96◇女神の召喚
本日複数更新
こちら2話め
男が再び現れた。
「七乙女モナナ! さすがは『稀代の魔道技師』と呼ばれるだけありますね! 私の自信作なんです! 素晴らしいでしょう!?」
「きみは……魔道技師なのか」
モナナのセリフに応じようとした男の首が、飛ぶ。
やつの影から飛び出したマッジがナイフを振るったのだ。
「ピチピチ衣装の嬢ちゃん、無駄だ。さっきので分かった、そいつ――そもそも生きてない」
スワロウの言葉に、マッジが眉を顰める。
「失礼ですね【剣聖】スワロウ。肉体を失って久しいだけで、私は今も生きています。魂が元気なら、命を名乗るのには充分でしょう!?」
男が再び出現する。
「……亡霊が、何故邪神を求めるのです」
「いけませんね【聖女】マリー。自らが信じる神以外を邪神扱いするのは、人間領でも戦争が起こるほど無礼なことでは?」
幽霊になって生き続ける、というのは非常に難しい。
生前の怨念から悪霊になる、なんて話があるように。魂だけになると心のバランスが崩れ、生きていた頃のように振る舞うことが難しくなる。
恨みだけ、怒りだけ、悲しみだけ、喜びだけといったように特定の感情だけが過剰に増幅され、非常に極端な感情表現しか出来ない存在になってしまうのだ。
こいつが霊魂となってまで、魔法や魔道具を利用しているのだとして。
もはや生前のこいつとは違う生き物になっているだろう。
「あんたの未練は?」
俺が尋ねると、男の身体が再び出現し、満面の笑みを浮かべる。
「愛ですよ、【勇者】レイン」
「愛?」
「まだ幼い貴方には分からないかもしれませんね。視線が絡めば頬が熱を持ち、その者のことを考えれば胸が高鳴り、笑顔を見たい、触れたい、触れられたい、求められたい、幸福にしたいという気持ちが溢れて止まらなくなる! そういった気持ちのことです!」
言っていることの全てが分かるわけではない。
だが――。
「少しは分かる気がするよ」
その時、後ろの女性陣に緊張が走った……気がした。
「素晴らしい! 分かりますか!? 己を抑えられず、その者のためならばどんなことでも出来てしまう! それこそが愛なのです! 愛は素晴らしい! 愛こそ全て! その果てに誰を傷つけ誰を不幸にしようとも、相手を喜ばせることが出来たならば、それは素晴らしいこと! そうでしょう!?」
「いや?」
興奮を隠しもせず饒舌に語っていた男が、表情をなくす。
「なに?」
この男の霊魂は、生前何者かに抱いていた『愛』だけが過剰に増幅されているのだと分かる。
だが。
「お前の気持ちは愛で合ってるのかもしれない。けど、やってることはめちゃくちゃ迷惑だ。素晴らしくはない」
「――愛を知らぬクソガキが」
「お前の愛とやらは、そのクソガキに止められるんだよ」
「やってみろ! 愛は止まらない! そして、あの御方は誰にも倒せない!」
男が叫ぶ。
マリーが俺の隣にやってくる。
「レインちゃん。霊魂の位置が分かりました、浄化してもよろしいですね?」
「…………いや、放っておいていい」
儀式がもう止められないなら、この男を浄化しても意味がない。
男が目を丸くし、それから微笑んだ。
その微笑だけは、先程までのような仮面めいたものではなかった。
「――クソガキと言ったこと、訂正しますよ【勇者】レイン。貴方は愛だけでなく、慈しみをも持った真の英雄だ」
男の身体が崩壊していく。
この男は儀式を開始して、それが止められないと分かってから俺の前に現れた。
自分の霊魂も、『裂け目』を開くための生贄に指定していたのだ。
完全に消滅するまでの間に、誰かと話したかったのかもしれない。
「お前のやったことを認めるわけじゃない」
今更こいつを浄化しても、儀式は止まらない。
魔力には余裕を持って儀式を始めただろうか。
「そうですか。私は【勇者】だけを認めています。その紋章を持った者だけが、あの御方を、あの女性を、傷つけることが出来る」
「――なに?」
俺の問いに応える前に、男の肉体が完全に崩壊してしまう。
代わりに、男の立っていた場所に、『裂け目』が出来ていた。
この日の戦いで俺達が放った魔法の残滓と、この戦いに参加してまだ生きていた魔族全ての命と、男の霊魂を捧げて開いた、たった一体の魔族が通る為のゲート。
「入れた。今日は入れた」
現れたのは――。
 




