商人ギルド
広い大通りを歩き、噴水のある広場を抜けて向かったのは石造りの大きな建物。
歩きながら見た限り、この街はどこも建物がヨーロッパの古い街並みみたいでとても綺麗な作りになっている。それはまるで海外旅行のパンフレットで見たような景色。
まあ、私は海外旅行なんて行った事ないけどね。
淡雪を連れて歩いていると、時折驚いたように淡雪を見る人がいたけれど、首のリボンに気付いて明らかにほっとして離れていく。それを見て、首輪の重要性を実感したわ。でもあれって郊外へ出たら外して良いのよね? 枝とかに引っ掛かったらた大変だもの。その辺りもあとで確認しておこう。
「ここがこの街の商人ギルドの建物だよ。ほら入った入った」
大きな建物の前で立ち止まって、半ば茫然と見上げている私を見てマーカスが私の背中を軽く叩いて中へ促す。
「え、ええそうね。ちょっとあんまり見事な建物でびっくりしたわ」
誤魔化すようにそう言ってもう一度正面から建物を見上げる。
建物の石の壁には、全面に渡ってつる草模様のような柄が彫り込まれているし、柱部分には分厚い本を手にしたリアルな男性像が並んでいる。あれ、夜になったら動き出すって言われても違和感ないわよ。
明るい日差しを受けて、彫像達は綺麗な陰影を浮かび上がらせている。
建物正面にある今は開いたままになっている大きな両開きの扉は、黒光りのする総金属製で、幾つもの大きな鋲が打たれていてすごく重そう。
扉の分厚さに驚きつつ、マーカスとデボラさんに連れられて中に入る。
中は吹き抜けになっていて、天井も高くてとても広い。その高い天井からシャンデリアみたいなのがぶら下がっていて、光の玉達が並んでいるのが見えて驚いたわ。
「ああ、大きな建物では光の精霊魔法で明かりを灯すからね」
フロアの真ん中あたりに部屋を二分するカウンターが端から端まであって、幾つもの窓口が並んでいる。
「へえ、広い銀行みたいな感じね」
「こんにちはマーカスさん、今日はデボラさんもご一緒ですか」
密かに感心して見回していると、笑顔で進み出て来たのは大柄なやや年配の女性で、なんと猫耳付きの獣人だった。しかも、その耳はやや丸みを帯びていて黄色地に黒の模様が入っている。口から顎にかけては人間と同じだけれど、鼻先から額、ふわふわの髪の毛まで全体に黄色に黒い筋が混ざった毛皮に覆われている。丁度虎のマスクを被ったみたいな感じ。これはもしかして……。
「おや、初めて見る顔だね。よろしくお願いします。ここのギルドマスターをやってるテラーモルトだよ。テラって呼んどくれ。ご覧の通り、虎の獣人だよ」
笑った口元に見えるのは紛う事なき巨大な犬歯。駆け寄って覗き込みたくなる衝動を必死で押さえて笑顔で名乗って手を伸ばした。差し出された手の甲にも虎柄模様の毛が生えているのが見えて、もう私のテンションは上がりっぱなしよ。
「初めまして。ミサキと申します。ここの商人ギルドに登録をお願いしたいんですが……」
なんとか平静を装いそこまで言った時、大きな手で握り返してくれたテラさんが、物凄い勢いでマーカスさん達を振り返った。
「彼女のこの容姿。しかもマーカスだけじゃ無くデボラまで一緒に来て、新しくギルドに登録するって事は、もしかして……そうなのかい?」
敢えて何がそうなのかを明確には言わずに、横目で二人を見る。
「そうだよ。とにかく優秀で俺達も感心してるんだ」
何故かドヤ顔のマーカスがそう言い、満足気に頷いた笑顔のテラさんが私の手を引いてカウンターに座らせてくれた。
「じゃあ手続きをするから、まずはここに名前を書いておくれ」
一枚の書類を差し出されて頷いた私は、それを手に取って読んでみる。
ナディアさんのノートと同じく、知らないはずの文字はすんなりと私の頭の中に入っていった。
「登録申込書。そのまんまね」
「ああ、その前に、家の権利書を出してくれ。先に住居と店舗の登録をしておかないとな」
マーカスの言葉に頷き、ビオラから貰った家の権利書を取り出す。
「これね?」
「ああやっぱり。それを開いてここへ置いてくれるかい」
テラさんはそれを見て、そう言って大きなトレーのような物を取り出して置いた。
「ここに置けばいいのね」
言われた通りに、巻きつけていたリボンを解いて権利書の羊皮紙をトレーに置く。
「失礼します」
奥から一人の女性が出て来て権利書に手を置いて私を見た。右手には彼女の背丈よりも更に高い、真っ直ぐな杖を手にしている。
「私の手に、貴方の手を重ねてください」
その女性に言われて、私の手を彼女の手に重ねた。
いきなり羊皮紙が光り出して、驚いて手を引っ込めようとしたが動かなくてさらに驚く。
「大丈夫ですから、じっとしていてくださいね」
杖を持った女性に平然とそう言われて、頷くしかなかった。
しばらくすると、その光は唐突に収まり女性が手を引く。なんとなく私も一緒に手を引いて、広がったままの羊皮紙を覗き込んだ。
「譲渡は正しく完了しました。立会人の欄にサインをお願いします」
権利書を手にしたその女性が、マーカスさんとデボラさんにそれを渡してサインをもらっている。
「ねえ、今何をしたの?」
隣に座るデボラさんに小さな声で質問する。
「何って、権利書の正式な譲渡が完了したんだよ。これであの家は正式に貴方のものになったからね」
どういう事なのかちょっと考えて首を振る。
うん、これはきっと何かの魔法ね。今のでなんらかの権利の確認をしたようなものなのでしょう。確か、手を重ねたら熱い感じがしたもの。きっとそうよね。
テラさんから、デボラさんとマーカスのサインが入った権利書を受け取る。
それから、改めて登録申込書を教えてもらいながら記入していく。
自分の手が、習った覚えの無い文字をスラスラと書くのを不思議な気持ちで見つめていた。
「言葉が通じて文字を書けるのは、基礎能力として標準装備なわけね。まあ、そうじゃ無いと日常生活に困るものね」
小さく呟いて納得する。
「そうよね。何であれここでこれから生活していく以上、とても有り難い能力なので感謝して使わせていただきましょう」
小さくそう呟いた私は、登録申込書の記入欄を一つづつ確認しながら、いつの間にか机の上に出てきていたサラマンダーの茜を撫でながら記入していくのだった。




