街の外へ出てみよう!
「うわあ、すっごい。今初めて知ったけど、メンフィスの街っていわゆる城塞都市だったのね」
家がある街の大通りから角を曲がり外へ通じる道を歩きながら、見上げるほどに高い石造りの城壁に囲まれた街の様子に、実はちょっと観光気分でキョロキョロしていた。
よし、今度時間のある時に是非とも街の中を散策してみよう。
茜の説明によると、街の出入りに特に身分証が必要って訳では無いらしいんだけど、日が暮れると大きな城門は閉じてしまうらしい。なのでそのあとは別に設けられた小さな扉からの出入りのみとなり、各種ギルドカードなどの身分証が無いと街へは入れないらしい。
なるほど。出かけたら日が暮れるまでに出来れば街へ帰って来いって事ね。
逆に、湖のある側は巨大な港が広がっていて、こちらは深夜でも煌々と灯りが灯されて大小の船が休む事無く行き来しているんだって。へえ、今度そっちも見に行ってみよう。
そして、今は全開になっている大きな城門を出たところで私は思わず立ち止まった。
街の外に広がっていたのは、予想以上の綺麗な草原地帯と、細く続く街道沿いに植えられた大きな街路樹、それから遠くに見える巨大な森。ひたすらに延々と緑の世界が広がっていたのだった。
「へえ、なかなか綺麗な景色ね。人が多いから街の外ももっと発展してるのかと思ったけど、もしかして人は街に集中して住んでいるみたいね。街の外に全く家が無いわ」
私の感覚では、街の外といってもある程度は家は点在しているし、山の中でもそれなりに集落があったりしたんだけど、ここでは人が住んでいるのは城壁に囲まれた街の中だけみたいで、郊外には家らしきものが一軒も見当たらなかった。
「ミサキ様、それは当然です。郊外には危険な魔獣や野生動物がいますからね。人は集団になればそれなりに強いですが、個々の力は魔獣や野生動物には遠く及びません。ミサキ様のように高位の精霊魔法の使い手か、強い従魔を多く連れていたりするのでない限りは、無理をせずに街に住んで、必要な時には郊外へ出て仕事をする方を選びますね」
「へえ、そうなんだ。ダンジョンだけじゃなくて郊外でもそれなりに魔獣なんかが出るわけね」
「特に強い魔獣は水に近い場所を好みますから、湖周辺は十分な注意が必要です」
「ダンジョン内で出るのは、魔力を核にしたモンスターですから、地上の生き物である魔獣とは全く違いますよ」
当然のように次々に教えられる内容に、思わず歩く足が止まる。
「へ、へえ……やっぱりダンジョンにはモンスターが出るんだ。うん、私は行かないけどね」
苦笑いしてそう呟いた私は、また街道をテクテクと歩きながらふと思いついて足を止める。
「あれ? ヘルムデンの街は城壁なんて無かったし、街の郊外には農場や畑がたくさんあったはずだけど、大丈夫なの?」
「個人の家の周囲には塀がございましたでしょう? ああして囲っておけば、ほとんどの野生動物や魔獣は、そこに人がいるのだと分かるので敢えて近寄って来ません。郊外の農場や畑では、定期的に魔獣除けの香玉を焚きますので襲撃を受ける事はほぼありませんね。野生動物に関しては、柵や罠などを使って対処しています。ですがまあ、ある程度は仕方がないと思っている部分もあるようですね」
茜の答えに小さく笑う。
「成る程ね。へえ、色々あるのね。じゃあ今度、ヘルムデンの街へ行ったら、外の様子を意識して見ておくわ」
手を伸ばして淡雪の頭の上に収まっている茜を撫でながら、私は小さくため息を吐いた。
「車もバイクも、自転車さえも無い世界。だけど私は馬なんて乗った事も無いから、いきなり馬に乗って郊外へ出るなんてのも無茶な話よね。となると移動手段は徒歩のみ、か。これは出かけるだけでも大仕事だわ。下手をすると目的地に着く前に日が暮れそう。ううん、どうしよう。キャンプの用意なんて無いのになあ」
すると、私の呟きを聞いた茜が小さく笑って私の腕を突いた。
「またお忘れですね。ミサキ様はどこにいても火口には一瞬で戻れます。ご希望なら翌日元いた場所に戻る事も出来ますから、キャンプの心配はしなくて良いですよ」
笑った茜の言葉に、思わず手を叩いた。
「へえ、それはありがたいわね。じゃあまあ、今日のところは頑張って行ける所まで行きましょうか。明日筋肉痛にならないように祈っててちょうだい」
運動なんて通勤で一駅余分に歩いたりする程度で、それほど日常的に頑張って運動していたわけじゃない。なので当然私の身体は運動不足気味……。
しかも歩くって言ったって、基本的に舗装された道路しか歩いた事の無い私に、いきなり土の道と郊外の道無き道を一日中歩いて移動するって……ううん、いきなり郊外採集はちょっと無謀だったかも。
内心で、思いつきで出掛けたことを早くも後悔していると、小さく笑った淡雪が私を振り返った。
「ミサキ様、それなら私に乗って行けば良いですよ。ミサキ様程度なら乗せても全く問題ありませんから」
ドヤ顔の淡雪がそう言うのと、飛び出してきた土猫の琥珀が淡雪と同じくらいの大きさになるのはほぼ同時だった。
「「私の背にどうぞ!」」
得意気な声が重なり、思わず私は吹き出しちゃったわ。
「あはは、ありがとうね。ええとどっちに乗せて貰えば良いのかしら?」
何となく淡雪の方が乗り心地は良さそうだけど、琥珀のフカフカの毛並みはちょっと埋もれてみたい気がする。
「残念。それなら淡雪の方が適任でしょうね」
しかし私が選ぶより先に琥珀はそう言って、また一気に小さくなって元の大きさに戻ってしまった。
「あらら、残念。じゃあ淡雪に乗せてもらっても大丈夫かしら?」
恐る恐る淡雪にそう尋ねると、ワンと犬みたいに鳴いたあとその場に伏せてくれた。
「では、失礼します」
背中に跨り、首輪がわりのリボンを左手で掴む。
「大丈夫? 苦しくない?」
「大丈夫ですから、もっとしっかり掴んでてください」
そう言われて、杖を一旦しまってリボンをしっかりと両手で掴んだ。
「では参りますね」
また一声吠えた淡雪が一気に走り出す。
「うわあ、早い早い!」
そのまま街道から外れて、草原を一気に駆け抜けていく爽快感!
「淡雪! あなた、最高だわ!」
まるで風になったみたいな気分で、思わず声を上げて笑った私だった。
そのままかなりの距離を走り、人の気配の全く無い深い森に到着するまで、淡雪の足が止まることは無かった。
ありがとう淡雪。でも明日は足じゃなくて腕が筋肉痛になりそうだわ。




