お風呂と居酒屋
準備をしている間に広い湯船はお湯で満たされていて、洗面器がわりに使えそうな木製の桶みたいなのがあったので、それを使って掛かり湯をしてから湯船に入った。
「ううん、ちょっと浅いけど、こうやって手足を伸ばして横になればゆっくり浸かれるわね。寝湯っぽくてこれも良いかも」
そのまま座ると案外深さが無くて腰湯状態だったので、湯船のヘリに頭を乗せてちょっと体を倒して横になるといい感じに肩まで浸かる事が出来た。
「はあ、良いお湯。最高……こんな広いお風呂に手足を伸ばして入れるなんて思わなかったわ。ナディアさんに感謝しないとね……」
もうもうと湯気のたつ天井を見上げながらぼんやりとそう呟く。
「ああ、駄目だわ。一瞬意識が飛びそうになった。ここで寝るのは幾ら何でも危ないって」
あまりの気持ち良さにちょっと本気で意識が飛びかけたので、起き上がってもう上がる事にした。
「明日にでも、石鹸やシャンプーなんかがないか探してみようっと。あ、誰かに聞いてみても良いかもね」
あの、情熱を叩きつけた私の萌えスケッチを見せるついでに、その辺の生活環境についても教えてもおらう。
そんな事を考えながら、ラディウスさんの店で買った大判の布で体を拭いていく。
「ミサキ様、よければ風を送ります」
その時、風呼び鳥の浅葱が出てきて私に向かって風を送ってくれた。
ものすごく気持ちの良いちょっとひんやりした風。
汗ばんでいた体があっという間に乾いてスッキリ! しかも、濡れていた髪までサラッサラになったわ。何これ素晴らしい。
「ありがとうね。おかげでスッキリしたわ」
手を伸ばして棚に留まった浅葱を撫でてやり、手早く下着を身につけてからさっき買ったばかりの服を幾つか取り出してみる。
「ううん、どれにしようかしらね」
アウトドア系は今はいらないわね。って事で普段着用のちょっとしっかり目の生地の襟の詰まったライトグリーンのワンピースと、柔らかな生地のレギンスを選んだ。
ラディウスさん曰く、街中でも外でも生足は基本NGだから、スカートの時にはレギンスやカボチャパンツと靴下を履くように言われたのよね。
さすがにこの年齢でかぼちゃパンツはちょっとどうかと思うので、緩めのレギンスはいろんな色をガッツリ購入したわよ。
靴は、定番っぽい薄茶色のブーツを選んでみた。
ワンピースの中に着るシャツは、シンプルな薄いベージュ。
「肌触りも良いし色も綺麗。これって確か、未晒しの生成りって言うんだっけ」
ナチュラル天然素材系の店でたまに見かけた色で、真っ白よりも優しくて肌に馴染む気がする。
「まあ科学染料なんてこの世界にはないだろうから、やっぱり草木染めとかなんだろうね」
ラディウスさんの店で買った服は、どれも優しい色合いでかなり好み。
身支度を整えた私は、早速夕食を食べられそうなお店を求めて夜の街へ出て行ってみる事にした。
もちろん、淡雪と眷属達の護衛付きでね。
「ミサキ様、お一人で外へ出られるのなら杖を出してお持ちになる事をお勧めします」
淡雪にそう言われて、素直に自分の杖を取り出して右手で持ってみる。
「これで良いわね」
私の言葉に淡雪だけでなく出て来た他の眷属達も揃ってうんうんと頷いていたわ。
ここって、そんなに治安が悪いのかしらねえ?
