赤いトカゲさんと魔法の杖
「初めまして我らのご主人様。いやあ、なんと見事な魔晶石でしょうか。しかもこれほど大量に。皆、新しいご主人様が優秀なお方だと言うて喜んでおります。では早速配って参りますので、ひとまずこれにて失礼致します」
目を細めた赤くて大きなトカゲは嬉しそうにそう言うと、目の前の大きな魔晶石に噛みつき一瞬で飲み込んでしまった。
今の魔晶石、絶対自分の体より大きかったと思うんだけど、簡単に飲み込んだよね……私の見間違いかしら?
周りを見ると、他の赤いトカゲ達も魔晶石を食べていて、あっという間に一面を埋め尽くしていた魔晶石は食い尽くされてしまい、最初にあったナディアさんが作った魔晶石以外は、もう全部無くなってしまった。
「おお、見事に無くなったわね」
見事な食べっぷりに感心していると、赤いトカゲ達は次々と消えていなくなってしまった。
「あらら、消えちゃったわね。何処に行ったの?」
驚いて辺りを見回したが、もう一匹も残っていない。
「今のは、あなたの眷属であるサラマンダー達よ。気の優しい良い子達だから仲良くね」
「け、眷属って……なに?」
私の中では、眷属と言われるともう『魔王の眷属』って言葉がセットで付いてくるレベルよ。
ゴブリンとか、ガーゴイルとか、ワイバーンとか! あるいは魔王を補助する怜悧で知的な魔法使いとか!
あ、だめだ、油断すると思考が脱線するわ。
「要するに、火の属性を持った精霊達よ。普通の人が魔法を使う際にはあの魔晶石を用いるの。その魔晶石を各地に届けるのが精霊達の主な仕事ね。後は、場合によっては精霊使いと仲良くなってその人と一緒に過ごす事もあるわ。その時はその精霊自身が魔法を使うの」
案外詳しい説明を聞き、さっきあの魔晶石を食べた意味が分かった。あれは食べたんじゃなくて、多分、収納して何処かへ届けに行ったわけね。
「へえ、要するに私が作った火の魔晶石をあの赤いトカゲ達がこの世界中の必要な所に届けるって事?」
「その通りよ。ああ、本当に理解の早い優秀な方で私は嬉しいわ」
両手を握って、胸元に当てて嬉しそうに跳ね回っている。
この話のそもそもの大前提が解っていない私には、どうにも意味不明な説明だわ。
だけどまあ、これは深く考えては駄目みたいね。
ええと……まず、要するにあの赤いトカゲ達は、私の仲間で部下みたいなものな訳ね。うん、これでいい事にしよう。
私が何とか一人で納得しようとしていると、足元にごく小さな赤いトカゲが一匹だけ姿を現した。
まるで猫のように、私のブーツを履いた足元に頭を擦り付けて来ていて、何だか甘えているみたいに見える。
「あら、これまた可愛い子が来たわね。おいで」
しゃがんで手を差し出してやると、その小さな赤いトカゲは嬉しそうに私の手に乗ってきた。
軽い。全く重さを感じないレベルに軽い。あなたの体重は、鳥の羽根一枚分ですか? ってくらいに軽い。
そして、そのトカゲを正面から見て思わず叫んだ。
「この子笑ってる! 可愛い!」
だって正面から見ると、口元の感じとかが、確かに笑っているみたいに見えたんだもの。
私の手に乗った赤いトカゲは、尻尾の先まで入れても30センチくらい。少し太めの身体と半分近くある長い尻尾。そして丸みを帯びた三角の頭につぶらな丸い目。顎から首元の辺りは、尖った細かな鱗で覆われている。背中の辺りも少し全体にゴツゴツした鱗。
要するに、めっちゃリアルにトカゲって感じ。ちょっと恐竜っぽくもある。
爬虫類が苦手な人なら駄目かもしれないけど、私は平気よ。
「よろしくね」
そっと指先で頭の辺りを撫でてみると、その小さなトカゲは嬉しそうに頭を擦り付けて来た。
「あら、その子が気に入った?」
不親切チュートリアルちゃんが、笑顔で私の目の前に来る。
「ええ、すごく可愛い」
笑ってそう答えると、不親切チュートリアルちゃんはその小さなトカゲをそっと撫でた。
「ならばお前に頼もう。火のお方に尽くせ」
またあの別人のような声でそう言うと、もう一度トカゲを撫でた。
「はい。よろしくお願いします。ご主人様」
