創造神様と仲間達
「ねえ、ちょっとあんた、一体何者なのよ!」
誰も何も言わないので怖くなった私は、一番近くにいたラディウスさんの腕に縋り付いて半ば隠れるようにしてもう一度叫んだ。
あらら、この生地すごく柔らかいわね。きゃあ、良い手触り。
縋り付いたラディウスさんの服が見かけ以上に柔らかくて驚き、思考が現実逃避しかけた時、呆れたようなマーカスの言葉が聞こえた。
「おいおい。いくら何でも、あんた呼ばわりは酷いんじゃないか?」
その言葉に、ラディウスさんが私の腕を取って笑う
「そうよ、ミサキ。ほらこっちへ来なさい。大丈夫だから落ち着いて」
「で、でも……」
手を取られたままビオラを見ると、ふわりと飛んで来たビオラは私のすぐ目の前まで来て空中で留まった。
『驚かせて申し訳ない。改めて名乗らせてもらおう。トゥーマリークだ。よろしくな。ミサキ』
ビオラの口から聞こえてくるのは彼女の声とは全く違う、壮年の男性の声、しかもめっちゃイケボ。だけどその中にどこか張りのある若々しい響きもあり、はっきり言って年齢不詳。
七色の声を持つと言われる某声優さんも真っ青よ。どうしたらこんな良い声が出せるのかしらね。ちょっとじっくり聞いてみたいわ。
ううん。トゥーマリークさんのこのお声……私の超理想だわ。
あ、少し前から連載が始まった月刊誌の異世界物の王様役。絶対ハマると思うわ。イメージそのままよ。
そこまで考えて、現実世界ではもう自分は死んでる事を思い出してちょっと泣きそうになった。
ああ、怒涛の展開の来月号が読みたかったわ……。
またしても頭の中が現実逃避しかけたところで、ビオラ改めトゥーマリークさんをもう一度よく見る。
うん? 待って……トゥーマリークって名前、何処かで聞いた覚えが……?
しばらく考えてようやく思い出した。
「ああ、思い出した! トゥーマリーク様って、ビオラが言ってた私をここに連れて来た張本人の創造神様じゃないの! そりゃあ、確かに神様に向かってあんた呼ばわりは失礼だったわね。ごめんなさい」
思わずそう叫んで謝ると、またマーカスの吹き出す音が聞こえた。
呆気にとられる私の頭上を、ビオラ改めトゥーマリーク様がクルクルと飛び回っている。
『ふむ、何処にも問題は無い様だな。では、もしも今後何か困った事があれば柱の竜達を頼るが良い。それでも問題が解決せぬ時は、遠慮なくビオラを呼びなさい』
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
ビオラを呼んでも何の解決にもならないと思うけど、せっかくそう言ってくれたんだし一応軽く会釈してお礼を言うと、ビオラ改めトゥーマリーク様が得意気にクルッと一回転した。
『ああ、彼女の目は我の目であり、彼女の耳は我の耳だからな』
「ええ、あれで?」
思わず声に出して呟いてしまい、慌てて誤魔化す様に咳払いをした。
だけど残念ながら私の呟きは全員に聞こえていたみたいで、あちこちから吹き出しては誤魔化す音が聞こえたわよ。
そして、目の前のビオラ改めトゥーマリーク様は、笑っている事を隠そうともしない。
ううん、イケボって笑ってもイケボなのね。ああ、良い声。
『いや、全くその通りなんだけどね。だけどこれでも、妖精の中ではまだ会話の成り立つ子なんだ』
「そうなんですね。でも色々と助かりました。ありがとうございます」
一応、死んだところを助けてもらったんだから、お礼を言っておくべきよね。
そう思って改めてお礼を言うと、優しい声で笑って私の頭を撫でてくれた。
『気にするな。我にとっても来てくれて有り難かったのだからな。では何かあったらいつなりと呼びなさい。必ずや力になろう。では、ここでの生活をゆっくりと楽しんでくれたまえ』
言いたいことだけ言うと、謎のイケボの創造神様は、私の質問を聞く事も無くあっという間にビオラごと消えてしまった。
「おお、直々のお越しは久し振りだな」
「そりゃあ、新たな柱の竜の誕生だ。顔ぐらい見にくるだろうさ」
マーカスとファイサルさんが、二人揃ってうんうんと頷き合っている。
「相変わらず、良い声よね」
「そうよね、確かに良い声だわ」
「本当にそうよね。一度でいいから、ご本人のお顔を見てみたいものね」
女性三人も、同じ様にうんうんと頷き合っている。
「え、ちょっと待って。トゥーマリーク様って貴方達も会った事無いの?」
まさかの事に驚いてそう聞くと、全員揃って頷いてる。
「あんな風に、いつもビオラ経由で声だけ届けてくれる。だから俺達も直接会った事はないよ。恐らくだが、俺達の様な血肉を持った身体は無いのではないかと俺は思ってるよ」
ああ、成る程。まあ、神様ですものね。きっと遠くから私達を画面越しに見てる様な感じ?
「あ、そっか。ここは彼が全部自分で作ったRPGの世界だと思えば説明は付くわね。作った世界には、声は届けられても実際に中に入る事は出来ない。よし、この考え方で多分間違ってないわね」
何とか納得出来る理由を思いついたので、これはそう思っておく事にした。
「さて、トゥーマリーク様が仰った様に、これで取り急ぎまずはやらなければならない事は終わりだ。何もなければ一旦解散するが、何か俺達に聞きたい事はあるか?」
改めてマーカスに聞かれて、私は少し考える。
「あ、じゃあいくつか聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
「了解、じゃあこっちへ」
全員揃って、彼の案内で壁面に作られた何だか見覚えの有る大きな扉を潜る。これってもしかして……。
扉を潜った先は、予想どおりに人間サイズの広い部屋だった。
木製のログハウスみたいな感じで、真ん中には大きな木の机と椅子がやっぱり六個置いてある。
「まあ座ってくれ。茶くらい出すぞ」
「マーカスの入れる茶など、私は飲みたく無いねえ」
苦笑いしたデボラさんがそう言い、モルティさんまで一緒になって笑いながら頷いてる。
「俺もそう思うなあ。じゃあ、やっぱりこっちを出すべきか?」
文句を言われてるのに笑いながらそう応えたマーカスは、奥の棚からガラス製の瓶を取り出してきて見せた。中身は琥珀色の液体。
「あれってもしかして、お酒?」
隣に座ってくれているラディウスさんに小さな声で尋ねると、彼女は笑って頷いてくれた。
「そうよ、マーカスが淹れたお茶は香りも味も無いって彼女達から毎回言われてるのよね。いつもデボラが淹れてくれるお茶に比べたら、確かにあれは色水よ。だから、ここで何か話をするなら大抵お酒が出るわね」
何となくマーカスの出身地を思い出して笑ってしまった。そっか、デボラさんはイギリス出身だって言ってたもの。そりゃあ、お茶にはこだわりがあって当然よね。
男性二人がお酒の準備をしてくれるのをのんびりと眺めながら、全く知らない世界で初めて会ったばかりの人達と一緒にいるのに、不思議と寛いでいる自分に密かに驚いてた。
そっか、これが仲間だって事なのね。




