淡雪の為のリボンと銀細工
「うわあ、本当に異世界だわ」
開いた扉から見えた、あまりにも私の知る世界と違う街の様子に思わずそう呟いていた。
どうやら、この家は大きな通りに面しているみたいで、綺麗に整備された石畳の道が広がっている。そしてその目の前の広い道路には、端から端まで大勢の人々が行き交っていた。
広い通りの中央には荷馬車が行き交う車道があり、道の両側に広い歩道がある。荷馬車を引いているのは馬やロバで、同じように馬やロバに乗っている人もいる。
よく見ると人々の着ている服装もいろいろで、おそらく冒険者なのだろう、まるでゲームのキャラのような武器や鎧を装備している人もいる。
しかも、その人達の中に明らかに人間では無い人を何人も見つけて、私のテンションは一気に上がったわよ。
しかも、誰もそれを見て驚いたり嫌がったりしていない。それはつまり、この色んな種族の人達が一緒に暮らしている光景が日常って事よね。
「うわあ、本当に獣人がいるわ。うわあ、あれはエルフね。へえ、すごいすごい。まるでファンタジー映画の中の世界に来たみたいだわ」
目を輝かせて開いた扉に隠れるようにして通りを眺めていると、背後から咳払いが聞こえた。
「もう良いか?」
苦笑いしながらさっきと同じ台詞を言われて、慌てた私は振り返って謝ったわよ。
「あはは、失礼しました。ちょっと嬉しさのあまり我を忘れかけたわ」
「嬉しい?」
不思議そうなデボラさんとマーカスの声が重なる。
「だって、私のいた世界ではこんな光景絶対見られないもの。獣人とエルフと人間が仲良く一緒に暮らしているなんて、私にとってはまさに理想の世界じゃない!」
拳を握って叫ぶ私に、目を見開いた二人はほぼ同時に笑い出した。
「あはは、ミサキ、あんたはやっぱり最高だな」
「本当だね。大抵は、まずこの目の前の現実を受け入れられなくてショックを受けるものなのだけれどねえ」
私の様子にマーカスは手を叩いて大笑いして、デボラさんは呆れ半分で感心している。
「じゃあ、気が済んだらまずはギルドへ行こう。転入の手続きも取っておかないとな」
笑いながらそう言ったマーカスが、私の隣にピタリと寄り添っている銀狼の淡雪を見た。
「首輪はさすがに俺も持っていないな。デボラ、何か首輪代わりになりそうなリボンか紐を持っていないか?」
「ああ、確かにその子を首輪無しで街の中へ連れて行くと、怖がる人がいるかもしれないからね。さて、何かあったかねえ?」
そんな事を呟きながらしばらく考えていたデボラさんは、思いついたように頷いてひと束の真っ赤なリボンを取り出してくれた。
「以前、ラディウスの店で買った時に付けてくれたリボンだよ。さすがに真っ赤なリボンは私は使わないから、収納したきりすっかり忘れていたよ、よかったらこれを使いなさい」
手渡された幅広の長いリボンは、シルクっぽい綺麗な光沢を放っている。
「綺麗、ありがとう。じゃあ使わせてもらうね」
受け取って足元に良い子座りしている淡雪を見る。
「街へ出るにはこれを着けないと駄目なんだって。首に巻くけど良いかしら?」
嫌だって言われたらどうしよう。ちょっと心配しながらそう言ったんだけど、淡雪は平然と胸を張った。
「はい。人の世界へ出るなら首輪は必要です。どうぞ。でもあまりきつく結ばないでくださいね」
「うん。じゃあリボンを巻くから、苦しかったら言ってね」
淡雪の首元は、ものすごくみっちり密集した毛に覆われている。
「だけどこれって、結んだらせっかくのリボンが見えないんじゃないかしら?」
そう言いながら一度結んでみたのだけれど、予想通りにリボンは完全に毛に埋もれて見えなくなってしまった。
