4.
今日もまた俺は、打ち拉がれていた。
定位置のカウンター隅の席で、ひっそりと、鬱陶しい気配をダダ洩れに垂れ流しながら唯々項垂れる。
俺がお昼に軽く一息つくこの世のパラダイスが、あの日を境に、消滅してしまったのだ。
許すまじ、三馬鹿トリオ。
俺の楽園を返せ!
今直ぐ、ここから退去して二度と来るなぁ~。
そんな心の声を、目の前にいる店主である娘の養父殿にのみ微妙に漏らしながらも、俺は、無駄に特技の隠密技能を発揮したまま気配を薄め、店内の物陰へと沈み込んでいた。
いや、まあ。俺のもう一つの特技でもある殺気を制御する技を使えば、気に入らない若者三人組を威嚇する事など余裕で出来るし、気配など消さず堂々とその前へと出て行って追い払えば、駆除できない訳でも無いのだが...。
俺は、過去の失態に対する戒めと、現在の養父母たちとの娘の幸せを壊さないため、娘の前には出ないと決めている。
だから。あそこまで堂々とした迷惑行為と言えなくもないが悪意ない行動に対して、通りすがりを装って天誅を下したり物陰からこっそり攻撃して強制排除したりすることも出来ず、一人でジレンマに陥って鬱々とモヤモヤ状態に甘んじていた。
うざいぞ、キラキラ三人組。
「お待たせしました~。本日のお勧め、です」
「うむ。これが?」
「おお~、美味そうだ」
「...」
「はい。今日のメインは、特製ソース添えのカツレツ、ですね」
「そうか」
「うむ。良い匂いだ」
「...」
「ごゆっくりどうぞ~」
俺の娘は、機転が利く。
よって、この三バカがこの店に現れるのが三回目ともなると、そつなく捌いている。
うん。グッジョブ、娘。
こんなアホどもに余計な手間は掛けず、適当に最低限の相手をしたら放置でオッケー。
この見世物パンダたちを利用して、しっかりガッツリ盛大に稼ぐんだぞ。
今は、お昼時を少し過ぎた、昼食を取りに来る常連客たちが仕事に戻って行く頃合いの、本来であれば客足が少し落ち着いてくる時間帯。
にも関わらず、このイケメン三人組のお陰で、普段とは少し違った層のお客さん達によって、店内は込み合っていた。
そう。店内中央のテーブルに陣取って珍しそうに庶民向けの定食を食している三馬鹿トリオの周囲に、その姿と一挙手一投足の鑑賞を目当てとしたお嬢様方の小集団が多数、犇めき合っているのだ。
つまり。昼間は庶民向けの定食屋な筈のこの店が、ここ数日のこの時間帯は、食後のデザートか少し早めの三時のおやつを楽しむお嬢様方で、大いに賑わっていた。
しかも。実は、娘の養母さんは料理だけでなく甘味系も得意な上に器用なので、即席でお嬢様方に向けたメニューも用意し、好評を博していたりする。
だから、まあ。無自覚な集客マシーンとして、あのバカ共もそれなりには役立っているので、その点についてだけは評価しても良いかもしれない、多少は。などと、考えてはいる。
が、しかし。俺のお昼の癒しタイムが...。
俺は、視界の隅にテキパキと元気に働く可愛い我が娘の姿を収め、その際にどうしても視界へと繰り返し侵入して来る不快なキラキラ成分に悩まされながらも、店内の様子をホケっと眺め続ける。
うん。我ながら、諦めが悪いと言うか性懲りもなく悪足掻きを続けていると言うか、俺の目は、視線を向けることなく娘の姿を追っかけていた。
と。微かな違和感を、感じた。
多少は武術の心得があるのだろうが緩み切っている三バカとは別の箇所で、殺気というか清冽な気配を感じた、ような気がしたのだ。
弛緩していた感度を、慎重にアップ。
自身の隠密度合いを強化しつつも、周囲の気配を探る感度を最大限まで上げる。
...お、いた居た。
三馬鹿トリオを取り巻くように周囲のテーブルに数人ずつ分かれて座り、チラチラとそれぞれが贔屓とするイケメンの姿を鑑賞しつつ、美味なデザートに舌鼓を打っているお嬢様たち。
