銀狼の一族と新たな仲間
「うわあ、すごい、緑の海だわ」
火山の火口から飛び出した私は、目の前に広がる光景に歓声を上げた。
見渡す限り緑一色。火山の周りは、深い深い森に埋め尽くされていたのだ。
「あちらが人の街がある方角です。ですが今から我々が行くのは反対側ですよ。ミサキ様」
今すぐにでも街の方角へ飛んで行きそうになっていた私を見て、茜が笑ってそう教えてくれる。
「ああ、そうだったわね。今から狼さんに会いに行くのよね」
誤魔化すように笑って、方向転換して茜の乗る火の玉について行く。
大きな翼を広げて自由に空を飛ぶのは、何とも言えない快感だった。
耳元で唸る風の音を追いかけて、私と火の玉に乗った茜は、ほぼ真東に向かって飛び続けた。
「あら、今は冬なの?」
しばらく飛ぶと、眼下の景色が変わり始めた。
今までは殆どが広葉樹が中心の豊かな森だったのが、明らかにこの辺りは針葉樹が中心に植生が変わってきていて、しかもあちこちに白い雪が積もってるのが見えてきたのだ。
「今は春ですよ。ミサキ様。ですが、境界線の辺りは季節に関係なく常にこんな感じです」
茜の説明に首を傾げる。
「境界線?」
「世界の果ての事です。この世界はこの島のみで、それ以外の外側には何もありません。境界線に近いと言っても、まだこの辺りは気候が穏やかですので銀狼の一族がお住まいですが、それより先はさらに気温が下がり、雪と氷で覆い尽くされた人の生きられない世界になります。そしてその先は、もうひたすらに人の超えられない急峻な山々の峰が連なるだけで、他には文字通り何も無いんです」
それを聞いて何度か目を瞬かせた私は、何となく理解した。
どうやらこの世界は、私のいた世界と違って大地が丸く無いみたい。
ううん、これはちょっと考えても答えは出なさそうなので後でビオラに聞いてみる事にしよう。答えてくれるかどうかは、また別の問題だけどね。
「それじゃあ、狼さんはあの針葉樹の森にいるのね」
話を変えるように見下ろすと、もうそこは一面が雪に覆われた針葉樹の森が広がっていた。
「ああ、出てきてくださいましたね。そこに降りましょう」
茜の言葉に下を見下ろすと、ちょうど森が途切れて広い平原になっている場所に物凄い数の白い点々が見えて驚いた。
「ええ、ちょっと待って。あの点々が全部狼さんなの?」
「そうですよ。新たな火のお方のお越しとあって、一族総出で出迎えてくださっているようですね」
嬉しそうにそう言うと、茜はゆっくりとその狼さん達のいる平原へ向かって降下して行った。
いよいよ、銀狼の一族との対面ね。
ちょっとワクワクしながら、私も茜の後を追って平原へゆっくりと降下して行った。
「これは何と美しき竜でしょうか。新たな火の竜のお方にお目にかかれて光栄でございます」
降りてみると、平原に出て来ている狼さんの数はおそらく数千匹ってくらいは余裕でいて、その中でも一際体の大きな真っ白な狼が、ゆっくりと前に進み出て嬉しそうに私を見上げながら人の言葉でそう話したのだ。
おお、普通の狼さんじゃ無いと思ってたけど予想的中。人語を喋るって事は……もしかして人狼?
ちょっと期待に胸が高鳴ったわ。人狼なんかがもしもこの世界にいたら最高よね。
ケモミミ好きとしては、ちょっと期待しちゃうじゃない
脱線しそうになる思考を何とか無理やり引き戻して顔をあげた。
「ええと、はじめまして。ミサキよ」
何と言って良いか分からなくて、とにかく名前を名乗る。
すると、周りにいた狼達が一斉に地面に伏せた。
あ、ちょっとワンコみたいで可愛いかも。
「して、竜のお方直々のお越し。御用件を賜りましょう」
大きな狼さんの言葉に、こっちが困ってしまう。茜を見たけど、さあどうぞ。と言わんばかりにキラキラの目で私を見つめている。
ええ? 行けって言われたから来ただけなんですけど?
