ドラゴン商店登録完了
「ミサキさんだね。それで貴女はどんな商売を考えているんだい?」
私の書類を覗き込みながらテラさんが興味津々でそう尋ねる。
「ナディアさんは薬屋を営んでいたよ。良い店だったから、彼女が店を畳んだ時、皆残念がっていたんだよ」
何か言いたげな視線に、私は苦笑いして首を振る。
「申し訳ないんですが、私は薬の知識は皆無なので薬屋は無理ですね。ですが、薬の材料になる素材集めはやろうと思っています」
「ああ、素材屋をやってくれるのかい。それはありがたい、皆喜ぶよ。是非頑張っておくれ」
身を乗り出すようにして嬉しそうにそう言われてしまい、ちょっと焦ったわよ。まだ街の外に出て行った事もないって言うのに、そんなに期待されても困るわよ。
「待ちなって。彼女にも色々と準備があるんだから、ここへ来ていきなり開店するわけ無かろう。店を開ける時にはもちろん連絡するよ」
デボラさんが助け舟を出してくれて、困ったように一礼した私は書きかけの申し込み用紙の続きを記入していく。
「ああ、それはもちろん、今すぐ開店しろなんて無茶は言わないよ。もしも店の開店準備で何か困った事があれば、いつでも遠慮無く相談しておくれ。それより、聞いたかい、今度の新作!」
テラさんが誤魔化すように笑ってそう言い、デボラさんと二人で、嬉々として何かの新製品の話を始めた。ちょっと気になるけど、こっちが先よね。
そんな彼女達を見て小さくため息を吐いた私は、とにかく書きかけの書類の残り部分をせっせと記入していった。
マーカスは、そんな二人を面白そうに眺めている。
「ええ、店の名前?」
当然だが店名を記入する欄があって、そこで書いていた手が止まる。
「名前、名前、名前……う〜ん」
某アニメの主人公の名前……ううん、ちょっと堅苦しいか。
某アニメの私の推しの名前……駄目。恥ずかしくて自分では名乗れないわ。
某アニメの私の推しが所属している組織の名前……駄目、どう考えても店の名前には合わないわ。
となると……駄目。全く思いつかない。
店名の欄を前に頭を抱えて固まっている間中、マーカスだけじゃなく、いつの間にか話の終わったデボラさんとテラさんまで、三人揃って面白そうに見ているだけで今度は助けてくれない。
「ええと、何かないかしらね……あ、私の苗字で、ええと、華山亭とか? いや、定食屋じゃ無いんだから素材屋に、亭、はおかしいわよね。華山屋。ううん、語呂が悪い」
ぶつぶつと呟きながら候補を思い浮かべては即座に否定するのを繰り返した。
「ここはもういっその事シンプルに行くべきよね。となると……」
長考に入りかけた時、不意に閃いた。
「あ、これにしよう。これなら将来的にアクセや雑貨も売ってもおかしくないわね」
そう呟いて、一箇所だけ空欄だったそこにこう書き込んだ。
「ドラゴン商店、と。どうかしら?」
書き終えた書類をデボラさんに見せる。
「ああ、良いんじゃないかい。それならどんな品物を置いても構わなさそうだね」
恐らく私の考えくらいお見通しなのだろう。笑顔でそう言って書類をそっと撫でた。
「ナディアは単に、薬屋、って名乗ってたよ。街の人達はナディアの薬屋って呼んでいたね」
ナディアさん、いくらなんでもそれはシンプルすぎなのでは?