その中の一人が、よくよく気を付けて見ると、周囲から少し浮いていた。
濃紺の髪に水色の瞳の、クールビューティー。
店内でも端の方にあるテーブルに陣取り、イケメン三人組の方に視線を向けるが、その視線は冷めきっていて、その怜悧な顔の口元には皮肉気な嘲笑を浮かべている。
うん。間違いなく、この子は、ミーハー根性や鑑賞目的での来店ではないね。
けど。養母さん作のデザートには満足しているようで、時たま、スプーンを口元に運んでは至福の表情になっている。
しかも。彼女の前には、平らげられたデザートの皿が数枚、並んでいたりする。
うん。ご満足して頂けたようで、幸いだ。
俺は、将来は美貌の女性騎士として有名になりそうな、まだまだ若いその女の子を、思わず微笑ましく見てしまう。
と。そんな俺の気配に気付かれたか、ふとこちらを振り向いた彼女と、目が合ってしまった。
はっはっはっはは。
水色の瞳に、剣呑な光がさす。
彼女の引き締まった身体にグッと力がこもり、秘かに一触即発の緊張感が漂う。
が。俺が、敵意は無いことと後で話をしたいという意思を簡単な身振りで示すと、一旦は敵意をすっと収めてくれた。
うん。なかなか良い判断力、だね。
まあ。たぶん、俺の位置からでは、余程の突飛な事態でもない限りは彼女を出し抜いて逃亡するのは難しい、と見切られた事もあるのだろうが...。
「おい、娘!」
「はいは~い、お勘定ですか?」
「いや、まあ、そうだが...」
おバカ王子様たちが、食事を終えて、席を立つ。
そして。
俺の娘によって、赤子の手を捻るかの如く巧みにあしらわれ、言われるがままにお代の支払いを終え、店の外へと遅滞なく速やかに誘導されていく。
うん、まあ、そういう意味では、真面目であり悪い奴ではない。
ものを知らないのは確かだが、成長の余地はある、と思う。
やんわりとでも指摘されれば自分で考え、正しいと判断すれば素直に取り入れ、基本的に同じ間違いを二度繰り返すことはない。
この店に来た当初は、食事を終えてもウダウダと居座ろうとしていたが、それが店にとって迷惑になると理解してからは食事が終わると速やかに席を立つようになった。
それ以外にも、細かな事項を、俺の娘が彼是と丁寧に教える破目にはなっていたが、決して不快な行動ではなかった、と思う。そう、ある一点を除いて。
「おい、娘」
「はい、何でしょうか?」
言い淀む、王子。
そして。
徐に、キラキラ度合いをアップ。理想的な甘い王子様マスクを、俺の娘に向ける。
「そろそろ、だな」
「?」
「名前を教えてくれても、良いのでないか?」
「...」
「レナード様!」
「な、なんだ。ヘンリー」
「そういう台詞を気軽に言ってはならない、と常にお叱りを受けているでしょうが!」
「し、しかし、だな」
「しかしもかかしも、ありません!」
「だが。それでは、何のために苦労して王宮を抜けて来ているのか、分からないではないか」
「いや、でも、ですね...」
「私は、別に、軽い気持ちで言っている訳では無いのだが...」
「「...」」
困惑した表情で、顔を見合わせるお付きの二人。
そんな三人の様子を見て、娘が軽くタメ息を吐く。
「はあ、もう、分かりました。仕方ないなぁ」
「む、娘?」
「はいはい。わたくしの名前は、マルヴィナですよ」
「そ、そうか」
「はい。別に、秘密でも何でもなく、お店でもそう呼んでいる人が居たでしょ?」
「そ、そうか?」
「ええ。そうですよ」
「「「...」」」
「では。またのお越しを、お待ちしております!」
そう言って、俺の可愛い娘は、キラキラ王子様とそのお付きのイケメン二人を、店の外へと押し出して扉を閉めたのだった。