しかし、残念ながらこの場の主導権はどうやら私にあるらしい。諦めて、素直に聞いてみる事にした。
「ええと、前の竜のナディアさんの事はご存知なの?」
「はい、もちろんです。我らにもとてもお優しいお方でした」
「そのナディアさんから、ここへ行くようにって伝言を聞いたの。貴方達が力になってくれるからって」
そう言うと、大きな狼さんは私見上げてこう言ったのだ。
「では恐れながら、人の姿になっていただけますか?」と。
常識的に考えて、荒野のど真ん中で更には野生の狼達の真ん中で丸腰の人間一人。まあ、獲物以外の何者でもないわね。
だけど、何故だか今の私は全然怖くなかった。
だって。私は竜なんだもの。
「人の姿になれば良いの?」
そう言って、一瞬で人の姿になってみせる。
一気に狼さん達との距離が近くなり、話していた一番大きな狼さんがとんでもなく大きかった事に今更ながら気がついた。
馬どころじゃない。多分象レベル。人の姿になったら、狼の顔がはるか頭の上にあったわ。
他の狼達も、どの子も大型犬より大きいくらいは余裕である。
「成る程。そのお姿であるのなら、街へ出るには我らの協力が必要でしょうな」
何故か面白そうに笑った狼さんは、後ろを振り返って一頭の狼を呼んだ。
「ならばお前がお伴しなさい」
進み出て来たのは、やや小柄で真っ白な狼だった。普通の大型犬よりも少し大きくらいだから、あまり威圧感も感じない。
「初めまして火のお方。お側に仕えさせていただきます事をお許しいただけましょうか?」
どうやらまだ若い女の子みたいな優しい声。やや俯き加減でそう言った真っ白な狼さんは、進み出て私の前でお腹を見せて転がった。
おお、これって上位者に対して犬がするアレよね。初めてリアルで見たわ。
「ええと、つまり一緒に来てくれるの?」
「はい、街では私が一緒なら多くの者は貴方に一目置くでしょう。それは貴方自身をお守りする事になります」
確かに、こんな大きな狼を連れている私に、無茶な手出しをするほどの馬鹿そうはいないだろう。
「嬉しいわ。よろしくね」
そっと手を伸ばして顔の周りを撫でてやる。
犬は残念ながら飼った事が無いので、こんな時、どうやったら良いのかよく分からない。
だけど、私が撫でると嬉しそうに鼻で鳴いた狼さんは、起き上がって私にすり寄って来た。
「ええと、貴女の名前は?」
ふかふかの毛並みを撫でてやりながらそう話しかける。
「我らは固有の名は持ちません」
首を振る狼さんを撫でてやり、笑った私は今決めた彼女の名前を口にした。
「それなら、貴方の名前は淡雪よ。よろしくね淡雪」
そう言ってもう一度撫でると、周りの狼達が騒めいた。
「直々に名前を賜われるなんて光栄です。ありがとうございます。ミサキ様」
もう一度嬉しそうにすり寄ってきた淡雪は、次々に姿を表した眷属達と鼻先を突き合わせて挨拶をしていた。
「無事に用事は済みましたね。では戻りましょう」
茜の言葉に頷いて竜の姿に戻る。
「淡雪は、私の背中に乗れば良いわね。どうぞ」
屈んでやると、淡雪は驚いたように首を振った。
「背に乗るなどとんでもありません。私は、サラマンダーの火に乗せてもらいます」
そう言って、茜が作った大きな火の玉に一緒に飛び乗ったのだ。
「あらら、そっちに乗れるのね。じゃあ行きましょうか。ええと、大事な仲間を託してくれてありがとう。大切にするから安心してね」
私の言葉に、また狼達が一斉にその場に伏せた。中にはお腹を見せている子もいる。
「ではこれにて。もしも我らの力が必要な際は、いつなりとお呼びください」
大きな狼さんの言葉に頷き、大きな翼を広げてゆっくりと上昇する。
淡雪と茜の乗る大きな火の玉も私の横に付き、そのまま私はゆっくりと火山の火口へ戻って行ったのだった。




