなくて、あんたがわたしに望んだんでしょ」
ふざけてる。
「見てくれ! やっぱり君に似合うと思うんだ!」
「それ、どうでもよくない? というより、さっさと望みを」
「なんてこと言うんだ! じゃあこれを君に着せるのが私の望みだ!」
「はあ……」
忌々しい。
「あいつに裏切られたのは私のせいだ。すまない」
「想定通りでしょ。何を今更……なに、その顔」
「……いや。君は最期まで私が守る」
「ハッ。わたしより惰弱な存在のくせに傲慢だよ」
やめろ。
「すまない……こんな、ところで……」
「喋らないで! 失血がひどい! どうしてッ!」
「きみ、を、……巻き込みたく、な……た」
「だから喋らないでって言ってるでしょ! 馬鹿! 阿呆! マヌケ!」
「ふ、ふ……ごはっ」
「ちょっと! こんな時に笑わないで!」
「い、……」
「なに!?」
「あい……し……て、いき、……て――」
「ばかばかばかっ! あんたが死んだらわたしの盛大な計画どうしてくれんの!? そもそもわたしは死なないって何度言ったら分かるの!?」
「ふ――」
「だから笑わないでって――ッ!!」
「――――」
「――なんで、嬉しそうなふざけた顔で逝ってんの……!」
おまえなんか。おまえなんか、おまえなん、か――。
「マスター」
「……なに?」
「グラナマールの化身がまた、死にました」
「……そう。相変わらず身勝手。いい気味」
そうだ。このまま何もかも衰えて消えてしまえ。
不幸も幸福も、調和も滅びも、本能も理性も、生と死でさえ。
――すべてが等しくあるべきだ。
「許さない」
「救いたい」
「消え失せろ」
「生き抗って」
「地獄に堕ちろ」
「生気を満ちて」
「嫌悪」
「愛好」
どうでもいい。すべてが、等しくどうでもいい。
少し、疲れた。少し、休憩しよう。
少し、休憩した。
そしたら狂厄の乙女がただの言い伝えになった。
そうして世界に巣食う寄生物どもはいつしか、
――グラナマールの恩恵を忘れた。
さらには世に度々顕現する化身を、何も知らない、グラナマールの化身が宿っただけの仲間なはずの寄生物を、その恩寵を幾度も迫害し始めた。
「は、はは。あははははは! アハハハハハハッ!! ざまあないわ! あんなに色々面倒みてやってたのに、ちょっとわたしがサボっただけで結局なーんにも報われてないなんて! 名を忘れ、過ちを忘れ、恩恵を忘れ――とんだ寄生物! それでもわたしを還さないの? わたしに無為に生きろというの? 馬鹿馬鹿しい! 役立たずはさっさと葬ればいいでしょう! 知らないと思うの!? 何度も他の世界と重なる瞬間はあったってこと! ……ねえ。答えて。どうして。どうしてなの。どうしてわたしは――」
それからまた、永遠とも思える月日が過ぎる。
復讐だとか、帰還だとか、生死だとか、どうでもよくなるくらいの。
「……マスター」
「――――」
「グラナマールが現れました」
「――――」
「グラナマールが瀕死のようです」
「――――」
「グラナマールが殺されました」
「――――」
「グラナマールが――」
時々現れてはグラナマールの近況を報告するのは、わたしがグラナマールへの嫌がらせの為だけに大昔に創り出した使い魔のひとつだった。
でも造ったら造ったで意味が無いって気付いてあっさり捨て去った。
しかし、いつからだったか。
彼らには知性が芽生え、姿形が変わり、まるで生物であるかのように振る舞うようになった。
だが、それだけだ。
所詮は紛い物。
グラナマールの寄生物の完成度にも劣る虚構の生命だった。
「マスター。グラナマールがマスターを召喚するようです」
「――ぁ?」
それは久々に出した、吐息のような声だった。
いつからか忘れていた声の出し方を、急速に思い出す。
「ぁ、――はあああっ!?」
その瞬間、足元がどこか懐かしい光によって包まれた。
どこか得意げな顔の使い魔をその場に残し、わたしは再び召喚された。
◇◆◇◆◇
次に目を開けた時、目の前にはいつかのわたしを思い出すような襤褸切れを纏った惨い状態の幼い少年が這いつくばってそこにいた。
代を経るごとに凄まじい迫害を受けているのは知っていたが、今代のグラナマールも散々な目に遭っているようだった。
憐れでいい気味だ。
「おまえ、が、悪魔……?」
「ぶふぅっ!?」
悪魔! よりによって悪魔!
