---絶対働かない---
働くとは等価交換であるべきだ。
人より二倍の時間働けば一日休息が貰え、無給で働かされればお金以外の何かが対価として渡されるべきである。
そして対価とは働かせた者ではなく、働いた者が等価と認める物でなければならない。
by 名も無き私
名も無き私は小さい頃から姉たちの小間使として無給で働かされてきた。
仕事内容は、甘い物を持ってこい程度のものから、お金も渡されず街で売っているあれを用意しろとかの無茶ぶりまで多岐にわたっていた。
最初は城で働く人たちの慈悲にすがっていたが、ある程度慣れてからは甘い物は保冷室に忍び込み、買い物のお金は城の調度品をくすねて街で換金して用意した。
仕事途中につまみ食いや買い食いなどもしたが、腹が減っては戦は出来ぬと言う言葉がある。
あれは私への給金ではなく必要経費だろう。
とにかく十分に働いたはずだ。
よってその対価としてこの国で永遠の休暇を満喫するつもりである。
今私の住んでいるこの部屋は下女用の個室で広さは三畳程度で天井も低い。
ベッドと衣装箱が二つあるだけのシンプルな部屋だ。
衣装箱には下女用の制服が二組入っていたので今はそれを着ている。
この部屋は扉のくぼみに板状の鍵を差し込むと開くのだが、内側からは鍵をかけられない。
私はここに来た初日、一旦鍵を開けて部屋に入り、窓を開けてから部屋を出て鍵を閉め、そして窓から部屋に戻った。
侍女長とやらが起床の鐘が鳴ったら建物の前に集まるようにと言っていたが、外から覗かれても無人の部屋だと思われるようにベッドの下に潜り込んで眠っていた。
昨日いた人間が翌日いなければ誰かが気付いたかもしれないが、最初からいない人間が現れなくても気付かれることはない。
さすが私は小狡い天才だ。
まだ薄暗い部屋の中、私はベッドの下に寝転んだまま干し肉を食べる。
「塩気が多いな」
少し喉が渇いたので頭の上に置いてある壺にコップを突っ込み水をすくって飲んだ。
朝日が昇り、窓から柔らかな日差しが差し込む。
「そろそろ寝るか・・・」
目をつぶって意識を手放した。
窓の外は夕焼けに染まっていた。
しっかり寝たので眠気もすっきりだ。
私はベッドの下の隙間から這い出してほこりを払い、外から死角になる窓の下に座ってこの国特有のパンとは異なる保存食をかじる。
堅パンより柔らかく、水で煮たオートミールよりおいしい。
なんとも微妙な味だ。
「さて、今日はどうしようかな・・・」
日が沈み皆が寝静まった頃、私は窓から部屋の外に出る。
薄い月明かりの中、闇に紛れて通りを進む。
妃が住む場所はそれぞれ塀に囲まれており、この後宮は小さな町のようだ。
「今日はここだな・・・」
助走をつけて飛び上がり、壁を蹴って塀を乗り越える。
最初に目指すのは厨と思われる部屋だ。
うっほっ!
飴が入った箱を発見した。
箱ごと持って帰りたい、と言う欲求を押し込め、ばれない程度の量を袋に詰める。
それと日持ちしそうな食べ物も適当に袋に放り込む。
次は人が寝ている気配のある部屋は避けて捜し物だ。
ついでに使えそうな道具もいくつか袋に入れる。
これは泥棒ではない。
ブレスターンの国王は私にまるで興味を持っていないが、他国に馬鹿にされないための持参金や嫁入り道具を持たせてくれた。
それらは今手元にはない。
阿己羅国の連中に奪われたのだろう。
奪われたのだから彼らから奪っても問題ないはずだ。
等価交換とか目には目をとかいうやつだ。
絵画や掛け軸の裏も確認した。。
「手がかりもなしか・・・」
残念ながらここには私が探している物はないようだ。
あらかた探し終えたので、朝日が昇り始める前に闇魔法で暗闇に紛れて自室に戻った。