これからの事と新しい始まり
「それでミサキは、この世界で何かやりたい事はあるのか?」
自分で水割りのおかわりを用意しているマーカスの質問に、ナディアさんがメンフィスとヘルムデンの二つの街に家を残してくれた事や、さっきのノートの最後に書かれていた彼女からの頼まれ事の話をした。
だけど、私は薬の専門的な技術や知識を持っているわけでは無いので、とりあえずはナディアさんの後を継いで薬の素材集めをしてみようかと考えている事も話した。
「ああ、確かに薬そのものは無理でも、薬の素材を集めて売ってくれたら喜ぶ奴は多いだろうな。良いんじゃないか。自分でも作れそうな簡単な薬をまずは試しに作ってみればいい。それで無理だと思うなら後はもう専門家に任せれば良いさ。ナディアは、元の世界では薬剤師をしていたと言っていたからな」
「そっか、やっぱり彼女は元薬剤師だったのね。それなら私にはちょっと無理そうね。了解。じゃあそっちは素材での販売を考えるわ。ええと、それなら商人ギルドと冒険者ギルドに入れば良いのかしら?」
「そうだな。それなら入るとしたらメンフィスの街のギルドだな。よければ紹介してやるよ」
またしても簡単に言われて驚きに目を見張る。
「じゃあ、その銀狼の長老に会った後、街へ出る準備が整ったら呼んでくれるか。一緒にギルドへ行ってやるよ」
「ああ、それなら私も一緒に行ってあげるよ。マーカスと二人っきりで行くと、周りから何を言われるかわかったもんじゃないからね」
デボラさんが笑いながらそう言い、何故かマーカスの背中を思いっきり叩いている。
「おい、人聞きの悪い事を言うなって。貴重な仲間に手を出すような真似はしないぞ」
「お前さんはそのつもりでも、周りを目を考えなってことさね、全く。この遊び人が。普段の自分の行いを省みて少しは反省しな」
呆れたようなデボラさんの言葉に、私はちょっと虚無の目になったわ。まさしくチベットスナギツネ状態よ。
でもまあ、マーカスはいかにもモテそうだものね。はいはい。って事で、私の中でマーカスは完全に遊び人認定されました。
「随分とひどい言われようだなあ」
水割りを飲みながら泣く振りをしているマーカスの顔は、残念ながらどう見ても笑っている。
「マーカス、言葉と顔が連動していないわよ」
呆れたように言ってやると、何故だか大喜びされたわ。
そのあとは、のんびりとお代わりの水割りを飲みながら一般常識を教えて貰った。その結果、ナディアさんのノートに書いてあったみたいに、少なくとも私が持っている一般常識で大丈夫だってことを確信しました。よかった、全く倫理観や一般常識の違う世界じゃなくて。
ハードボイルドな弱肉強食の世界は、創作物としては大好物だけど、いざ住むとなるとやっぱり自分が持っている常識の通じる比較的安全な世界が良いわよね。まあ何を以て安全というかは状況次第ですけど。
安堵のため息と共に残った水割りを飲み干したところで、ラディウスさん達が何か言いたげに私の顔をチラチラと見ているのに気付いた。
「ええと、まだ何かあるの?」
話を聞くつもりになって座り直したところで、不親切チュートリアル改めビオラが突然机の上に現れた。
「ミサキ、最後にもう一つ。大事な事を教えていなかったから言っておくわね」
相変わらず、こっちの都合ガン無視のマイペースちゃんに小さくため息を吐いた私は、ビオラに向き直る。
「うん。じゃあ、聞くからから話して」
「貴女の見た目は、以前と少しだけ違っています。その外見から他の人達は納得するだろうけど、貴女は人間以外にエルフの血が入ってるって設定だから、忘れないでね。それじゃあ!」
言うだけ言って、呼び止める間も無くビオラは勝手に消えてしまった。
「エルフの血が入ってる? ええと……どう言う事ですか?」
意味が解らなくて、皆を振り返る。
すると、目が合ったラディウスさんがどこからか手鏡を取り出して渡してくれた。かなり大きめのメタルミラーで直径20センチくらいはありそうなのを。