確かに怠慢と怠惰を貪っている今なら悪魔呼ばわりはある意味では正しい表現なのかもしれない。
でもどちらかといえば天使じゃないだろうか。
だって最近は使い魔に丸投げでサボってるけど、本来は調和がわたしのお仕事なんだから。
「悪魔かどうかはともかく、この召喚陣はわたし専用だよ」
「そう、か」
グラナマール専用でもある。
かつてグラナマールの思念を読み取った化身の天才が創り出した、ね。
恐怖、畏怖、侮蔑、渇望、欲望、悲喜、憎悪、嫌悪――あらゆる負と欲を奥底へと複雑に抱きながらも逸らされない瞳を見据え、わたしを今更召喚してくれた彼へとたまらず哄笑でもって告げた。
「――さあ、狂厄の乙女と誓約を」
片腹痛い。
ずっと見ていた。ずっと知っていた。
初めてわたしを喚んだあの時から幾星霜。
何度も何度も拙い策略で嫌がらせして、渾身の策謀も無意味に終わって何もかもに疲れたからって放り投げてサボってやったのに。
サボったらサボったらで今の今まで放置されてたのに。
勝手知ったるなんとやら。逃げられないのだからさっさと誓約を結ぶ。
これはグラナマールの化身に一時わたしを委ねる契約だ。
グラナマールとグラナマールの化身は同じであって同じではない。
だからこの陣で召喚されない限りわたしが化身に従う道理はないのだ。
だからこそ今の今まで好き勝手にサボれたのだが。
それもどうやらここまでのようだった。
召喚を経験したのは遥か昔の一度だけであったが、そもそもわたしはこの世界に喚ばれた時点から今までの全て、グラナマールと世界の全てを共有している。
それに加えて正気は強制的にずっと保たれているし、喚ばれる前の記憶も鮮明だ。
だから狂っているように振る舞ったところでわたしは常に正気だ。
そして私を召喚した化身の彼が、一般的な常識と照らし合わせ、わたしの色んな過去と比べても、今までに大層悲惨な目に遭ってきたのは使い魔に知らされずともグラナマールと繋がっているせいで勝手に見えているし知っている。
何度も迫害される彼を見ていた。知っていた。
何度も嬲られ殺される彼を見ていた。知っていた。
幾度も自身であるはずの世界を憎み、愛し、壊し、癒し。
幾度も調和の為に何もかもを犠牲にしてきた生き様死に様を。
その、どれもが孤独であった。
どれほどその身に宿るグラナマールの意思を遂行しようとも、満たされない渇きはまるで、狂ったかのように繰り返される偉業と粛清の滓。
今生の彼はどちらを選ぶのだろうか。
――いや。わたしを喚んで見せた時点で決まっている。
「さあ、誓約者。望みを言って。あなたの望みを」
悍ましいまでの願いを――さあ。
「名前を……名前が、欲しい」
「……はあ?」
それは彼が心底からわたしへ真実乞い願う、二つ目の願いごとだった。
素っ頓狂な声が出るのは致し方ない。
なにせ、本気だ。
本気でそう、――世界が望んでいる。
調和にまつわる事柄は世界にとっては何よりも優先すべき望みだった。
一種の生存本能といってもいい。
逆に言えば、生命維持活動以外に興味関心なぞ無いということでもある。
でなければ最初から反抗しかしていないわたしは、世界にとっては扱いづらいからとっくの昔に廃棄してもいいはずだ。
でもそうしないのは、それでもわたしが非効率でも、最低限でも、世界の望みを果たせている存在だからだ。
だから今まで、実に奇怪なことに二つ目の願いを世界に望まれたことなどついぞ無かった。
それはそうだろう。調和は破壊と再生が基本。
どちらかにまつわる事柄ならば、最初の押し付けられた使命となんら変わらない内容なのだから生命維持以外に新たに命令する必要なぞ無い。
なのに、世界が本気で望んでいる。
――意味が分からない。
おまえの名前は今も昔もグラナマールだろうに。
……一瞬、ほんの一瞬。
かつてただの少女だった頃みたいに、ひどく混乱し困惑した。
「――僕は、名前が、名前が欲しい。世界全てに刻み付けて忘れられない、名前が欲しい」
「……グラナマール」
誓約を交わしたことでみるみるうちに生気を取り戻し、痛々しい外見を逆再生かのように快復しながら思ったより成長した少年、
――グラナマールは告げた。
「グラナマール? ――それが、僕の、名前」
噛み締めるように微笑んで、グラナマールはわたしに手を差し出す。
「――狂厄の乙女。君の力を貸してほしいんだ」
「なんの力? 知恵? 暴力? 癒し?」
「そこは叡智と才能と愛って言ってほしいかな」
「くそくらえって感じ?」
「素直じゃないな」
「くたばればいいのに」
そう言いながら、嫌々と分かる顔をしてみせながら彼の手を取った。
「なんだろう。こうしていると、どうやら僕は君とは以前からどこかで愛し合っていたことがあるような気がするんだ」
「……――」
「――ッ!?」
わたしはひとまず、笑えない冗談を言いながら、器用にも繋いだ手を妖しい指の動きで弄り出したグラナマールの裸足を思いっきり踏んづけてやることにした。
この複雑な感情をなんと評したらいいのか、この時のわたしはまだ知る由も無い。
けれど、確かにわたしは在りし日の夕暮れを、綺麗だと見惚れた時と同じ顔で笑っていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
結局、狂厄の乙女とはなんぞや(なにしてそうなったん?)。
グラナマールとはなんぞや(化身とか出て来てるがな)。
な、感じで終わってしまいましたが短編ですらーっとまとめた弊害なので許してください。
とりあえず色々あって複雑な二人(?)の関係はこの後も続いていきます。
なんで召喚出来たのかとか、なんで召喚したのかとか、そもそもサボタージュや放置についてとか、それも色々ちらっと書こうかなとは思ったのですが、乙女の微笑みで終わらせておいたほうが綺麗でいいなと書いてて気付いたので大胆ダイジェストカット!! しました。
どうせダイジェストの設定説明書きみたいなつまらないものだったので、許してくだせえ。
軽い気分転換のつもりで書いていたのに、何故かどんどん重々しい感じの内容になってしまってプチパニック。
複雑な乙女心は秋の空。
そんな感じで新たな短編が完成してしまったので、肥やしにしていても意味が無いと放出しました。
良かったらイイね下さい。ついでに評価とか感想も。
改めて、最後まで読んで頂き感謝です。
ありがとうございます。