「あ、でもこうやればリボンが見えるわね」
緩めに結んでから、胸元で大きく蝶結びにしてやる。
「どう? 苦しくない?」
「それは大丈夫ですが、あの、胸元にリボンがあると色々と邪魔だと思います」
確かに、水を飲もうと思ったら口より先にリボンがつくだろう。ってことはお食事の際にも問題ありって事よね。
リボンを結んだまま、淡雪と顔を見合わせて困ってしまう。
「ああ、それならこれを付けてやりな。そうすれば結び目を上側に出来ると思うよ」
そう言いながらデボラさんが取り出してくれたのは、細かい細工の入った金属製のブローチのようで、ピンポン球ほどの大きさの綺麗ないぶし銀の銀細工のように見える。
「綺麗だけど、良いの?」
「それ、貰い物なんだけど私には重すぎるんだよ。身につけていて疲れる装飾品なんて使えるもんかい、よかったら差し上げるから使っとくれ」
笑いながらそう言われて、淡雪の首に巻いているリボンの結び目の反対側に取り付けてみる。
「あ、こうすればブローチの重みでこっち側が下になるのね。可愛い」
確かにブローチの重みで、取り付けた部分が下側になった。胸元に銀色のブローチ。首の後ろの背中側に蝶結びが大きく飛び出して、これなら首輪をしているって遠くからでも分かるだろう。
「これでどう?」
「ああ、これはいいですね。はい、これなら邪魔にならないです」
嬉しそうな淡雪の言葉に、私は手を伸ばして頭を撫でてやった。
うわあ、ふかふかで可愛い。
「完璧だな。それじゃあ行こうか」
笑って拍手をしたマーカスがそういい、先に扉の外へ出て行った。
「ほら行くぞ。まずは商人ギルドで、それから冒険者ギルドにも登録だな。それと一応確認するが、人としてはここに住むんだよな?」
「ええ、そのつもりだけど。何か問題がある?」
「いや、それなら日常品の買い物もしないとな。多分家具はあるだろうけど、それ以外は何も無いぞ」
「ああ、そう言う意味ね」
二人の後について歩きながらも、やっぱり私は周りを見回さずにいられなかった。
歩いていると、確かに人間が一番多いけど獣人も多い。
「あの耳は兎ね。あ、あれは犬? それとも狼かしらね。へえ羊さんもいるわ。ああ、猫さん発見!」
どう見ても三毛猫系の獣人を見かけて、もう私のテンションは上がりっぱなし。
「獣人を見ても平気か。本当に凄いな」
呆れたような感心したようなマーカスの言葉に、顔を上げた私は首を傾げる。
「もしかして、獣人を見て怖がる人がいるの?」
「まあ、ラディウスから聞いた話だが、少なくとも新しく柱の竜になった歴代の人達で、この世界を見て怯えなかった奴はいないな」
「私も、ここまで喜んでる人を見るのは初めてだねえ」
デボラさんまで感心したようにそう言い、笑って私の腕を叩いた。
「まあ、理由は何であれ前向きでいてくれるんなら良い事だよ。私らも手伝うから、あんたはこの世界を好きなだけ楽しんでおくれ」
「お世話かけます。あ、そうだ。それなら後でラディウスさんのお店で服を見たいわ。服は、今着ている一着だけしか持っていないもの」
「ああ、もちろん。彼女が落ち着いたら呼んでくれって言ってたよ。それなら手続きが一通り済んだら一緒に行こうか。私も春の新作を見たいからね」
彼女の言葉で、いまが春だと知れてなんと無く周りを見回す。
街路樹の綺麗な緑色は、どうやら新芽だったみたいね。
「是非お願いします」
デボラさんと顔を見合わせて笑い合った。
「ほら、何してる。こっちだよ」
振り返って待ってくれているマーカスのところに、私とデボラさんは笑いながら駆け寄ったのだった。
さあ、まずは商人ギルド。果たして、どんなところなんでしょうね?




