街への帰宅と入院手続き
「じゃあ淡雪、メンフィスの街までナータちゃんを乗せてあげてね」
食事をしている間、おとなしく座って待っていてくれた淡雪をそっと撫でてやり、立ち上がった私は手早く道具を片付けて収納した。
「それじゃあナータちゃんは淡雪に乗ってね」
そう言って振り返った時、思わず声をあげそうになったわ。
だって、食事を終えて座っていたナータちゃんが横向きに倒れていたんだもの。
「ちょっと、大丈夫! やっぱりどこか痛いの?」
それとも、絶食明けにいきなりハンバーガーはやはりキツかったのだろうか?
大慌てで駆け寄り、うずくまるナータちゃんの横にしゃがんで両手で小柄な体を抱き抱えるようにして起き上がらせてやる。
だけど全くの無反応。
「ねえ返事してよ」
もしかして喉でも詰まらせたのかと本気で心配になり、片手で顔を上げさせる。
「スースー」
そうとしか言えない、なんとも気持ち良さそうな寝息が聞こえて、思わず吹き出しそうになって横を向いたわ。
「あはは、そっか。お腹がいっぱいになって安心したら眠くなっちゃったわけね」
堪えきれなくなって笑いながらここぞとばかりにふわふわな耳を撫でてやり、小さな体をなんとか抱き抱えて立ち上がる。
「ええと、意識が無いのに一人で乗せるわけにはいかないわねえ。だけど、この子を抱えてると私が乗れないし」
淡雪の背中に乗ったら、両手で毛を掴んでいないと私が落っこちてしまう。
意識のないナータちゃんを抱えて途方に暮れていると、暗黒丸が出てきて私の目の前に跳ね飛んで来た。
「ミサキ様、私が縄を使ってその子をミサキ様の背に乗せて差し上げます。そのままミサキ様は淡雪に乗ってくだされば大丈夫かと」
なるほど、さっきあの人狩り達を縛った黒いロープで抱っこ紐を作ってくれるわけね。
「良いわね、確かにそれが最善策っぽいわ。じゃあお願い出来るかしら」
「では、ここに彼女を仰向けにして置いてください。そしてミサキ様はここにお座りください」
言われた場所に彼女を仰向けに寝かせて、その前に私が後ろ向きに座る。
「失礼します」
ふわりと浮き上がった暗黒丸が私の周りを何度かクルクルと飛び回っている。
「では引き上げますね」
そう言って、背中に不意に彼女が覆い被さるのが分かって少し前屈みになる。
そのまま私の体に回されていた紐が一気に締まり、彼女をおんぶした状態になって上手く収まった。
「いかがでしょうか。苦しかったり痛かったりしませんか?」
目の前に飛んできた暗黒丸の言葉に頷き、そのまま立ち上がってみる。
「良いかんじ。しっかり確保出来てるから安定しててどこも痛くないわ」
そう言って後ろを向くと、私の背中に覆い被さるナータちゃんのふわふわな耳が見えて思わずそっと撫でちゃったわ。
「よし、これなら淡雪に乗れそうね。じゃあメンフィスの街までお願い」
乗りやすいように伏せてくれた淡雪の背に乗り、そのままとにかくメンフィスの街まで戻る事にしたのだった。
「ううん、かなり遠くまで来ていたのね」
すっかり日が暮れて真っ暗な森の中を、白磁が照らしてくれる明かりを頼りに走る淡雪の背の上で小さくそう呟いて周りを見渡す。
もうかなりの時間を走ったと思ったけど、まだ街の城壁は見えてこない。
背中のナータちゃんは、死んでるんじゃないかと本気で心配になるくらいに全く身じろぎひとつしない。
「本当に大丈夫よね。実は死んでましたなんて言われたら洒落にならないんだけど」
小さく呟くと、その声が聞こえたのか茜が現れて淡雪の頭の上にちょこんと座った。
「ご安心を、よくお休みですよ。恐らくですが、囚われている間は緊張感からほとんど眠れてもいなかったのでしょう、おいたわしい事です」
