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10.

 ひと仕事もふた仕事も終えて疲労困憊となった俺は、娘が元気に働く姿を見ることが出来る癒しの料理屋での定位置であるカウンター席に、突っ伏していた。

 もう、残念なことに、この店の閉店時間が直ぐそこまで迫っている。そんな夜も遅い時間まで、俺は頑張ったのだった。

 うん。自分で自分を、褒めておこう。


 よく頑張った、俺。


 何とか気力を振り絞り、娘の養父さんが用意してくれた心尽くしの料理を堪能しながら、俺は、本日の成果を振り返ってみる。




 配役的に悪役令嬢な立ち位置となるクラリッサお嬢様とは、共同戦線を張ることで合意に至った。


 ちなみに。

 クラリッサお嬢様は、厳密には、キラキラ王子様の正式な婚約者ではない。が、断トツの筆頭候補であり他の追随を全く許さない地位と立場にいるのも純然たる事実であるため、暗黙の了解レベルでの既定路線、といった扱いになっているそうだ。

 本当に、あんなヘッポコ王子様には勿体ない、知性よし性格よし容姿よしの理想的な美少女、だった。


 うん。クラリッサお嬢様との会談は、本当に楽しかったなぁ。


 お世辞の混じった少し大袈裟な表現もそれなりにあったような気もするが、可愛らしい女性からの好意的な視線と誉め言葉は、嬉しいものだ。

 久しぶりに、娘に関すること以外で、時間が経つのも忘れるくらい会話に没頭してしまった。

 ついつい熱心に色々と話し込んでしまい、アッという間に時間が経過したので、次回以降へと持ち越した議題もいくつかはある。

 けど、まあ。主要な協議事項では大筋で合意できた、ので問題なし。

 いや寧ろ、他の協力者との調整が必要な事項もあったりするので、ある意味、丁度良かった。


 お昼前の約一時間だけの会談ではあったが、本当に有意義で内容も濃密な時間を過ごせたと思う。


 そんな感じで、午前が終わった。

 そして。

 昼食は、いつも通り、この店で取った。

 のだが、時間があまりなく、慌ただしく掻き込むこととなった。大変遺憾だ。

 そのまま続いて、午後の部へと突入。


 某商会の超若作りな奥様であるアンジェリカさんとは、午後からガッツリどっぷりと濃厚な時間をつい先程まで過ごし、行動計画のプラン策定に大筋で目途を立ててきた。


 しかし、まあ。

 見ためは可憐な幼女に限りなく近い少女でありながら、世に乙女ナントカ小説を続々と送り出していると思われる大物な趣味人さんは、兎に角、パワフルだった。

 水色の瞳をギラギラと輝かせ、後ろで細く束ねた腰まであるブルーの長髪を振り乱した小柄で見た目はお子様な女性が、怒涛の勢いで自論と妄想を展開する様子は、圧巻だった。


 うん。吃驚、だね。


 俺が口を挟む間もなく、あーだこーだと、ほぼ一人でボケと突っ込みを熟しながら立案し改良し詳細を詰めてはダメ出しをする。

 いつの間にやら、娘と娘の養父母が切り盛りする小さな料理屋に昼食時のピークが過ぎた頃に集う大勢の乙女小説の愛読者らしきお嬢様方とも渡りをつけ、配役から台本まで全て自前で制作し始める熱の入れようだった。

 しかも。

 発注元である俺の要望も、瞳の動きや微妙なリアクションと仕種から的確に導き出し、絶妙な具合に取り入れる芸の細やかさも発揮する万能さ。

 最終的には、俺は殆ど何もコメントしていない筈なのに、俺の意図までキッチリと汲まれた長大な行動計画が、ほぼ出来上がっていたのだ。


 午後から夕方と夜も遅い時間まで問答無用で拘束されたヘビーな会談ではあったが、それだけの価値がある濃厚な時間を過ごせた、と思う。




 と、まあ。

 前日遅くまでの見ため美幼女な酒豪への接待が後を引いた二日酔い状態で、冷たい視線を標準装備したクールビューティな護衛兼侍女さんの急襲を受けて連行され。

 格式高い立派なお屋敷に肝を冷やすも、理知的で好意的な美少女との楽しい癒しの時間を得ることが出来て。

 素面(しらふ)の見ため美幼女な財力と人脈と行動力を併せ持つ傍迷惑な趣味人さんに再び怒涛の勢いで精神的に振り回されるも、傍で見ているだけで準備万端が整った。

 つまり。

 低空飛行からどん底に突き落とされ、一気に天国まで引き上げられるも、精神的なサンドバック状態に長時間さらされ続けて、心身ともに疲労困憊となる一日だった。

 ただし。

 結果的には、十分な成果を得ることが出来た意味ある一日ではあった、と言えるだろう。


 うん。本当に、よく頑張ったな、俺。


 へろへろな今の俺には、寡黙な娘の養父さんの心尽くしである暖かい料理が、何よりも嬉しい。

 料理のあまりの美味しさにお酒が少し欲しくなるが、今日は止めておく。

 流石に、二日続けてへべれけに成るまで飲酒するつもりなど毛頭ないのだが、今日は肝臓を休ませてやろうと思うのだ。


 閑話休題。


 お馬鹿なキラキラ王子様による傍迷惑なイベントの勃発を危惧し、どうやって事態の打開を図ろうかと当初は途方に暮れていたのだが、あれよあれよという間に、直接の関係はないが諸悪の根源と言えなくもないパワフルな趣味人と、過失など一切ないにも拘らず巻き込まれ盛大に被弾しかねない立場にあった権威ある麗人のお陰で、何とかなりそうだと思える程度にまでは状況が持ち直した。

 あとは、寝て待つだけ、かなぁ...。

 いや。まだ、クラリッサお嬢様にアンジェリカさんを紹介する、という仕事が残っていた。

 けど、まあ、この二人を引き合わせてしまえば、それ以降に俺がすべき事は何もない、筈。


 ん?

 あと数回は、クラリッサお嬢様に見聞を広げるための定期的な講義を行う、といった対外的なパフォーマンスも兼ねた行動を示す必要はある、のだったっけかな。

 まあ、なんだ。本筋とは関係ない、俺自身にとっては趣味と実益も兼ねた気楽な用件であり、楽しむだけの簡単なお仕事、なんだが...。


 いかん、なあ。どうも、思考が迷走気味だ。

 精神的な疲労が、本人に自覚がある以上に蓄積されていたようだ。


 兎に角。明日、クラリッサお嬢様にアンジェリカさんを引き合わせてしまえば、あとは余程の事がない限り、アンジェリカさん達の熱意と根性と強引さでシナリオが書き換えられて、間抜けな三馬鹿トリオのアホ面が晒された後は元の日常が戻って来る筈、なんだ。たぶん。

 という事で。今日は、この辺で、勘弁しておいてやろうじゃないか...もう、駄目だ。


 俺は、最後の気力を振り絞り、店主である娘の養父さんに目配せしてから代金をカウンターに置いて、ふらふらと自宅に向かって歩き出すのだった。


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