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3.

 この街の冒険者ギルドで支部長を務めるテッド氏から直々に受けた面倒な依頼を無事に済ませた俺は、夕暮れ時の街中を、娘の元へと足早に向かっていた。


 いや、まあ。いつも通り、会いに行く訳ではなく陰ながら見守るだけ、ではあるのだが...。




 俺と、娘と娘の養父母たちが生活の基盤を置いているこの街は、ラッセル王国の王都だ。


 小規模な王国やら公国やら自治都市やらが群雄割拠し、入れ代わり立ち代わりの繁栄と衰退を繰り返す中でも、比較的安定して順調に勢力を広げているラッセル王国。

 そして。

 俗に、将来的に集約されるのは、色ボケ英雄の王国か弱肉強食の帝国かの二択だ、などとも言われている一方の国が、この王国だったりする。


 王国は、美男美女が集まって天才も多く輩出する傾向にあり、裏では色々あるらしいが表向きには、緩やかに周囲の国家を吸収併合中。

 帝国は、ガチムチ厳つい外観の人物が多く集う体育会系の実力主義を標榜する強権国家で、強引かつ非情に腕力で周囲の国家を併呑中。

 つまり。

 現在は栄華を誇り躍進中である国家の首脳といえども、誰に対しても横柄に構えていられる程に余裕がある訳ではない、という国際情勢が長く続いているのだ。

 例えば、王族や大公一族や帝室の一員であっても、ある意味では人類社会の一大勢力である冒険者ギルドの幹部やその庇護をうけるメンバーに対して上から目線で横柄な態度を取ったりすると大変に拙い事態となる、というのは各国首脳も認める一般常識であったりする。


 にも関わらず。この国の次代を担う筈の王子様は、大変に残念な人物だった。


 俺が、テッドのおっさんから受けた依頼は、国王肝いりで編成された帝国行きのキャラバンの主要メンバー向けにレクチャーを行うこと。つまり、講習会の講師役、だった。

 諸国漫遊の経験を活かし、目的地へのルート上に点在する危険個所や他国の風習など注意すべき事項を叩き込むための講習を、真剣勝負で行う。それが、俺の仕事だ。

 そう。様々な街から街へ、国から国への移動の経験は、貴重な知識として重宝される。

 何故なら、国と国との境界を跨いで移動するという事態は、一部の例外を除き、人里離れた山奥や広大な荒野などちょっとした秘境を通り抜けるのと同義であり、そのような人気がない場所にはかなりの確率で魔物が生息しているからだ。

 残念ながら、一般的な人類の範疇にあり特殊な能力を持たない人類によって行われている魔物の討伐では、例え熟練の冒険者が加わっていたとしても、小物であれば止めも刺すが大物の場合には退治ではなく追い払う程度のことしか出来ない、というのが現実だ。

 だから。ある意味、多国間貿易は命がけの行動であり、その分、見返りも大きくなるのだ。


 にも関わらず。俺の講習会におけるこの国の王子様の態度は、(いただ)けないものだった。


 何を勘違いしているのか、講習会の会場で一番前のド真ん中の席に踏ん反り返って座り、講習の間中ずっと、()も詰まらなそうな顔して講師の俺を睨みつけていたのだ。

 まあ、俺が、ついつい売られた喧嘩を買ったような態度を取ったせいも、若干あるのだろう。が、自分の立場を(わきま)えぬ馬鹿に払う敬意など、一切ない。

 事前の日程調整や手続きなどブッ飛ばし、唐突かつゴリ押しで権力にものを言わせ当日開催を捩じ込んで来たから気に食わない、などといった大人げない愚痴を、俺が言うことは無い。

 だが、しかし。俺の行う講習会の対象は、実際に危険な場所へと向かうキャラバンのメンバーであって、甘やかされて育ったボンクラに実務経験を積ませ現実を思い知らせつつも箔付けする為だけに与えられたキャラバン結成と出発までのお飾りの準備プロジェクト責任者などでは決してない。


 後ろの方で大人しく静かにひっそりと小さくなって遠慮しながら、控えめな態度で拝聴しているべきだろうがっ!


