1.
娘が可愛い。
この近辺では珍しい、綺麗な黒目黒髪。
少し小柄で、可もなく不可もないが整った端麗な容姿。
稀に不愛想となることがない訳ではないが、控えめな明るい笑顔で元気溌溂な言動と行動。
妖艶な美女の卵でも、類稀なるキラキラ系美少女でもない。けど、街中で擦れ違ったら思わず振り返って見てしまう、そんな可愛らしい女の子。
勿論。将来も超有望な、まだまだ伸び盛りで尚且つ現時点でも十二分に可憐な、十四歳の乙女だ。
そう。決して、親の欲目などではない。間違いなく、俺の娘は、可愛い女の子なのだ。
俺は、今日も今日とて可愛さ溢れる我が娘を少し離れた人混みの中から視界に収め、同じ移動速度を維持しながら同じ方面へと向かって、街中を歩いていた。
俺の可愛い娘に不埒な行動を起こす不届き者が居ないかその周囲の様子を警戒しながらも、気配を消して周囲に溶け込むよう細心の注意を払い、賑やかな街中を影のように埋没しつつ歩く。
俺は、木造建築や土壁と樹木や土壌のある環境で主に発揮される気配の隠匿能力を無駄に駆使し、本日もまた、日課の癒しである娘鑑賞も兼ねた散歩という名目の街歩きを堪能していた。
「おはよう。マルヴィナちゃん!」
「おはようございます!」
「今日も元気だね~」
「はい。元気だけが取柄ですから!」
「いやいやいや。マルヴィナさんは、可愛いよ」
「もう、ルーファスさんったら。お世辞を言っても、余計な買い物はしませんよ!」
「いや、そういうんじゃないんだけどね...」
「はいはい。今日は、何がお勧めですか?」
うん。今日も、娘が天使だ。
八百屋の兄ちゃんの少しふやけた視線は気に入らないが、まあ、仕方がない。
そう。俺の娘は、可愛いからな。はっはっはっはは。
不埒な行動さえ取らなければ、多少の夢見る行為には目を瞑ってやろう。
娘は、いつも通りに、養父母と切り盛りする小さな料理屋で供する食事の材料を購入する。
そして。にこやかに挨拶してから、次の店へと向かって元気に歩きだした。
が。フッと、一瞬だけ表情が消えてポツリと小声で呟く。
俺の対娘用に特化して強化された地獄耳は、そんな娘の独り言も、漏らすことなく拾い上げる。
「私、普通だと思うんだけどなぁ...」
うん、うん。マルヴィナは可愛いぞ。
そうやって、チヤホヤされても天狗にならない所が、グッドだ。
いや~、良い子に育ったよな。
マルヴィナの養父さん養母さんに感謝、だよな。
俺が不甲斐ないばかりに、幼い頃は一時的とはいえ不憫な境遇にさせてしまったが、良い人たちと巡り会ってくれて本当に良かった。
俺が思わずそんな感慨に耽っている間に、娘は、きっちり復活、いつもの元気な女の子に戻っていた。
八百屋の次は、これまたお馴染みの肉屋だ。
「おはようございます。ジェイクさん」
「やあ、おはよう、マルヴィナちゃん。今日も可愛いね」
「はいはい、ありがとうございます」
「も~、つれないねぇ」
「今日は、奥様が居られないのですか?」
「ん。奥に居るよぉ」
「ミランダさぁ~ん。旦那様が女の子に粉掛けてますよぉ~」
「おいおい、人聞きの悪い」
「は~い、マルヴィナちゃん、ありがとう。ビシバシ言ってあげてね!」
「了解で~す」
「ははははは」
「ジェイクさん。今日は、何かお買い得品はありますか?」
「はあ、分かりましたよ。これなんか、どうだい?」
「おお、良いですね。おいくらですか?」
「えっと。量は、いつも通りなんだよね。だったら...」
うん。今日も娘は、器量良しさん、だな。
何処に嫁に出しても、恥ずかしくないね。って、いやいや、まだまだ、嫁には出さんぞ!
そうそう。十四歳は、まだまだ子供だ。
いや、まあ。貴族や良家の子女だと、そろそろ婚約者が決められる頃合いではあるんだが...。
そう。本来の自出は兎も角、今は一般庶民で町娘なんだから、婚約も結婚もまだまだ早い、ずっと先の話だ。
うん。お父さんは、結婚などまだまだ許さんぞ~。
などと一人でヒートアップしている間に、俺も、そろそろ仕事に行かないといけない時間帯となっていた。残念だ。
大変に名残惜しいのだが、この街は治安も悪くないし、何かあっても周囲の人々が良心的で親身になってくれるので、娘は大丈夫だろう。
物凄く後ろ髪を引かれる思いではあったが、俺は、娘の朝のお買い物を陰から見守る会の活動を切り上げるのだった。




