状況説明と私の役割
しばらくの沈黙の後、私はいろんなものを全部まとめた諦めのため息を吐いて、ゆっくりと大きくなった体を起こした。
そうよね。
暴れたところでどうしようもないわ。ちょっと落ち着こう、私。
とにかくパニックになりかけた頭を落ち着かせようと、ゆっくりと意識して深呼吸をする。
ドラゴンの大きな胸が膨らみ大量の息を吸うのが分かった。でもって大きく吐き出すと、舞い飛んでいた埃が一気に吹き飛ばされて無くなる。
うん、ちょっとこれは楽しいかも。
しかし、興奮して暴れたせいか何だか少しくらくらする。目眩というよりも、水の上の船に乗ってるみたいな足元が安定しない感じ。
「やっぱりまだ長時間は起きてるのは無理みたいだね。うん、もうちょっと休んでて。ほら、いいから寝ててください」
妖精さんが、またしても私の鼻先を押さえてそんな事を言う。
「ええ、まだまだ聞きたい事があるのに」
ムッとしながらそう言ったが、不意に襲って来た眠気に抗えずに座り込んだ。
「大丈夫だからもう少し眠ってて。次に目を覚ます頃には、全部上手く定着してるからね。おやすみなさい」
「また定着って言った……何が、どう定……着……するって……」
もうちょっと詳しい話を聞きたかったんだけど、あの優しい声で、おやすみなさいって言われて目を閉じたらもう終わりだった。
そのまま吸い込まれるみたいな眠気に襲われ、またしても、プッツリとそこで私の記憶は途切れてしまった。
そしてまたしても唐突の目覚め。おはようございます。
気分良く目を覚ましたけど、やっぱり目の前に広がるのは、寝る前に見たのと同じ現実感の無い岩だらけの火口の風景だった。
ええと、目が覚めたらいつものベッドでした。あら変な夢だったわね。ってのを期待してたんだけど、やっぱりこっちが現実っぽい。
どうやら、私は本当にドラゴンになってしまったみたいだ。
試しに大きな身体を起こしてみると、簡単に起き上がることが出来た。
別にどこも痛くも痒くもないし目眩も無い。
大丈夫なのを確認してから、思いっきり大きな伸びをすると、何故だか欠伸が出た。
うん。今のはちょっと、気持ち良かったわね。
それから、背中の翼をゆっくりと広げて大きく羽ばたいてみる。
「うわ、浮いた!」
大きなドラゴンの身体が、まるで綿のようにふわりと浮いたのだ。
「すごいすごい!」
これはちょっとテンション上がるわ。
そのまま、ゆっくりと羽ばたきながら上昇する。目指すは、頭上に見えるあの火口だ。
出来れば、外の世界がどんな風になってるのかこの目で見てみたい。
しかし、その途中で邪魔が入った。
突然目の前に、私におやすみと言ってくれたあの妖精さんが現れて、上昇しようとしている私を引き留めるかのように、またしても鼻先を押さえた。
「おはよう。どうやらもう大丈夫みたいね」
満面の笑みの妖精さんにそう言われて、私は仕方無しに羽ばたくのをやめた。
とりあえず、外の景色は逃げないから後にしよう。
今は、この訳のわからない状況の中で、事情を知っているであろう彼女(?)から話を聞くのが先だもんね。
「おはよう。ええ、体調は良いみたいよ。私って、どうやら本当にドラゴンになっちゃったみたいね」
平然と私が返事をすると、あの妖精さんが鼻先を押さえるのをやめて嬉しそうに手を振って少し離れてくれた。
不思議な事に、火口まであと少しの辺りで、私の体は羽ばたく事無く宙に浮いた状態で留まっています。
ううん、これはどう言う状態? 空中浮遊ですか?
