ヘルムデンの街と薬師ギルド
「さてと、それじゃあもうこのままヘルムデンの街へも行ってついでに向こうの登録も済ませといで、それで手続きが全部終わったらモルティも呼んで一緒に食事にしよう」
「手続きって?」
デボラさんの声に振り返ると、巻物の形を指でなぞりながら笑っている。
「ヘルムデンの家の権利書の譲渡手続きもしておかないとね。向こうの権利書と鍵ももらっているだろう?」
その言葉に納得してもう一通の羊皮紙を取り出す、
「そっか。さっき手続きしたのはメンフィスの街にある店舗兼住宅の分だけだったものね」
「後はその手続きを終えて、ヘルムデンのギルドにも顔繋ぎだけはしておきな。そうすればまあ、あとは落ち着いてからゆっくりやればいいさね」
「そうね、じゃあ一旦ミサキの家へ戻って火口の家、そこからヘルムデンね。ああ、これで全部の道が繋がったわね」
ラディウスさんの嬉しそうな言葉にデボラさんも笑顔で頷いている。
「そうね、じゃあまた立ち会いをお願いできるかしら」
「もちろん。マーカスが帰っちゃったから今度は私がご一緒するわね」
ラディウスさんが笑顔でそう言い、また彼女の家から私の火山の火口の部屋を経由してヘルムデンの家の扉の鍵を使って改めて扉を開く。
「おお、さっきと違う部屋に繋がったわ」
白磁が照らしてくれる部屋はさっきと同じく家具が何もない真っ暗な部屋で、そのまま別の扉を開けて廊下に出て一旦外へ出る。
「うわあ、レトロでおしゃれな家」
庭へ出て改めて振り返ると、先程のメンフィスの街にあった店舗兼住宅は、街の大通りに面した四角い石造りの頑丈な建物だったのに対し、このヘルムデンの街の家はいわゆるイギリスのコッツウォルズ地方の建物みたいな、なんとも言えない優しい色合いの大きな戸建てだった。
石積みの柵と植木に囲まれた広い庭は、今は荒れ放題になっているけれど、どうやら薬草園らしき区画がいくつもあり、ここでなら憧れのガーデニングも楽しめそう。
周りを見渡しても隣家までは相当の距離がある。どうやらここは街の郊外みたいね。
のどかな田園風景がはるか先まで広がるその景色は、初めて見るはずなのに何故か不思議な懐かしさを感じさせてくれた。
「良い所ね」
「気に入ったかい?」
デボラさんの嬉しそうな声に、私は景色を見たまま何度も頷いていたのだった。
二人に案内してもらい、かなりの距離を歩いて街の中心地らしき場所へ行く。
田舎なめてたわ。ちょっとそこまでの距離がはるかに遠い……なんて当たり前なのね。
「ううん、ここが街の中心地だって言われても、メンフィスとは全然違うわね。人がいない」
辺りを見回した私の素直な感想に、デボラさんとラディウスさんが大笑いしている。
だって、広い道路には昼間にもかかわらず人っ子一人いやしない。
「今の時間なら、皆郊外の畑や牧場で働いてるだろうからねえ。ここも夜になればそれなりに賑やかだよ」
「ああ、なるほど。人がいないのはそういう意味なわけね」
納得する私の背中を叩き、広い道路に面した大きな建物の前へ連れて行ってくれる。
「ここが商人ギルド、それで隣が冒険者ギルド、商人ギルドの反対側にある建物が商人ギルドの支部の一つである薬師ギルド。薬の素材を販売するなら、薬師ギルドにも登録しておくべきだね。ギルドを通じてお客を紹介してくれるよ」
「ギルドの支部?」
聞き慣れない名前に聞き返すと、デボラさんが説明してくれた。
要するに商人ギルドは、何らかの商売をする人全般を総括するいわば代表の親ギルドで、その中に更に業種ごとに支部のギルドがあるらしい。例えば服飾ギルドや、物作りの職人が集まる職人ギルドなんて感じにね。
「そっか、要するにギルドって組合みたいなものだものね。そりゃあ業種ごとに集まるわけだわ」
納得して、まずは商人ギルドの建物に向かう。
ここではラディウスさんがギルドマスターを紹介してくれたんだけど、アッサムさんって言う年配のいかにも好々爺って感じのお爺さんで、私がナディアさんの家を引き継いだ話をすると大歓迎してくれたわ。
そして、ここでも先ほどと同じように家の権利書を出して譲渡手続きをしてもらい、デボラさんとラディウスさんに立会人としてサインをしてもらった。
「ほら、これで登録は完了だよ。薬の素材を販売するのなら、隣にある薬師ギルドにも顔を出して商人ギルドカードを登録しておくといい。腕の良い素材屋は貴重だからなあ。頑張っておくれ」
笑ったアッサムさんにそう言われて、お礼を言って次に薬師ギルドへ向かった。
「おや、珍しい。お揃いでどうなさいましたか?」
こじんまりした建物の一階は、まるで喫茶店みたいに大きなカウンターがあるだけのシンプルな造りになっていた。
カウンターの中にいたロマンスグレイのおしゃれな男性が、入ってきた私達に気付いて声をかけてくれる。
「はあいグレイル、新規の登録者を連れてきたわよ」
ラディウスさんの言葉に、グレイルと呼ばれたその男性が目を見張る。
「その容姿……もしや、ナディアの後継か?」
笑顔で頷くラディウスさんを見て、グレイルさんは満面の笑みで私に右手を差し出して来た。
「初めまして。ようこそ薬師ギルドへ。私がギルドマスターのグレイルです」
「ミサキです。どうぞよろしく」
大きな手は柔らかくて爪の先まで綺麗に手入れされている。
ううん、やっぱりまずはハンドクリームを作ろう。カサカサした自分の手が悲しくなってきたわ。
事情を話して、メンフィスの街で薬の素材屋をする予定だと言ったら大歓迎されてしまい、まだ全然外の世界がどんな風なのかさえ知らない私は、何だか申し訳なくなったのは内緒ね。
「メンフィスの街は、商人ギルド内に薬師ギルドの窓口もありますから御用の際にはそちらに声をかけていただいても構いませんよ。窓口では薬草をはじめとした素材の納品も受け付けていますので、何かありましたらいつでもお声をかけてください」
「まあ待ちなって。彼女もここへ来たばかりでまだ家の片付けも終わっていないんだよ。落ち着いたらまた声をかけるから、そう焦るんじゃないよ」
やや前のめりになって説明してくれるグレイルさんに、苦笑いしたデボラさんがストップをかけてくれる。
そうよね、まだ自分の家の片付けどころか、どこに何があるのかさえも把握してないんだから、まずはそこからよね。
片付けが壊滅的に苦手な私は、あんな広い家を二軒も手に入れてしまって果たして管理出来るのか、若干不安になったのでした。