 いや、まあ、少し、言い過ぎたかな。

 うん。少し頭に血がのぼってヒートアップし過ぎた嫌いはある、な。落ち着こう。


 お忍びとの触れ込みであったから上質な生地を使った物ではあったが街人風の服装をしていたのだが違和感が半端なかった、とか。

 キラキラでピカピカな優男風のイケメンが周囲の女性たちの視線をクギ付けにして平然としていたのがウザかった、とか。

 本人だけでなく更にその周囲を固めるお付きの者たちも会場内で完全に浮き上がる程にキラキラしいイケメン達で迷惑だった、とか。


 まあ、何だ。そんな些細なことに目くじら立てるものではない、とは分かっていたのだが...。




 などなど、と。

 無表情を維持して欠片もその思考を外に漏らさず、勝手知ったるいつもの道を特に意識することなく平然と歩き、俺は、娘と娘の養父母が切り盛りする料理屋へと辿り着いた。


 店の入り口の扉を静かに開け、俺のほぼ定位置と化しているカウンターの隅の席へと、静かに座る。


 俺が好んで座るこの席は、そこそこの広さがある店内に設けられた他のテーブル席とは異なり、目の前に陣取る店主が注文の受け答えから料理の配膳や後片付けまでの全てを担当する。

 つまり。俺が得意とする隠密の技能を活かしてそれとなく気配を薄めれば、目立たずに心置きなく、店内で働く可愛い娘の姿を静かに見守ることが出来る、素晴らしい席なのだ。

 そして、また。ここは、店主である娘の養父さんが、カウンターの中で、ちょっとした料理や盛り付けと食器やコップの洗浄など対処しながら店内に目配りをし、娘が何か困った事態に巻き込まれていないか常に注視して何かあれば即座に飛び出して行こうと身構えている様子を垣間見ることが出来る、幸せな席なのだ。


 俺は、店主自らが器用な包丁捌きを披露し供してくれた酒のアテにもなる美味しい料理をつまみながら、ちびちびと晩酌を楽しんでいた。

 のんびりとして一日の疲れを癒しながら、くるくると元気に店の中を舞うように料理や飲み物を運びながら行き来する元気な娘を見るともなしに視界に収めてはこっそりと眺め、精神的な疲労も徐々に癒されていく心地良い感覚を味わう。


 そんな至福の時間は、アッという間に過ぎ去っていく。

 そして。

 俺がこの店に入ってから相応に時間が経過した、そんな頃合いに、トラブルは訪れる。


 何やら、店の外、というかこの店のすぐ前で、黄色い声や群衆のざわめきが沸き起こったようだった。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 嫌な予感がする。それはもう、ひしひしと。


 そのまま通り過ぎてくれないかなぁ、という俺の(あわ)い希望は、どうやら叶えられなかったようだ。

 外の喧騒がひと際大きくなった、かと思ったら...店の扉が開き、身なりの良い三人組が飛び込んで来たのだった。


「はあ。何なんだ、あの者どもは」

「レナード様が、不用意にお相手をされるから...」

「何を言っている、ハワード。あれは...」

「そうだ。ハワード、お前も悪い」

「な、な、何故だ?」

「レナード様も、ハワードも、今はお忍びで行動中だという自覚が足りない」

「そ、そうなのか?」

「む、む...」

「そうですよ。あのような場所で...」


 店に入って直ぐの場所で、扉を背後に立ち止まり入り口をガッチリと塞いだまま、周囲の視線を完全にスルーして自分たちの会話に熱中する、立派な体格をした三人の若者。

 この街の庶民が着る一般的な服装に一見すると見えなくもないが上等な布で丁寧に仕立てられた明らかに物が違うと分かる高級そうな衣装と周囲からも完全に浮き上がって見える雰囲気を纏った、三人の若者たち。

 キラキラで、ピカピカな、絵に描いたようなイケメン三人組。


 デジャブー、だった。

 最悪、だった。

 おいおい、今日は、厄日か何かなのか?


 何で、こいつらが、またまた俺の目の前に現れるんだ...。

 俺が、あまりにもあんまりな事態に、思わず頭を抱えている、と。


「すいませ~ん。お客様ですか?」

「「「...」」」


 天使が、俺の視界に舞い降りた。

 うん。俺の娘が、今日も非情に可愛い。


「ここ、料理屋なんですけど、お食事されますか?」

「食事、か?」

「おい、娘。態度が...」

「こら、ハワード!」

「あ、いや、ヘンリー。分かっている、分かっているんだ」

「お前たち、何をゴチャゴチャと...」


 こうして。

 俺の天使が、外見と肩書と育ちだけは超優良な三馬鹿トリオに、出会ってしまったのだった。


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