「じゃあ一度降りてくれる。いろいろ説明してあげるからさ」
妖精さんが、下を指差してそう言う。
外に出てみたかったけど、まあ、確かに聞きたい事は山程あるので、素直に寝ていた場所に降りる。
自分でも不思議だけど、どうやったら飛べるのかを私は知っているみたいだ。
ゆっくりと地面に降り立ち、その場に手を揃えて座る。
背中を丸めた猫が前脚を揃えて座るみたいな、いわゆるお座りのポーズだ。
「本当にもう、すっかり大丈夫みたいね。良かった」
ふわりと飛んで目の前に来た妖精さんは、嬉しそうにそう言って私の鼻先にキスをしてくれた。
「改めて、ヴァーウィックへようこそ」
笑顔でそう言われて、私は目を瞬く。
「ヴァーウィック?」
「そう、ヴァーウィック。この世界そのものの名前よ。まあ、ほとんどの人は知らないけどね。ここは、貴方のいた世界とも通じている多重世界の一つなの」
「へえ、パラレルワールドねえ」
思いっきり疑わしい目をする私に構わず、妖精さんは嬉々として話を続ける。
「まず、この世界には、世界の柱と呼ばれる守護竜がいます。四大精霊の長となる火の竜、風の竜、水の竜、土の竜。そして、光の竜と闇の竜」
頷きつつ、私は大きくなってしまった竜の身体を考える。
今の私の身体は、全身を真っ赤な鱗で覆われていて、ここはどう見ても火山の火口。
「今の話を総合すると、私はその世界の柱の一つである、火の竜……って事になる訳?」
「話が早くて助かるわね。その通りよ。今までいた火の竜は中の魂が年老いて弱って消えてしまったの。その身体は火の竜の器なんだけど、魂が消えてしまったら柱の役目を務められないから、早急に新しい魂を入れてやる必要があったの」
「それで……私?」
「トゥーマリーク様があちこちの世界を必死に探されて、ようやく声を聞いてくれたのが貴女だったの」
確かにあの時、誰かに呼ばれた気がしたのは気のせいなんかじゃなかった訳か。
私、よりにもよって異次元からの呼びかけに答えちゃったって事?
「うわあ、これは結構レア体験かも」
嬉しくなってそう呟いたが、直後に、私の世界では既に死んでるらしい事にも気がついて、ちょっと泣きそうになったわよ。
「それで、異世界までわざわざ連れてきたそのトゥーマリーク様とやらは、私に一体何をさせたいの?」
わざわざ別の世界から連れてきたくらいなんだから、何か大いなる使命とか強烈なお願いとかが有るはずよね。
よしよし、聞いてやろうじゃないの。
まあ、それを私が叶えるかどうかはまた別問題だけどね。
内心ではワクワクしつつも、さり気ない口調でそう尋ねると、妖精さんは嬉しそうにまたくるりと回った。
「長生きしてください。あなたに求めるのはそれだけよ」
「はあ? 長生き?」
「そう、長生き。別の世界から魂を探すのって、本当に大変なんですって。貴女を連れてきた直後は、トゥーマリーク様は本当に疲れ切っておられたもの」
嬉しそうにそう話す妖精さんを見て、私は周りの景色を見回した。
何度見てもやっぱりここは火山の火口。ここでずっと暮らすのかと思ったら、ちょっと泣きたくなってきた。
私の萌えは、私の癒しは何処?
こんな殺風景な何も無い場所に一生いるなんて、絶対にごめんだわ。
早くも内心で逃亡する決意を固めつつ、目の前の妖精さんを睨みつけた。
「まさかとは思うけど、殺風景で代わり映えのしないこの場所に、ずっといろとでも言うの?」
「もちろん貴女がそうしたいならそれでも構わないわ。だけど、貴女の前の火の竜だったナディアは、薬屋さんをしていたわ。街の人達からも頼られていたわよ。貴女も何かやってみたら?」
「竜が薬屋さんをしていたの?」
何となくその光景を考えてしまい、思わず吹き出した。
「それってかなりシュールな光景じゃなくて? 一体どうやって接客していたのよ」
「人化すれば良いでしょう? 貴女も出来るわよ」
思ってもみなかったその言葉に、思わず身を乗り出す。
「待って、人化って事は……人間の姿になれるって事?」
「そうよ、やってみる?」
「やるやる!」
興奮したら、またしても尻尾が大暴れして周りがホコリだらけになり、口を押さえた妖精さんが、嫌そうにふわりと後ろに下がった。
「ああ、ごめんね」
ゆっくりと背中の翼を羽ばたかせると、つむじ風が起こってあっという間に舞い上がった埃を吹き飛ばしてくれた。
うん、これは良い。大きな身体も悪く無いかも。
またふわりと戻ってきてくれた妖精さんに向き直り、出来るだけ動かないようにじっと我慢した私は、嬉々として口を開いた。
「それで、どうやったら人間の姿になれるの?」