「とは言え、飲食店に淡雪を連れて入れるのかしら? この世界の従魔の扱いがよく分からないけど、最悪店に入れないなら何か買って帰って家で食べてもいいかもね」
家を出たところでそう呟きながら淡雪を手を伸ばして撫でてやると、茜がスルスルと移動して淡雪の頭の上に座った。
「ミサキ様、基本首輪をしている従魔はお店に入れますよ。一部の高級店などでは、厩舎に入れるように言われる所も有りますが、居酒屋などでは従魔を連れて入っても誰も文句は言いませんね」
「あらそうなのね。良かった。じゃあ何処にしようかなあ」
ゆっくりと淡雪と並んで歩きながら、いくつか明かりのついた店を覗いて回る。
居酒屋は好きだけど、あんまり柄の悪そうな店はいやだもんね。
少し考えて、大通りに面した大きな居酒屋っぽい店に入ってみた。
広めの店内には、天井からぶら下がったいくつものランタンが明るい光を放っている。
入った正面と右側の壁面は全部カウンター席。一人から二人で座ってる人が多い。ホールの真ん中には横長の大きな机が手前から奥に向かって二列になって並んでいて、その左右にずらっと椅子が並んでいる。
数人ずつが固まって座っているみたいだけど、基本的に相席が普通みたい。冒険者っぽい人達が多くて、皆チラッと私を見るけど、淡雪と私が持ってる杖に気付いて目を逸らしたり知らんふりをしてる。よしよし、これなら一人でゆっくり食事が出来そう。お酒もあるみたいだから、できれば少しくらいは飲みたい。
少し考えて、カウンター席の端の方に座ってみた。
「いらっしゃい、初めてみる顔だね」
カウンターの中から声をかけてくれたのは人間で、なかなかにイケメンの渋いおじさま。ううん、これは高ポイントゲットよ。
「ええ、ここに入るのは初めてね。従魔がいるけど構わないかしら?」
足元に良い子座りしている淡雪を指差すと、おじさまはカウンターから身を乗りだすみたいにして淡雪の姿を確認した。
「こりゃあ驚いた、あれは銀狼だな。杖を持ってるって事は精霊魔法使いなんだろう? それでテイマーとは恐れ入ったね。なるほど、ソロなわけだ」
勝手に納得してくれたおじさまは、笑顔でメニューらしき木の板を渡してくれた。
岩キノコの網焼きチーズかけ、大角羊の骨つき肉、むらさき菜と赤猪の甘辛炒め、壺入りビーフシチュー、燻製肉盛り合わせ、等々。メニュー自体は読めるしなんとなく料理の予想も付くけれ、どれが良いのか判らない。
「ううん、これはどうするべきかなあ。個人的には壺入りシチューか、大角羊の骨つき肉かと思うんだけど、この岩キノコの網焼きチーズかけってのにも惹かれる」
小さく呟いて少し考えて顔を上げる。
「お腹が空いてるんだけど、お勧めはどれ?」
こういう店で注文に困った時にはこう聞くのが一番。
「それなら、うちの一番人気の壺入りビーフシチューをぜひ食べておくれ。お酒がいけるんなら、それに合わせるなら赤ワインか林檎酒がお勧めだね」
「聞いただけで美味しそう。じゃあその壺入りビーフシチューと赤ワインをお願い」
「了解。じゃあ待ってる間にこれをどうぞ」
そう言って、小皿と赤ワインを出してくれた。
小皿に乗っているのは、カットした小さなチーズ。これは突き出しか、あるいはワインに付いてくるお摘みっぽい。
チーズに突き刺さっていた小さな楊枝を摘んで、一つ口に入れる。
赤ワインは、案外軽めでこれなら何杯でもいけそう。
ご機嫌でワインを半分くらい飲んだところで、起き上がって大きな欠伸をしてから私の膝に甘えるみたいに頭を擦り付ける淡雪を撫でてやった。
これは、少し離れたところで先ほどから私の事を小声で話してこっちを伺ってる冒険者達への威嚇みたいなものね。
淡雪の牙を見て怖気付いたらしく、顔を見合わせて首を振って黙ってお酒を飲み始めた。
それをこっそり横目に見た私は小さく笑って、素知らぬ顔でチーズを摘んで口に入れた。
はあ、一人でのんびり飲んで食事が出来るって最高だわ。