デボラさんと顔を見合わせて笑い合い、記入の終わった書類をテラさんに渡す。
「じゃあ、これでお願いします」
「はいよ、ちょっと待っておくれ」
書類を受け取って目を通したテラさんは、その書類をマーカスに渡した。
「ほれ、保証人の欄にサインをおくれ」
「おう、ここで良いんだな」
当然のように書類にサインをしてくれるマーカス。そのまま隣にいたデボラさんに書類が渡され、これまた当然のように保証人の欄にサインをしてくれた。
「はい、これで良いかい」
テラさんに書類が渡され、また権利書を置いたトレーに書類が置かれた。
「今度は登録ですね」
またさっきの杖を持った女性が出て来て、登録申込書の上に手を乗せる。
ここまですればもう分かるわ。黙って彼女の手の上に私も手を重ねた。
一瞬驚いたように私を見た杖の彼女は、小さく笑って頷き、軽く杖をふった。
今度の登録申込書が光ったのは一瞬だった。
「はい、これで登録は完了しました。これが登録カードになります」
杖を持った彼女は、そう言って一枚のカードを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
何をどうやったのかさっぱり分からないけれど、どうやら登録は完了したみたいです。
「ドラゴン商店。登録者名、ミサキ。登録地、メンフィス」
手にしたカードに書かれた文字を読む。
「このカードがあれば、他の街でも商人ギルドで必要な支援を受けられるよ」
「ええと、それは具体的にはどんな?」
「まあ、一番便利なのは素材の鑑定や買取かねえ。素材屋をするのなら、材料になる品物は郊外へ出て採集するんだろう?」
「もちろんそのつもりですけれど、あ、もしかして郊外での採集に何かの届け出や申し込みが必要だったりします?」
森に入って採集するのに、何らかの権利を買わなきゃならないとかなら嫌だなあ。ちょっと考えながらそう言うと、テラさんは目を瞬いた後いきなり笑い出した。
「いやいや、別にそんなものは必要無いからどうぞ自由に採集しておくれ。もちろん個人の家の庭なんかに勝手に入るのは駄目だけどね」
「いや、それって不法侵入ですよ。幾ら何でもそんな無茶はしませんって」
そう言って顔の前で手を振り、テラさんと顔を見合わせて乾いた笑いをこぼした。
わざわざそう言うって事は、そんな事する人もいるわけね。うん、気を付けよう。
「それじゃあ、ギルドへの登録と転入手続きは完了だな。じゃあ、次は冒険者ギルドへ行くか」
マーカスの言葉に、私達も立ち上がる。
「そうか、素材の採集をするのならそっちにも登録は必要だね。ああ、宝石の買取は是非うちへお願いするよ」
トレーを片付けながらテラさんがそう言って笑っている。今にも部屋を出ようとしていた私は、その言葉に思わず立ち止まった。
「ねえ、私お金を全く持っていないわ。あのルビーを売っておくべき?」
隣にいたデボラさんに小さな声でそう質問する。
「ああ、それなら研磨した状態でないと高値はつかないよ。先に冒険者ギルドに登録して、それからもう一度戻って来よう。その間に眷属のサラマンダーに命じて研磨して貰えばいいよ。ちなみに、宝石は商人ギルド。魔晶石は冒険者ギルドに売るのが高値が付くからお勧めだね。それ以外の素材はまあ似たようなものだから、どちらでも構わないよ」
デボラさんの言葉に納得して頷く。
「分かりました。ええと茜、持っているルビーの原石の小さいので良いから、幾つか研磨しておいてもらえるかしら」
杖を取り出してそう話しかけると、するりと出て来た茜がウンウンと頷いた。
「かしこまりました。では急ぎ小粒のルビーを研磨しておきます」
「お願いね。じゃあ行きましょうか」
一瞬で杖を収納して、一礼して二人と一緒に部屋を出て行った。
「今の見たかい?」
「気配もなく、一瞬で杖を取り出して収納しましたね」
「いやあ、二人が優秀だって口を揃えて言った意味が分かったよ。こりゃあ凄いお方が来たものだね」
「彼女とゆっくり話をしてみたいです。きっと有意義なお話が出来そうです」
出ていく私をみながら、テラさんと杖の彼女がそんな話をしているのに気付いていないのは、実はその場では私だけだったらしい。
褒められる事なんて大人になってからは殆ど無いんだから、出来れば面と向かって褒めて欲しかったわ。




