---後宮へ---
私はブレスターン王国第三王女である、名前はまだ無い。
長女はエカテリーナ、二女はヘンリエッタと言う名前がちゃんとあり、私の名前がないのは別に王族の伝統やしきたりなどではない。
二人の王女が生まれたあと、国王は後継者となる男児を望んでいた。
そして王妃が身ごもると、その子の名前をジークフリートと決めた。
男の名前だ。
男が生まれるか女が生まれるかは神のみぞ知る。
だが王妃のお腹の中で激しく動いていたから皆が待望の王子誕生だと勝手に浮かれていやがった。
で、生まれたのが女だと知ると国王は私に興味を失ったらしい。
ちなみにジークフリートと言う名前は次に生まれた男児に名付けられたので私の名前ではない。
姉たちからは髪が黒いからクロと呼ばれていたが、当然これも名前ではない。
さて、世の中には名前がないと困るのでは、と思う者も多いと思うがツファ・ラリート・シャリ・バルト・ブレスターンと名乗れば問題ない。
これは始まりの言葉とも呼ばれる古代語であり、訳すとブレスターン王国の二十四番目の国王の三番目の子という意味だ。
国王の隠し子が現れたら三番目という部分が変わってしまうのでは、と考えた者たちも安心してほしい。
これは公式に国王の子供と認められた順番なので、今から年上の隠し子が現れても名前はロビ、六番目と名乗ることになるので大丈夫なのだ。
その名前とは別に、私が街に出たときいつも使う偽名はダークだ。
ふ~・・・・
さて現実逃避はこのへんにしておこう。
「ああそなたはなんと美しいのだ。髪はまるで天から降り注ぐ光のように金色に輝き、瞳はアメジストのようだ。ああ、もう言葉では言い表せぬ。選考を待たずこのまま正妃としてしまいたいがやむを得ぬ。法に従い我が王冠をいただくまで上級妃である赤妃の立場で我慢してほしい」
皇太子は優しく手を取り、二人仲良く儀式の間から出て行った。
ちなみに皇太子と出て行った女性は当然黒髪の私ではない。
さて、結局かしずいたまま声もかけられなかったのだがどうしたら良いのだろうか?
ちなみに皇太子に手を引かれて出て行った女性は下級妃予定だった人だ。
下の階位の者から任命するのが習わしらしく、皇太子が最初にその人の髪に下級妃であることを証明する銀のかんざしを差した。
そして面を上げよと言って固まり、動き出したと思ったら私が貰うはずだった赤い玉のかんざしを彼女に与えていた。
まあ平凡顔の私とは雲泥の差だったけれど、それはないんじゃない・・・
「どうしたらよろしいのかしら?」
皇太子がいないのだからかしずいている必要はもうないので、ある程度猫を被った状態を維持しながら立ち上がって周囲の者に問いかけた。
その中で仕立ての良さそうな服を着た二人が私への対応を押しつけ合っている。
そしておもむろにじゃんけんを始めた。
「後宮で側にお仕えする侍女たちを紹介します」
十二回引き分けた後、じゃんけんに負けた白髭のおじさんが私の側までやってきてそう言った。
え、この情況で最初の言葉がソレ?
私は昨日貿易協定を調印した交易相手の国の第三王女のはずだ。
あれ、記憶違い?
まあ自国でも王女扱いされたのは王都から出発して船に乗るまでだったけれど・・・
常識では考えられないような状況に思考が混乱する。
白髭のおじさんはそんな私を無視して皇太子が消えた扉をくぐった。
いつの間にか部屋の中からはもう一人の仕立ての良さそうな服を着た男は消えており、他にはかしずいている使用人らしき人たちしかいない。
おいて行かれても困る。
私は混乱したまま皇太子や白髪のおじさんが向かった扉をくぐった。
そしてそこには・・・白髭のおじさんと頭を深く下げたまま微動だにしない使用人らしき男の人たちが数名いた。
さて、隣室にいるはずだった侍女たちはいなかった。
というかあの皇太子が下級妃予定だった子の侍女として全員連れて行ったらしい。
白髭のおじさんは「とりあえず後宮に行きましょうか」と言ってスタスタと歩き出した。
私もその後を追いかける。
あまりのことに思考力が低下していたが、現状を理解するために先を進む白髭のおじさんに色々問いかけた。
だが帰ってきた言葉は「皇太子殿下のお考えはわかりかねます」「ソレについては私の担当ではありません」「後宮は独立しているのでソレについては後宮内で聞いてください」
まともな情報を得られないのであなたの上司かそれなりの地位のものと話がしたいと言ったら、私は内鳳凰宮後衛文官第九右官長だと怒鳴られた。
何その長ったらしい名前の役職
末弟からの事前情報にそんな役職あったかな?
ソレに第九、九番目の右長官って偉いの?
それ以降は何を聞いても答えが返ってこなかった。
皇太子もそうだが、この自称高官の対応もあり得ない。
大丈夫かこの国?
まあ末弟が前皇帝の功績があるのですぐに滅んだりはしない、と太鼓判を押していたので大丈夫だろう。
私は会話を諦めて周囲を観察しながら歩く。
警備の兵や魔法の気配が感じられない。
気配を悟らせないほど練度が高いのか、それとも警備が手薄なのかどちらだろう。
しばらくして華やかな門が見えてきた。
おそらくあれが後宮だろう。
白髭のおじさんはその門の前で立ち止まり、門番らしき女性に「後は任せた」と告げて逃げるように去って行った。
かなりイラッとする対応だがこの男とは理性的な会話が不可能である事はさっきのやりとりで理解したので私は何も言わない。
この男も仕返し候補リストに加えておこう。
喜べ、この国に来て栄えある二番目の候補者だ。
もちろん一番目は皇太子である。
あ、さっきの男の名前を聞き忘れた。
まあ良い、役職名は覚えている。
背後に気をつけな。
私は心の中でそう呟いて走り去る白髭のおじさんから視線を後宮の門番へと移す。
「案内しなさい」
私は後宮の門をくぐった。
「私が下女だと!私はブレスターン王国第三王女、あり得ないだろう」
目の前で書類仕事をしていた生真面目なオーラを発する女官長が能面のような顔をこちらに向けた。
「後宮典範の定めによると、妃の方々は皇太子殿下から身分を証明するかんざしを賜ります。妃の侍女はそれぞれの妃からかんざしを貰います。それ以外の者は下女と定められています。かんざしは誰からも受け取っていないのでしょう」
反論しても典範がこうだとかそんな特例は定められていないとしか言わない。
しまいに箱から適当に取った宿舎の部屋の鍵を押しつけられて無理矢理追い出された。
あり得ないだろう。
後宮の外に出て適当な誰かに文句を言いに行こうとしたら門番に許可がない者は通れないと止められた。
末弟からうちの国と同じくらい腐りかけてる、との事前情報は貰ってはいたが、ここまで酷いとは思わなかった。
こうして波乱な第二の人生は始まった。