衣装デザインは誰のもの?
「ええと、背中側の刺繍の模様ってどうなってたっけ」
小さく呟きながら、記憶の中にある彼女の全身を前から後ろから左右からと、まずは複数枚に分けて描き、月刊誌の表紙にもなってた背筋を伸ばして振り返った作者様お気に入りの構図も描いておく。
それから、野外用のフード付きマント装備バージョンもね。
胸当てと籠手、それから脛当てを取り付けた防具バージョンと、その中に着ている服も個別に詳しく描いておく。
本当なら、豊かな胸が強調されるくらいにかなり下まで開いた開襟シャツなんだけど、そこは若干脳内補正してボタンを留めたバージョンで描いておく。
革製の防具に刻まれた蔓草のような細やかな模様まで案外すらすら描く事が出来て、さらにテンションが上がる。
使い慣れないペン先はちょっと硬いし、この紙だって、いつも使ってた紙に比べたら目が荒くて全然良い紙じゃないけど、好きなものを思った通りに自由に描けるこの幸福感に私はどっぷりと浸かっていた。
ああ、世界が違うけど生きてて良かったわ。でもやっぱり、続きは読みたかった……。
一つ深呼吸をしてからまたページをめくって、今度は小物のデザインを必死に思い出しながら描き始める。
ベルトに付けていた大きめの小物入れや背負っていた革の鞄には、細やかな模様とブロンズの大きめの金具のついたベルトが幾つも付いてたわね。
やや厳つい感じのする底の分厚いブーツと指切り手袋。
彼女の黒髪にいつも幾つも括り付けていた、カラフルな大小のウッドビーズが連なったぶら下がるタイプのアクセサリー。それから、流れ星の形のピアスとペアになった大振りのペンダントも、細かく描いていく。
作者さんこだわりを全部まとめてぎゅっと凝縮したかのような、内容の濃い設定資料集が雑誌の付録に付いていて、そこに、主人公とともに彼女の衣装の資料も詳しく公開されてて、次の年末のイベントでコスプレする予定だった私は、それを必死になって見たのよね。
なので、こうやって描いてみると案外しっかり覚えてる自分に、我ながらちょっと感心したわ。
「ふう、まずはこんなものかしらね」
満足するまで描き上げて手を止めた途端、一斉に拍手が起こって飛び上がったわ。
「ええ、何、何?」
慌てて振り返ると、いきなりラディウスさんに背後からハグされた。その横からもう一人の女性にも力一杯のハグ!
「ギブギブ。苦しいって!」
ラディウスさんの腕を掴んでぺしぺしと叩く。
どうやらこれで意味が通じたらしく、笑って手を緩めてくれたのでなんとか窒息死は免れたわ。ラディウスさん、貴女って細い割には意外に腕力あるのね。
「何じゃないわよ。ミサキ、貴女って一体何者なの?」
「これは素晴らしいです。ラディウスさん、是非私にやらせてください!」
さっきスケッチブックを持ってきてくれたスタッフさんが、私が描いた彼女の絵を見て大興奮している。
「ええ、じゃあレティ。あなたに任せるからいくつか試作して見てくれるかしら。小物はヴィーディーに任せようと思うけど、どう?」
「ああ、彼女なら良いと思います。それなら、この革製の防具はヘルゲンさんに任せましょう、彼ならきっと張り切って作ってくれますよ。あの、これって革製で大丈夫ですよね?」
会話の最後に、いきなり私を振り返ったレティと呼ばれたアジア系の女性が真顔で私に尋ねる。
「はい、革製で良いです。あの、でもあまり重くならないようにお願いします」
革製の防具がどれくらいの重さになるのか知らないけど、郊外へ出かける時に着るのなら、あまり重いものは遠慮したいわよね。
「それは女性用の防具ですから、もちろん配慮します。あの、もう一つ質問ですが。ミサキ様はテイマーで精霊魔法使いなんですよね。この装備を見ると、かなり前線で戦う方が使われる防具に近い気がするんですが……?」
