商談成立!
「ええと、買い取りと言われても……」
戸惑う私を見て、ラディウスさんは困ったようにスタッフさん達を見る。
「ですよね。これほどのデザインを買い取らせて欲しいなんて、やっぱり無理なお願いですよね」
揃って肩を落とすスタッフさん達を見て逆に私の方が慌てる。
「いや、あの、ちょっと、ちょっとこっちへ来て下さい!」
ラディウスさんの腕を引いてカウンターの隅へ行った私は、彼女の耳元で小さな声で白状した。
「あのね、いま私が描いたのは、どれも私の元の世界にあった漫画っていう創作物なの。私はそういった創作物が大好きで、自分でも真似て絵を描いたり、実際にそれを参考にして服やアクセサリーを作って楽しんでいたのよ。だから、これは人のデザインであって、私が考えたわけじゃあないの。分かる?」
早口で必死に訴える私の言葉を聞いたラディウスさんは、しばしの沈黙のあといきなり笑い出した。
「急に血相変えて訴えるから何かと思ったわ。それなら問題無いわ。この世界では誰も知らない訳でしょう?」
最後は顔を寄せて小さな声でそう言う。
「まあ、そりゃあ確かにそうだけど……」
「後は貴女次第よ。ミサキがこれを自分一人だけのものにしたいって言うのなら、もちろん私はそれを尊重するわ。だけどね、柱の竜の魂がさまざまな世代から集められるのにはこう言う意味もあるのよ。つまり、その人が持っている知識や技術、あるいは考え方などをこの世界にも広めるっていうね」
驚きに目を瞬く私に、ラディウスさんはにっこりと笑ってパチリと片目を閉じてウインクして見せる。
うわあ、美女のウインクの破壊力最強。今ちょっと本気で心臓が跳ねたわ。まさか同性のウインクの威力に撃ち抜かれる日が来ようとは……。
あれ? もしかしてここでまさかの百合的展開ですか? ううん、まあ私は基本雑食系なので、何でもありなんだけど、さすがに自分で体験しようとは……。
いやいや、待て私。何考えてるのよ。
どうしてもすぐにオタク的思考に脱線しそうになるのを無理矢理引き戻して、気分を変えるように大きなため息を吐く。
「つまり、私が持っている知識やデザインをこの世界で売っても問題無い?」
「無い無い。それどころか、これだけの優秀なデザインを使わないなんてそれこそ大いなる損失よ。スケッチブックを大量に預けるから、どうぞ好きなだけ描き散らしてそれを見せてちょうだい。使えそうなデザインがあれば喜んで買わせてもらうわ」
にっこり笑ってそう言われてしまい、こっちが慌てる。
「いやいや、それならスケッチブックくらいは買い取らせてよ。ってか、スケッチブックとつけペンとパステルだけじゃなくて、それ以外の他の画材ってないのかしら? もしあればスケッチブックも含めていろいろ欲しいわ。どこかに画材屋さんとか文房具屋さんとがあれば最高なんだけどね」
さっきもらったパステルを指差しながらそう尋ねる。
「それならハンスの画材屋を紹介するわ。うちのデザイン帳も全部彼の店でお願いしているのよ。スケッチブックの紙質は、もっと良いのもあるわよ」
「是非お願いします!」
異世界の画材屋さん。それはもう私的にはパラダイス空間なんじゃあないかしら? どんな紙や画材があるのか楽しみだわよ!
ああ、いかん。考えただけでよだれが……。
って事で、何度か深呼吸を繰り返して冷静になった私はラディウスさんやスタッフさん達と改めて相談して、先程の蝶の衣装のデザインはそのまま丸ごと進呈する事にした。
ただし、試作が出来たら私にも試着させて欲しい事と、販売する際には優先的に一式買い取る事で話が決まったわ。まあ、私的には充分すぎる成果よね。
「せっかくだから、出来上がったら一式進呈するのに」
恐縮するラディウスさんに、私はにっこり笑って首を振った。
「いいの、楽しみにしてるからそこはちゃんと買い取らせて。その代わり、意見があればバンバン言わせていただくわね」
「もちろんよ、それはこちらからお願いするわ」
上手く話が纏まったので、にっこり笑って握手を交わした私達だった。
って事で、スタッフさんにさっきのスケッチブックはそのまま渡し、大人買いした大量の服の数々を精算してからまとめて収納する。
何でもあのスケッチブックは、一通りのパターン起こしが終われば後日返してくれるんだって。もう返してもらえないと思っていたから感激のあまりちょっと涙が出たわ。ありがとうございます。
それからラディウスさんと、ずっと待っててくれたデボラさんも一緒に、ラディウスさんお勧めのハンスの画材屋さんへ向かった。
途中、通りを歩きながら通行人を見ては喜び、店を覗いては子供のようにはしゃぐ私を見て、二人はもう完全に面白がってずっと笑っていたわ。
まあ、自分でもちょっとどうかと思うくらいに、大喜びではしゃいでる自覚はあるんだけどさあ……だって、創作物の中でしかお目にかかれなかった獣人やエルフやドワーフが、武器を装備したまさにRPGそのままの冒険者の格好や、本物の魔法使いの杖を持って普通に大通りを歩いてるんだもの。ファンタジー大好物の私に、喜ぶなっていう方が無理ってものよね。
すっかり開き直って自分の置かれた状況を楽しみながら歩き、到着したハンスの画材屋さんで、ついに私の理性は崩壊しました。
だって、壁一面に薄くて横長の大きな引き出しがぎっしり並んだその画材屋さんは、本物のパラダイスだったんだもの。
様々な形のペン先や何色ものカラーインクは言うに及ばず、全部で120色の色を取り揃えたパステルに私の目は釘付けになった。しかも、そのパステルには細いタイプと太いタイプがあり、それ以外にも油性パステル、要するにクレヨンまであって、これも120色が揃ってました。
もう大興奮確定案件。当然全色お買い上げ。
追加は単色でも買えるらしいので、落ち着いたらまた来ようと心に誓ったわよ。
壁一面を埋め尽くす平べったい引き出しに入っていた紙は、一枚売りの高級紙。それ以外に糸で閉じたノートタイプとスケッチブックタイプの二種類があった、
スケッチブックとは言っても、見慣れた丸めたワイヤーで綴じたそれではなく、ノートよりもやや廉価版の紙を分厚く重ねたタイプで、紙の側面を一箇所丸ごと糊付けしてまとめたメモ帳タイプ。そう、いわゆる落書き帳みたいな感じになっていた。だから、これは紙が一枚ずつ剥がせるようになっていたわ。
え、ここでも言ったわよ。まとめて全種類くださいってね。どんな高級紙でも、今の私なら好きなだけ買えるもんね。
時折ハンスさんに確認したりしつつ、気が済むまで買いまくった。
精算を済ませて出してもらった大量の紙と画材を全部まとめて収納した私は、ハンスさんにも描いたものを見せる約束を交わした。すごく楽しみにしてくれたので、張り切って描く事にします。
そんなわけで、満面の笑みのハンスさんに見送られて店を後にしたわ。
ああ良い買い物したわね。
落ち着いたら、とにかく記憶にある限り描きまくろうと思っていると、ラディウスさんからも楽しみにしていていると念を押された。
どうやら私の異世界での最初のお仕事は、素材屋じゃなくて服飾デザイナーになったみたいです。
まあ、楽しそうだから問題ないわね。




