街へ行こう!
「はあ、じゃあ次はマーカスとデボラさんを呼べば良いのね」
火口に戻ってきた私達は、茜を頭に乗せて火口の中を走り回って場所の確認をしている銀狼の淡雪を見ながらそう呟いた。
「あっ、その前に火の魔晶石をもう少し作っておこうっと。確か、まだ足りないって言ってたものね」
今はまだ竜の姿のままだから、このままで魔晶石を作れるものね。
私の呟きを聞きつけたのか、あちこちからサラマンダー達が現れて並んでいる。
「じゃあ作るわね」
目を閉じてそう言い、火口全体が小さな魔晶石で埋め尽くされた光景を思い浮かべる。
私の中にあった魔力が一気に噴き出すのを感じて目を開く。
「よし、完璧!」
出来上がった大量の魔晶石を見て嬉しくなってそう呟くと、サラマンダー達が大喜びで走り回って、あっという間にぎっしりと火口を埋め尽くしていた火の魔晶石を全部飲み込んでしまった。
「まだいる?」
無くなってもまだ消えずに留まって私を見上げているので、そう尋ねるとサラマンダー達は揃ってうんうんと頷いている。
なのでそのあと全部で5回、ちょっと休憩を挟みつつ魔晶石をたっぷりと作ってサラマンダー達に渡しておいた。
まあこれだけあればしばらく大丈夫でしょう。多分ね。
「さて、それじゃあ今度こそマーカスとデボラさんを呼んでくれる?」
人の姿に戻った私は、大きく伸びをして水晶魚の瑠璃と風呼び鳥の浅葱を呼び出してお願いした。
私の声に応えるように二匹は空中でくるりと回った。
「もう良いのか?」
「じゃあ行きましょうかね」
次の瞬間に、私の前には笑顔の二人が立っていた。
「面倒をおかけします」
お世話になるんだもの、お礼は言っておかないとね。その時、二人が同時に驚きの声を上げた。
「ああ銀狼を仲間にしたのか。こりゃあ良い」
「そうね。これは素晴らしいわね。これで彼女の安全は確実に確保されたわ」
マーカスの言葉に続き、デボラさんまでが淡雪を見て何やら不穏な言葉を呟いている。
「ええ、この世界ってそんなに治安が悪いんですか?」
「いやあ、街の中ではそれほど酷くは無いよ。だけど、ミサキは素材集めをするって言っていたろう?」
その通りなので頷く。
「つまり郊外で素材集め中に、例えば他の冒険者に会ったりした時にね……」
デボラさんの何やら含んだ言い方に納得した。
「つまり、郊外で女性が一人でいると、危険?」
「まあ、命の危険って訳じゃあ無いだろうけど、良からぬ事を考える馬鹿はいないわけじゃ無いからな」
申し訳無さそうなマーカスの言葉に、またチベットスナギツネの顔になったわ。
うん、そんな馬鹿はサクッと淡雪に撃退してもらいましょう。
「まあ、用心するに越した事は無いからその子の存在は大きいと思うぞ。それじゃあ行こうか」
マーカスにそう言われて、何故か揃って人間用の部屋へ向かう。
扉を開けて中に入ると、光の子の白磁が、呼び出す前に出て来て部屋を照らしてくれた。
「ああ、突き当たりの戸棚の中に置いてあるあれって、もしかして薬の材料だったのね」
思わず駆け寄って、戸棚から一つ手に取って見てみる。
中には、高麗人参みたいな、干からびた木の根っこがぎっしりと詰まっている。
他の瓶の中も乾燥した葉っぱや何かの鱗っぽいもの、乾燥したスパイスみたいなのもたくさんあって、思わず見とれてしまった。
「もう良いか?」
呆れたようなマーカスの声に飛び上がって振り返ると、部屋に入ったところで苦笑いした二人が並んで私を見ていた。
「ああ、ごめんなさい。それでこの後どうやって街へ行くの……って、何それ?」
慌てて謝った直後に、思わずそう聞いてしまった。
だって、彼らの背後の今入って来た扉の隣に、もう一つ見慣れない扉があったんだもの。
絶対にさっきまでは、あんな扉は無かったわよ。
「じゃあ行こうか」
そう言って、マーカスがもう一つの扉を指差す。
「開けてくれるか?」
不思議に思いつつも開けようと扉の前に立ち、ドアノブを握る。
「あれ? 開かないわよ?」
最初の部屋と違って、押しても引いても扉はびくともしない。
「ああ、待て待て。ビオラから鍵を貰っていないか?」
マーカスの説明に、渡してもらった鍵の存在を思い出した。
「もしかしてこれ?」
権利書と一緒に渡された二つの鍵を見せる。
「ああ、それだ。そのメンフィスって書いてある方の鍵で扉を開けてくれるか」
言われた通りにその鍵を扉の鍵穴にさしてゆっくりと回す。
重々しい音がして鍵が開く。
そっと押して見たが開かないので、引いてみると簡単に開きました。ここも引いて開ける扉だったみたい。
「あら真っ暗ね。白磁、明かりをお願い」
一歩入ったところで真っ暗なので立ち止まり、後ろを振り返って白磁を呼ぶ。
ふわりと飛んできて私の前で一気に光り部屋を照らしてくれた。
「うわあ、広い部屋……だけど、何もないわね」
入ったのは、さっきの火口にある部屋よりも更に広い部屋で、真ん中に大きなソファーが置いてあるだけで、他には何もない部屋だった。
「上手く繋がったな」
そう言ってマーカスとデボラさんも一緒に入って来た。後ろから淡雪も入ってくる。
「ここがメンフィスにある家と繋がっている部屋だよ。ここから火口の部屋に繋がっているので、そのまま戻れるんだよ」
「へえ凄い! それなら距離を気にせず移動出来るわね」
思わずそう言って拍手すると、何故かマーカスがドヤ顔になった。
「ちなみに、火口の部屋からさっきの扉でヘルムデンの鍵を使うと、もう一つのヘルムデンの家にある部屋と繋がってるんだよ。ね、楽で良いでしょう?」
笑ったデボラさんが、そう言って教えてくれる。
凄い。さすがは異世界。行き先限定だけど、これってどこでもドアだわ。
感心する私の背中をデボラさんが叩いて、三人揃って別の部屋に移動する。
「外に出るのはこっちです」
淡雪の頭に座った茜が家の中を案内してくれて、広い廊下を通り玄関に到着した。
鍵を開けて、ワクワクしながら扉を開く。
外の空気が一気に部屋に流れ込み、さっきまでとは違う、多くの人の騒めく声や物音が聞こえて来た。




