スケッチブックと初めての外出
「ええと、お邪魔しま〜す」
到着した部屋は、私の家と同じように何も無い真っ暗な部屋。
「ミサキ様、こっちですよ」
先を行く白磁が小さく瞬いて光をくれたので、大人しくその後をついていく。
廊下に出て白磁に案内されるままに無言で歩く。
「こちらから一旦外に出てください」
突き当たりに大きな扉があったので言われるままに扉を開くと、もうそこはラディウスさんのお店の本社がある華やかなヴィシュカの街だった。
「ええと、ラディウスさんは何処にいるの? 何の連絡も無しに来ちゃったけど良かったのかしら?」
考えてみたら、彼女は複数の店舗を持つ事業家でデザイナー。アポ無しだと会ってもらえなかったりしないかしら。
「ミサキ様、ご自分が誰かお忘れのようですね」
瞬いた白磁に呆れたようにそう言われて思わず笑っちゃったわ。
「あはは確かにそうね。じゃあ遠慮なく会いに行っても問題無いわね」
白磁をそっと撫でてそう言い、家の隣にある大きな店舗を見る。
「とりあえず、彼女がどこにいるか店で聞いてみればいいわね」
小さく笑ってそう呟き、早くも開いている店を見てそのまま中に入って行った。
「いらっしゃいませ!」
元気なスタッフさんの声が聞こえて軽く一礼した時、カウンターの中にラディウスさんの姿を見つけて笑顔で手を振った。
「ラディウスさんみっけ。あのね、スケッチブックを持ってきたんだけどちょっと見てもらえるかしら」
駆け寄って小声でそう話かけたんだけど、周りにいたスタッフさん全員がものすごい勢いで振り返った。
「今度はどんなデザインですか!」
この前私に最初にスケッチブックを渡してくれた、確かレティって呼ばれてた女性が目をキラッキラに輝かせてカウンターから身を乗り出してくる。
「待って待って。今日持ってきたのはデザイン帳じゃないから!」
ものすごい食いつきっぷりに若干ドン引きしつつ慌てて顔の前でそう言いながら手を振ると、逆にラディウスさんにものすごい勢いで腕を掴まれた。
「落書きって事は、ねえ! もしかして……もう全部読んだの?」
真顔で聞かれて、苦笑いしつつ頷く。
「私、これでも文字を読むのは早い方なのよね。二回熟読して、もう最高だったから滾る思いのままに好きなだけ描かせてもらったわ」
にっこり笑って、あのひたすら思いのままに描き殴ったスケッチブックを取り出した。
「見せて見せて!」
少女みたいに目を輝かせる彼女を見て笑いながら、そうそう、やっぱり人生に萌えは必要よね。と心の中で呟きつつスケッチブックを渡す。
「今日は、このままちょっと郊外へ出てみようと思ってるの。このスケッチブックは預けておくからよかったら他の皆さんにも見てもらって。次に来た時に意見を聞かせてもらえるかしら。イメージが違うようなら、その辺りの意見も聞くからね」
だって、これはあくまでも私のイメージで描いたものだから、人によっては全く違うイメージを持ってる人だっているだろう。小説の良いところは、読者の数だけそのキャラクター達の顔があって世界がある事。もちろん元の世界観から大きく逸脱するのはまあ……なんだけど、二次創作を楽しむ権利は誰にでもあるものね。できれば仲良く創作を楽しみたいわ。
自分の地雷を自己主張しあって投げ合うなんていう、不毛な戦いだけはやりたくない。
少し前に、SNSで巻き込まれて酷い目にあった自分の地雷自己主張ちゃんを思い出してちょっと遠い目になったわ。
「どうしたの?」
急に黙った私を心配したのか、ラディウスさんがスケッチブックを抱えたまま私を覗き込んでくる。
「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ。さて、それじゃあもう行くわね」
「今日は郊外へ出るからその服装なのね。よく似合ってるわよ」
ここで買ったばかりの服で全身を固めている私を見て、ラディウスさんが嬉しそうに笑う。
「ええ、どれもすっごく気に入ってるから、何を着ていこうか考えるのも楽しいわ。それじゃあ」
「気をつけてね!」
「ええ、それじゃあ」
笑顔で手を振ってくれるスタッフさん達にも手を振り返し、そのまま店を後にしたわ。
出て行った直後に、店から奇声が聞こえた気がしたんだけど……気のせいよね?
「さてと、それじゃあ一旦戻りましょうか」
小さく笑ってそう呟き、ラディウスさんの家からメンフィスの家へ戻った私は、そのまま淡雪を連れて郊外へ出てみる事にした。
「あ、その前に火口へ戻って氷を持って来よう。郊外で冷たい飲み物とかあったら嬉しいわよね」
自分の思いつきに手を打ち、急いで火口の部屋に戻ってマーカスが作ってくれた氷室から氷の塊をいくつか取り出して収納しておいた。
それからもう一度メンフィスの家へ戻ってから改めて家を出て行った。
途中の屋台で、クレープ屋さんみたいなのを見つけたので、そこで野菜がたっぷり入ったサラダ巻きってのを作ってもらい、それを食べてから出発した。
だって、よく考えたら朝市では買い物ばっかりしていて、朝食を食べていなかった事に今更ながら気が付いたんだもん。
「あまりお腹が空かないのって、やっぱりドラゴンだから? 魔力が満ちているとお腹が空かないとかってあるのかしら?」
食べ終えて口元を拭いながら首を傾げつつ、茜の案内で街の外へ出て行った。
さて、初の郊外採集は、一体どうなるんでしょうね?