やや遠慮がちなその質問に、私は脳内で大きく頷いた。
私が気に入っているその装備の元のキャラは、もう一人の魔法使いとコンビを組んで冒険者をしている。女性ながら剣の腕も立ち、さらには回復系の魔法まで使う超有能な女性なのよね。だから当然防具もそれなりの防御力があるものなわけで、武器なんて装備していない私が身に付けるには、確かに過剰装備であることは容易に予想出来た。
でも、出来ればこの装備は欲しい。
だって、ハリボテじゃなく実際に使える物を専門家に作ってもらえるなんて、全レイヤーの夢じゃない。この際だからショートソードも買おうかしら。使えるかどうかは置いといて。
「いや、確かに過剰装備だとは思いますが……ほら備えあれば憂なしって言うじゃありませんか。だから一つくらいは、本格的な装備もあった方が良いと思って……」
最後は語尾が小さくなってモゴモゴと誤魔化す。
だって、ついさっきこの店で私が買った郊外用の服でも、アウトドアレベルだから、いわゆるRPGの戦士が着ているような本格的な防具ではない。
ああ、そういえば某ハンティングゲームの蝶みたいな装備なんかも防御力を重視しないなら可愛くて良いかも。
ううん、だけどあれって実際には作れるかしら?
考え始めたら辛抱堪らず、スケッチブックの次のページを開いて、朧げな記憶を頼りに絵を描いていく。だけど、残念ながら最近は忙しくて全然ゲームをする暇が無かったので、さっきの衣装みたいにあまり正確には覚えていない。
「なんとなくシルエットは覚えてるんだけど、細かいところが分からないわねえ」
小さく呟きつつ、何とかシルエットだけでも近くなるようにバランスを考えて描いていく。
ラディウスさんやレティさんだけでなく、デボラさんや他のスタッフさん達までもが集まってきて無言で私の手元を見つめているのに気付かず、私は適当にアレンジしながらバタフライ装備をどうにか描く事が出来た。でも、先程の絵ほどは正確には描けない。これはあくまでイラストレベル。
「ううん、ちょとこれは現実的じゃあないかな。実際にこんな……」
「きゃあ〜〜! ねえちょっと待って。何それ、すっごく可愛い〜!」
両隣から同時に全く同じ言葉を叫ばれて、私は文字通り飛び上がった。
「ちょっと待ってはこっちのセリフよ。心臓バックバックいってるわ。今度は何!」
両手で自分の腕を抱きしめるみたいにして思わず叫ぶ。
「ねえ、見せて見せて! 可愛い〜! まるで妖精みたいだわ」
スケッチブックを覗き込んだラディウスさんが叫ぶ。
自分で描いてから思うのも何だけど、確かに言われてみればビオラっぽいかも。
「さすがにこの通りに作るのは無理っぽ……」
慌てて訂正しようとしたら、レティさんがものすごい勢いで走っていなくなり、店から大きめのマントを持って戻って来た。
「その、蝶の羽模様をもう少し簡略化して、そのままマントの柄として染めて仕舞えば良いのではないでしょうか! 裾周りや襟部分は既存のレース模様でも代用出来そうです!」
「ああ、それは良い考えね。型染めならパターンを決めて仕舞えば量産出来そうね」
手を打ったラディウスさんが、いきなり真顔で振り返った。
「ねえミサキ、お願いだからこの蝶の衣装のデザインを全部買わせて欲しいの。もちろん、試作には貴女も参加して意見をもらいたいんだけど、構わないかしら」
ええ、ちょっと待って。
これってそもそも私のデザインじゃないんだから、私がお金を貰うようなものじゃあないわよね?
あれ、でもここって異世界だから……良いのかしら?
一人大混乱する私を置いて、ラディウスさんとスタッフさん達の間では、すでに誰がパターンを起こすかで争奪戦が始まっていたのでした。
ええと、私、素材屋をする予定だったんだけどねえ……あれ?




