美味しいお酒と柱の竜達
「はいどうぞ」
透明な氷の入ったグラスを渡され、順番にあのお酒の瓶が回ってくる。
「へえ、綺麗な氷ね。これはどうやって作ってるの?」
この世界の文明の度合いが判らないけれども、冷蔵庫や冷凍庫を作るのは簡単では無いだろう。
「俺がここで作ってる。欲しいか?」
「ええ、マーカスが作ってるってどういう事?」
「俺は水の竜だからね。氷だって作ろうと思えば簡単に作れるよ」
当たり前の様なその言葉に、思わず手にしたグラスの中の氷を見る。
全く濁りの無い、綺麗で透明な氷。
「今みたいに何か飲む時に、氷があると嬉しいわね」
グラスを上げてそう言うと、マーカスは分かりやすい笑顔になった。
「それなら後で、ミサキの火山にある小部屋に氷室を作っておいてやるよ。追加の氷は眷属が管理してくれるからな」
「私のところは火山だから、地面や周りの岩は熱そうだけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。任せろ」
笑って琥珀色のお酒を氷の上から入れてくれた。
「新しい仲間に乾杯」
笑顔で乾杯されて、私も笑顔でグラスを上げた。
初めて飲む、まろやかな優しい香りのウイスキーっぽいお酒に目を見開く。
「口当たりも良くて美味しいわね。これ、どこで売ってるの?」
氷を作ってもらえるのなら、ちょっと買っておきたいレベル。
「俺の蒸溜所で作ってるウイスキーだよ。気に入ってくれたのなら幾らでも進呈するぞ」
「俺の? ええと、どう言う意味?」
首を傾げる私を見て、マーカスは小さく肩を竦めた。
「言葉通りさ。俺が経営している蒸溜所の一つだよ。ここのウイスキーは人気があるんだ」
驚く私に、マーカスは得意げに胸を張ってみせる。
「俺は蒸留所とワイナリーを経営してる。酒が好きなら是非見に来てくれ。樽ごとの販売もやってるからな」
「さすがに樽ごとは無理だろうけど、是非行かせてもらうわ。ワインもあるなら嬉しい」
もう一口飲んでからそう答える。
「それで、俺達に聞きたい事って?」
こちらも飲みながら、マーカスが私を見てそう尋ねる。
そこで私は、簡単にナディアさんのノートに書かれていた事を話しながら、この世界の事を彼らからさらに詳しく教えてもらった。
どうやら技術的にはかなり精巧な道具も作れるみたいだけど、あくまでも人の手によるレベルの家内制手工業。
そしてこの世界には電気が無くて、精霊達による魔法がその代わりの役目を果たしているんだって。
つまり火を使うなら火の精霊魔法か、あるいは火の魔晶石を使った道具を用いて火を付ける。水も同じで、水の魔晶石を入れた専用の道具を使えば水源の無いところでも水を出す事が出来る。風を起こしたければ、風の魔晶石を入れた道具を使うし、土を耕す際には土の魔晶石を入れた道具を使えば簡単に畑を耕せるんだって。
この世界には石油が無いので当然ガソリンも無い。なので自動車は無くて、馬などの動物を使った移動手段が一般的なんだって。
「じゃあ、職人さんが作る道具に、この魔晶石を入れて使うわけね」
改めて取り出した火の魔晶石を見ながらそう尋ねると、皆が真剣な顔で頷いてくれた。
逆に言えばこの世界にとって、魔晶石は私たちの世界で言うところの電気や石油と同じ意味を持つ。
それでナディアさんがいなくなった後も、彼らの手持ちがゼロになるまでこの世界に火の魔晶石を渡し続けてくれたわけね。
「ちなみに今って、火の魔晶石は足りているの?」
もし足りないのなら、今の私なら幾らでも作ってあげられる。そう思って質問するとマーカスが頷いて教えてくれた。
「希望を言えば、出来ればもう少し火蜥蜴達に渡しておいてやって欲しい。あいつらの手持ちもほぼ底をついているはずだからな」
「了解、それなら火山に戻ったら沢山作って渡しておくわ。それと、これは単なる疑問なんだけど、火蜥蜴達はどうやって火の魔晶石を人に渡してるの? あなた達が何かしてるの?」
すると、茜が出て来て私の手の上に乗った。
「ご主人。この世界のあちこちには様々な形態のダンジョンがあります。そこには様々な冒険者達が魔晶石を求めてやってくるんです。なので我らは、それらのダンジョンに火の魔晶石を置いてくるのですよ、そうすればそこに来た冒険者達が、火の魔晶石を見つけて持ち帰ってギルドに渡してくれます。他の眷族達も、そうやって魔晶石を世界に配っているんです」
「へえ成る程ね。ダンジョンがあるんだ。で、そこで見つかるお宝が魔晶石な訳ね。すごい、本当にRPGの世界みたいね」
納得して、氷が溶けてすっかり薄くなったウイスキーの最後の一口を飲み干した
「あら、私はこれくらいが一番飲みやすいかも」
思わずそう言ってグラスを見る。
「ああ、それなら次は水割りを作ってやるよ」
満面の笑みのマーカスが新しい瓶を取り出し、新しく水割りを作ってくれた。
その後、もう少し飲みながら彼らの話を聞く。
そしてそこで、彼らもこの世界では人として様々な仕事をしている事も教えてもらった。
例えばマーカスは、自分で言ったようにエルティーの街の郊外に、全部で五ヶ所の蒸留所やワイナリーを経営しているらしい。ワイナリーがあるって事は、当然そこには大きな葡萄畑も。そうなると、当然大勢の人を雇っている訳で、さらには出来上がった酒を商人ギルドを通じて様々な街に卸している。要するに複数の街にまたがる実業家で、商人ギルドの役員もやってるんだって。
ファイサルさんは、武術の達人で、その腕を買われて商隊の護衛を請け負っていて、彼は湖に近いシューキッドの街の冒険者ギルドに所属しているらしい。ふむふむ、護衛も冒険者の仕事なのね。
ラディウスさんは、これも湖に近いヴィシュカの街で服のデザインや縫製、販売までを行う服飾店舗をこれも複数経営してるそうで、デザインは彼女が行い、雇っている大勢の縫い子さんに縫製は任せているんだって。すごい。それで彼女の着ている服があんなに手触りが良かったのね。これは是非とも店に見に行かせてもらうわ。
デボラさんは、同じく湖沿いのバルドーマの街で、大型の帆船を始め、大小様々な船を何隻も所有する船舶会社を経営してるんだって。って事は、彼女もマーカスと並んでかなりの実業家って事よね。
モルティさんは、山側のライナーの街で果樹園と農園を経営してるんだって。これも聞いて見ると大勢の人を雇っているらしく、彼女も実業家。うん、何だかすごい顔ぶれだったのね。
特に大した技術も知識も無い自分が、ちょっと悲しかったわ。
運転免許は持っていたけど、車の無いこの世界では運転技術も知識も意味がないし、パソコンやスマホの知識も、ここでは役に立たないからね。
アクセを作るにしても、細かい道具は無さそうだから作れるものは限られそうだし、余りあるオタクの知識は……使えそうなものがないかどうか、後で考えてみましょう。
そう言えば、この世界に私の萌えは何かあるかしらね。いざとなったら自分の萌えの為に、自己生産しなきゃならないかも。
せめて、面白い小説とかあったりしないかなあ……。
活字中毒な自分を思い出して、ちょっと遠い目になって小さなため息を吐いて水割りを飲み干したのだった。




