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8.

 頭が痛い。


 うん。自業自得、という奴だね。

 そう。二日酔い、である。

 ついつい昨日は、変なスイッチが入ってしまい、強敵を前に焦ってしまった事もあり相手に勧める都合もあって杯を重ね続け、久し振りに飲み過ぎてしまったのだった。


 結果的には、女性向けに王子様や高位貴族男性との波乱万丈な各種の恋愛模様を記した創作物語など供給する秘密結社的な組織の元締めであるらしいアンジェリカさんとの交渉は、無事に終わった。たぶん。

 途中からは記憶が定かでないのだが、少なくとも、協力関係を築くという点においては間違いなく合意に至った、筈。

 アンジェリカさんの、自身が普及に尽力する特定分野の印刷物に対する情熱が爆発し、八割から九割ぐらいまでは彼女の独演会というか熱い思いを語る場となってしまったが、俺の目的も達成できた。と、思いたい。

 現実世界と創作世界は別であり、現実世界のイケメンな王子様や高位貴族である若者たちの姿を鑑賞して観察して妄想して十分に楽しんだ後で更にネタとして活用はするが、現実世界で物語の中と同じような荒唐無稽なストーリーが展開することを望んでなどいない、という一点については意見の完全なる一致を得た、のだ。大丈夫。

 野次馬的な立ち位置のパワフルな人物が増殖しそうな状況は新たな懸念事項の一つとはなるが、ヒロインは底抜けな良い子路線でお先真っ暗なパターンは勿論、悪役令嬢ざまあ路線で俺の娘が酷い目に遭うパターンについても、現実と化すことを阻止するために組織的な協力をしてくれる、という結論に至った。のだったと思う、たぶん。


 はっはっはっはっは。


 うん。速やかに、もう一度、アンジェリカさんを捉まえて、念押しをしておこう。

 俺、酔っぱらって、変なこと言ってたりしないよなぁ...。


 もう直ぐ昼食時という微妙な時間帯に、遅めの朝食を取りつつ水分補給をするといった名目にて、俺は、娘と娘の養父母が切り盛りする食堂のほぼ定位置と化しているカウンターの隅にある席に陣取り、グダグダしていた。

 注意力散漫な状態で、標準装備な自慢のステルス機能もボケボケのまま、カウンターに突っ伏したポンコツと成り果てていたのだった。


「あの」

「...」

「アルヴィン殿。少し、宜しいでしょうか?」

「...」

「えっと...」


 いかん。この店に俺を訪ねて来る者など誰もいない、などと慢心するから、こんな事態が発生する。

 俺は、ボケた我が頭脳に活を入れつつ、顔を上げ、訪ねて来た人物の方へと振り返った。


 どこぞのお屋敷の侍女のお仕着せらしき上質な衣装をきっちりと着用した若い女性が、困惑した表情でこちらを見ていた。


 はて、誰だろう?


 濃紺の髪に水色の瞳、スラリとした体形だが何気に筋肉質っぽい、澄ましていれば氷の美貌といった感じの美女の卵さん。

 おお~、そう。確か、エリカ・ウォートンさん、だったかな。

 王子様の婚約者である高位貴族のお嬢様の、侍女と護衛を兼務している才女さん。


 ははは。先日とは違った服装な上に、想像していたよりも侍女のお仕着せが嵌っていたので、一瞬、誰だか分からなかった。いかん、いかん。


「ああ、エリカさん。おはようございます」

「は?」

「ん?」

「もうすぐお昼ですが...」

「ど、どうも」

「はあ...アルヴィン殿は、寝起きですか」

「いや、まあ」

「普段からそのような怠惰な生活をしているとは、やはり碌な人間では...」

「いやいやいや、いつもは違うから。今日だけ、今日はちょっと特別!」

「そうなんでしょうか?」

「はい。いつもはちゃんと早起きして、娘のお買い物を陰で見守っている勤勉な人間です」

「...」

「あ、えっと」

「成る程」

「ま、まあ、それは兎も角。俺に、何か御用ですか?」


 色々とドン引き状態だ、と言わんばかりの態度になったエリカさん。

 その様子を見て、俺は、慌てて話題の転換を図る。

 二日酔いは流石にぶっ飛んで行ってはくれないが、シャキンとばかりに姿勢を正し、冷静沈着でふてぶてしくて出来る大人な態度を、取り敢えず取り繕ってみた。


 うん。彼女が昨日の今日で恒例イベント前のこの時間帯にこの店へとやって来た、という事は、彼女の主でありおバカ王子の婚約者でもあるお嬢様から何らかの指示をされた、という事だろう。

 つまり。婚約者のお嬢様も、速やかな対処が望ましいと判断した、という意味だと思う。


 まあ、妥当な判断、だな。


 お仕えするお嬢様こそ我が命、といった感のあるエリカさんの話だけでは、あのバカ王子様の婚約者である某伯爵家のお嬢様が本当に冷静沈着で話の分かる人物かどうか微妙に不安だったりしたのだが、少しは期待できそうだ。

 はてさて。可憐な美少女らしい十六歳の高位貴族のご令嬢は、どのような判断を下したのだろうか?

 わくわくの、お楽しみ、だ。乞うご期待。


 エリカさんは、キリリと冷たい視線と氷の美貌で周囲を威嚇する女性騎士の顔となり、俺を値踏みするかのように睨みつけながらも、不本意そうに口を開いた。


「アルヴィン殿からの情報と申し出の内容は、お嬢様にお伝えした」

「...」

「お嬢様は、アルヴィン殿とお会いになるそうだ」

「...成る程」

「そこで。今から、当家の屋敷まで、御足労願いたい」

「う~ん。まあ、良いけど...どういう名目で?」

「冒険者ギルドからの使者、といった処で如何だろうか?」

「えっと、用件は?」

「...」

「えっと」

「...」

「はあ、そうだなぁ。まあ、真実でもないが虚偽でもない、といった辺りが落としどころ、になるかな?」

「そ、そうだな。嘘は拙い」

「高貴な家柄のご令嬢、というよりは、頭脳明晰でシッカリ者な才女であるご令嬢が、世界情勢と知識を求めて。ってな感じに、しますか」

「...」

「王子様の方は真面目に聞いていたようには見えなかったけど、王子様のお付きの人達から小耳に挟んで興味を持ったお嬢様が同じ話を所望された、といった筋書きで行きましょう」

「成る程」

「うん。それを機会にお嬢様と意気投合し、お嬢様の見聞を広げるための定期的な講演というか講義を行う事になった、という流れで行けば良いかな?」

「ほ、ほお」

「そうすれば、遠慮なく正面から堂々とエリカさんのお嬢様にお会い出来るし、俺の方にも箔が付く」

「む?」

「であれば。それなりの格好をして行かないと、駄目だよね」

「まあ、そうだな」

「では。一旦、自宅に戻って着替えをしないと」

「...」

「ああ。俺の住まいはこの直ぐ近くだし、着替えにも左程は時間が掛からないよ」

「そ、そうか。そうであれば、問題ない」

「じゃあ、早速、行きましょうか」


 俺は、俺自身の遅い朝食と二人分の飲み物の代金をカウンターへと置き、店主である養父殿に軽い会釈で合図をしてから、店の出口の方へと向かうのだった。


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