「あ、ありがとう。借りるわね……」
渡された手鏡を覗き込んだ私は、しばらく言葉が出ないくらいに驚き、半ば呆然と鏡の中の人を見つめていた。
顔は覚えている通りのいつもの私の顔、体型にも特に大きな変化は無さそう。だけど、確かに大きく違っている箇所があった。
「耳が……」
右手で、自分の右耳をそっと触る。鏡の中の人も同じようにしているから、やっぱりこれは私みたい。
丸かったはずの耳の上側先端部分が尖っている。
だけど、よくイラストなんかで見たエルフ耳ほど尖っている訳じゃなくて、丸い耳たぶの上側部分がちょっと伸びてとんがった程度。人間の耳に猫耳を足して二で割ったみたいな感じ。
そして、もう一つの驚きが私の瞳。
濃い赤茶色になっている上、まるで猫の目のように虹彩が縦に割れている。
「ええ! ねえ、これってどういう意味?」
目を瞬いてラディウスさん達を振り返る。彼女達の瞳は、こんな風にはなっていないし、耳だって普通に見える。
「ナディアもそんな風だったからなあ。どうやら火の竜が人化したら、そんな姿になるみたいだな」
苦笑いしたマーカスがそう教えてくれる。
改めて鏡の中の自分を見つめて考える。うん、これも悪くないわよね。
「まあ、異世界だもんね。私は私、外見がちょっとくらい変わったって、どうって事ないわ」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、ラディウスさんに手鏡を返した。
「おお、普通に受け入れたぞ。これも凄えな」
マーカスが感心したようにそう言い、何故だか全員から拍手されたわ。
その後は、また全員揃って手を繋いで私の住処である火山の火口へ一緒に戻り、壁面に作られていた人間サイズ用の部屋の台所にマーカスが小さな氷室を作ってくれた。
「ここから好きなだけ氷を取れるからな。それじゃあ俺達は一旦戻るよ。街へ出る準備が出来たらまた呼んでくれよな」
軽い調子でそう言うと、その瞬間に手を振ったマーカスは消えてしまい、それに続いてファイサルさんも一礼していなくなってしまった。
「じゃあ一旦私達も戻るわ。貴女が落ち着いたら、改めて一緒に女性だけで集まりましょうね」
ラディウスさんの言葉に、モルティさんも笑顔で頷いている。
「じゃあ、落ち着いて準備が出来たら、まずは私を呼んでおくれ。それからあの馬鹿と一緒に街へ行くとしよう」
デボラさんがそう言ってくれて、三人も笑顔で手を振って消えてしまった。
誰もいなくなった部屋を見回し、小さなため息を吐く。それから、机の上に置いたままになっていたナディアさんのノートを手に取って、少し考えて持っておく事にした。収納しておけば邪魔にならないしね。
「うう、何だか一気に色々あって頭の中はごちゃごちゃだわ。でも、ここにいても何も始まらないものね。それじゃあ、まずはその銀狼の長老を尋ねれば良いのね。だけど、森にいる狼さんの居場所が私にわかるかしらね?」
ピクニック程度の山歩きはした事があるけど、この火山の外にあるのだと言う森林地帯がどの程度の深さの森なのか、今の私には全く分からない。
困ってしまって考えていると、サラマンダーの茜が私の腕に現れた。
「居場所なら、我々が知っています。もう行かれますか? ご案内しますよ」
得意気なその言葉に、ちょっと笑って茜を撫でてやる。
「じゃあ、別に準備なんて無いから、もうお願いしても良い?」
「はい、ではまずは竜のお姿に戻ってください。ミサキ様」
頷いた私は、その瞬間に大きな竜の姿に戻った。
「お見事でございます。では参りましょう」
見ると、茜は小さな火の玉に乗って空を飛んでいる。
「こちらですよ」
軽々と宙に浮いた茜は、私の少し前を案内するみたいに火の玉ごと飛び始めた。
頭上の火口へ向かう茜の後を追って、大きな翼を広げた私は、一気に火山の外へ飛び出したのだった。