「まあ、安心して眠ってるのなら良いわ。一応信用されてるって事だもんね」
笑ってそう言い、ようやく遥か前方に見えて来た見覚えのある街道の街路樹に気づいて、密かに安堵のため息を吐いたのだった。
「ううん、まずはやっぱり冒険者ギルドよね」
獣人の子供を背中に背負った私の姿を見て、何人かの街の人は驚いてる風だし、ここからなら冒険者ギルドの方が商人ギルドよりも近いので、私はとにかく冒険者ギルドへまずは駆け込む事にしたわ。
「おお、なんだ。こんな時間に戻って来たのか……おい、その背中の子はどうした?」
ちょうどギルドマスターのガボットさんがいて、ナータちゃんを背負った私を見て慌てたように駆け寄って来てくれた。
「ああ、ガボットさん。ちょうどよかった。あの後別の場所で採取をしていて見つけたんです。どうやらあの人狩り達から逃げた子だったらしくて、ちょっと怪我もしてるんです。疲れて眠ってしまったみたいなんで背負って連れて帰ってきました。あの、どうしたらいいですか」
無言で私の背中で熟睡しているナータちゃんを見て、それから私を見る。
「おう、事情は分かったよ。怪我をしてるのならひとまずこのまま施療院へ連れて行け。おおい、誰か案内してやってくれ。で、俺の名前で手続きしてくれ」
「了解しました。ではこちらへどうぞ」
奥から小柄な男性スタッフさんが出て来てそう言ってくれたので、ガボットさんに一礼してからその人の後についてギルドの建物を出て行ったわ。
冒険者ギルドからすぐ近くのところにあった白い石造りの建物がどうやらその施療院だったらしく、案内されて中に入る。
「ううん、ここはそのまんま病院って感じね。広い受付があって奥に廊下が続いてる」
時間が遅い事もあって受付は一箇所に明かりが灯っているだけで、誰も座っていない。
「おおい、すまんが緊急だ!」
受付に置かれていたハンドベルみたいなのを持って、いきなりそのスタッフさんはベルを力一杯振った。
カランカラン!
賑やかなベルの音が響き渡り、数秒後に数人の白衣を着た人達が駆け出して来た。
「ご苦労様です! 怪我人は何名ですか!」
先頭の人がギルドのスタッフさんに大声でそう尋ねてるし、あとから来た二人の手には担架らしきものまであって、その手際の良さにちょっと笑っちゃったわ。
「怪我人一名です。獣人の子供。名前は……分かりますか?」
最後は詰まって、困ったように私を振り返る。
「ええと、名前はナータ、確かハイディ村ってところに住んでるって聞きました。商人ギルドのギルドカードを持ってましたよ」
ここで人狩りの話をするのはまずいかと思い、まず彼女の情報を伝える。
「了解しました。では彼女をここへ降ろしてください」
頷いてしゃがむと、暗黒丸が出てきて一瞬で縛っていたロープを解いてくれた。
スタッフさん達が、揃って息を飲む音が聞こえる。
「すっげえ。あれって黒玉の縄だよな」
「あんなに簡単に外れるって事は……」
「うわあ、魔獣使いで精霊魔法使い?」
「凄い。めちゃくちゃ有能じゃん」
なんだか軽いノリの呟きに思わず小さく吹き出す。
「そんなに褒めても何も出ないわよ」
「し、失礼いたしました!」
笑ってそう言ってやると、全員揃って慌てたようにそう言って一礼して、熟睡しているナータちゃんを担架に乗せてそそくさと奥へ運んで行ってしまった。
「ギルマスの名前で手続きして下さいとの事です。彼女はとある事件の被害者で、有力な証人になる人物です。念の為、警備をお願いします」
「了解しました!」
残っていたスタッフさんがそう言い真剣な様子で受付で書類を書き始めるのを、私は少し離れたところで黙って見つめていたのだった。