可愛らしい声でトカゲがそう言ったので、驚いて手の上のトカゲを見つめた。
「その子は、貴女と共にいて様々な知識をくれるわ。仲良くね」
「へえ、そうなのね。じゃあよろしく」
「お供する事をお許し頂けてとても嬉しいです。ご主人様」
「ええ、ご主人様なんて柄じゃないし。ミサキって呼んでくれる?」
「では、ミサキ様」
やっぱり様付け。でもまあこれは仕方がないか。
「まあ良いわ。あなたの名前は?」
「我らは個別の名を持ちません」
私を見上げた赤いトカゲは困ったようにそう言って首を振る。
「あらそうなの。でも、名無しじゃ不便ね。ええと……あ、じゃあ茜って呼ぶね。綺麗な茜色だもの」
以前、通販で日本の色名のついた色鉛筆セットってのを買ったのよ。その時に、本当に日本にはいろんな色の呼び方があると知って感動した覚えがある。
茜色は、もとはアカネって染料からの名前で、夕焼けの真っ赤な色。
笑って茜を撫でてやると、いきなり茜は大きくなった。最初に見た、あの2メートルクラスの大トカゲになった。でも軽さは変わらない。
「ええ、何それ! 小さい方が可愛いのに!」
思わず叫ぶと、その瞬間にまたあの小さなトカゲに戻った。
「では普段はこの姿でいますね。嬉しいです。火のお方から直々に名前を賜われるなんて」
顔を上げた茜は、嬉しそうにそんな事を言う。
「ええと、名前がそんなに重要なの?」
何か知らないうちに、やってはいけない事をしたのだろうか?
心配になって不親切チュートリアルちゃんを振り返ると、笑って手を叩いている。
「お見事。これでその子は最高ランクのサラマンダーになったわ。きっと役に立つからね。じゃあアカネの入る場所がいるわね」
嬉しそうにそう言うと、いきなり長くて大きな杖を取り出して来た。
「はい、じゃあこれを使ってちょうだい」
渡されたそれは、木製で薄い茶色の滑らかな表面をしていて、杖の上部は細かな枝が複雑に絡み合ったようになってちょっと膨らんでいる。
天然でこの形の木を探したのなら相当大変だったはずだけど、いかにも魔法使いが持つ杖っぽくて何だか良い感じだ。
「じゃあ、これを入れておくね」
そう言って、真っ赤な握り拳くらいある大きな石を取り出して、その上部にある絡まった枝の隙間に押し込んだ。すると、その真っ赤な石は枝の隙間に入り込んで収まってしまった。
改めて見てみると、見えている部分は直径3センチくらい。吸い込まれそうな真っ赤な石だ。
「へえ、綺麗な石ね。これも魔晶石なの?」
どちらかと言うと、宝石みたいに見える。カットはしていない丸い形だけど、とても綺麗だ。
「それは紅玉。貴女の石よ」
「紅玉ってルビーよね。それが私の石なの?」
「そうよ。ルビーは嫌い?」
「大好きよ。ルビーが嫌いな女性はいないと思うわ」
笑ってそのルビーを見てみる。
すると、腕に止まっていた茜が、するりと石の中に入ってしまったのだ。
「あれ? 今何をしたの?」
目を瞬く私に、不親切チュートリアルちゃんは笑顔で答えた。
「何って、この杖が茜の住処になるのよ。あ、杖は貴女のものだから、うっかり無くしたりしないから安心してね」
「ええ、どういう事?」
「つまり、要らない時は収納されるって事よ。だってドラゴンの姿になったら杖なんて要らないでしょう? 逆に言えば、貴女から離れると勝手に収納されるって事。分かった?」
成る程。要は私の固定アイテムとして登録されているから、手から離れると勝手に収納されて戻るって事ね。多分、この考え方で間違ってないのだと思う。
うん、何となくだけど、ここがRPGの世界だと思えば分かりやすそうな気がして来た。
「あれ? 確かさっき、生きているものは収納出来ないって言わなかったっけ?」
杖を見ながら、気付いた疑問を口にする。
「サラマンダーは、精霊だから大丈夫よ。この場合の生き物っていうのは、血肉を備えた物質界の住人の事」
相変わらずの、不親切チュートリアルちゃん。
まあ良いわ。また何かあればその時に聞けば良いわ。
諦めのため息を吐いて、もう一度魔晶石を作ってみる為に私はドラゴンの姿に戻った。




