彼女の願いとこれからの事
この後のノートには、街の周辺で採れる薬草や素材などの詳しい説明や、採集のやり方。それから色々な薬の詳しい作り方が細かく書かれてあった。
「ああ! ハンドクリームの作り方発見! ありがとうナディアさん、これは是非とも作らせていただくわ」
なんだか笑ってしまった。ハンドクリームが欲しいと思っていたら、その作り方を手に入れちゃったわ。さすがは異世界ね。
だけど、その後に延々と書かれていた薬の詳しい作り方を読んで困ってしまった。
「ううん、のど飴やハンドクリーム、痛み止めの湿布薬程度なら私でも作れそうだけど、病気や具合の悪い人に飲ませるような効能の強い薬を私が作る自信は無いわね」
さすがに、予備知識無しでそんな無謀な事は出来ない。私は薬剤師ではないもの。
「ごめんね、ナディアさん。せっかく詳しく書いてくれたけど、この部分は、丸ごと私には扱えそうにない専門知識だわ」
そう呟いて首を振ったのだけれど、その後に書かれた内容を見て考え込んでしまった。
この世界の医術はかなり遅れているらしく、施療院などがあるのは湖沿いの大きな街だけで、そのため民間薬はとても重宝されるらしい。もし可能なら薬屋を、調合の知識が無くて無理だと思うなら、せめて薬に使う素材だけでも採集して販売してあげて欲しいと書かれていた。
薬を調合出来る、いわゆる薬師と呼ばれるそれなりに人はいるのだが、肝心の薬の素材を集められるほどの知識と技術のある冒険者は少なく、特に、危険な場所に行かないと手に入らない貴重な素材の確保に、薬師達は皆苦労しているらしい。
それらの貴重な素材の集め方も、当然このノートに全て書かれていて、どうやらそれぞれの柱の竜の眷属達の力を借りれば、それらを確保するのは容易らしい。
「ううん、ここまで言われたら無視するわけにはいかないわね。まあ、その辺りは他の竜の人達にも聞いてみてから判断しましょう」
そこまで呟いて、最後のページをめくるとこう書かれていた。
「私が教えられるのはここまでです。どうかこの新たな世界でのあなた様の生活が、善きものとなりますようお祈り申し上げます」
と、書かれていた。
「ありがとうナディアさん、貴女とゆっくり話がして見たかったわ。きっとお友達になれたでしょうね」
目を閉じてそう呟いて、そっと一旦ノートを閉じた。
それから一つ、深呼吸をしてから目を開いた。
「えっと、それじゃあ他の柱の竜の人達を呼んで欲しいんだけど、お願いできるかしら?」
膝を占領している琥珀を撫でながら、周りを見渡して少し大きな声で話しかける。
その声を聞いた眷属達が、一斉に頷きクルッと回った。
ちなみに琥珀は、瞬時に私の膝から飛び降りて見事に一回転したわよ。びっくり。
予想通りに風が吹き抜けた後、そこにはマーカス達が全員揃って並んでいた。そしてその頭上には、あの不親切チュートリアル改めビオラの姿も。
「読み終わったか?」
笑顔のマーカスにそう言われて、机の上に置いてあったナディアさんのノートを改めてそっと撫でる。
「うん、すごく丁寧に書かれていてよく分かった。それで、後は何をするの?」
「大丈夫なようだな。では、まずは各柱の部屋の道を開けてしまおう」
「柱の部屋への道?」
それってナディアさんのノートに書かれていた、柱への道ってアレよね?
「ああ、そうだ。前の火の竜であるナディアが亡くなって以降、扉は一方通行になっている。ミサキの側からも扉を開けられるようにしておかないとな」
ううん、これまた抽象的な表現だけど、何をするのかしらね?
「じゃあ、順番にいきましょう。まずは私の所へ来て」
超美人のラディウスさんに右手を取られた私は、引かれるままに立ち上がる。
全員が側に来て手を繋ぐ。ラディウスさんの反対の左手を土の竜のモルティさんが繋ぎ、右手でマーカスと繋ぐ。何故だかマーカスは反対の手をファイサルさんと繋いだ。風の竜のデボラさんがファイサルさんと私の間に入ってそれぞれの手を繋いだ。
あ、これって島の各地にある柱の竜の場所と同じね。
「では行くとしよう」
マーカスの声が聞こえた次の瞬間、また光で目が眩む。
光が収まった時、私達が立っていたそこは綺麗な白い石が一面に転がる、洞窟のようなとても広い空間だった。
「ようこそ私の柱の部屋へ。どう、なかなか良い所でしょう?」
得意気なラディウスさんの言葉に半ば呆然と頷く。
「ねえ、今の話からすると……ここって、地図の真ん中上側にあった、光って書かれていたあの場所?」
そこはとても白くて穏やかで静かな空間。ゴツゴツした岩だらけの火山の火口の私の場所とは全然違う。
「え、ええ……すごく静かで綺麗ね」
白い石が全体にぼんやりとした光を放っていて、洞窟の中のようだけど全然暗くない。
手を離した全員が、ラディウスさんの案内で奥へ歩いて行く。当然私もついて行った。
そこにあったのは、先ほど彼らが私のところで作ってくれた全色揃った魔晶石のある円グラフもどきだった。
だけどそのうちの一つだけ、まるでケーキを一切れ食べちゃったみたいにぽっかりと空間が開いている。
色を見てすぐに気がついた。赤い色が無い。
「これってもしかして、ここが火の魔晶石の場所?」
「そう、ナディアがいなくなって道が塞がれてしまったから、ここの魔晶石は増えなくなってしまった。火の魔晶石が必要なところに手持ちの魔晶石は全部配ってしまったから、もう私の所には一欠片も残っていないのよ」
困ったようなラディウスさんの言葉に、私はぽっかりと開いた空間を見つめた。
「茜、出て来てくれる?」
杖を取り出してそう呼びかける。
「はい、ミサキ様」
するりと出て来た茜を撫でてからラディウスさん達を振り返る。
「それで、どうすれば魔晶石をここに出せるようになるの?」
するとマーカスが感心したように腕を組んで頷いた。
「なるほど、こりゃあ確かに優秀だな。まだ何の説明もしていないのに、もうここで自分が何をすべきかを理解してる」
「いや、そんな事で感心されても困るわよ。今までの展開を考えればそれしかないでしょう?」
そう言って肩を竦める私に、全員が笑顔になった。




