81◇魔弾再会
本日複数更新です。
こちら1話め。
【賢者】アルケミと、『幻惑の魔女メイジ』の戦いのあと。
「勇者様からの『ご褒美』ですけれど、賢者様は何をお願いなさるんですか?」
「……検討する」
「まぁ! 一つに絞れないくらい沢山あるのですね~? 大変お可愛い勇者様ですから、色々とお願いしたくなるのは分かりますけれどぉ」
「不愉快」
「そう仰らず~」
メイジはアルケミに抱きつこうとするが、杖で胸を押さえられていた。
「あんっ。もう、賢者様ったら。まだ昼時だというのに、大胆なのですから」
「不愉快極まる」
大体の人間はアルケミの無機質な対応に尻込みするものなのだが、メイジは違うようだ。
それだけに、アルケミもどう対応していいか分かっていないようだった。
最終的に、アルケミはメイジを『空間転移』でどこかに飛ばしていた。
「王都の端に飛ばした」
まぁ、それならばなんとか徒歩で帰ってこられるだろう。
「レイン」
「ん?」
「自分は、お前が消えたからといって特に生活に変化はなかった。これまで通り、英雄の責務を果たすだけ。今回の件も、あくまでその延長だ」
『どうかしらねー』
「だが、知っての通り【聖女】マリーは毎夜枕を濡らしながら意味不明な寝言を繰り返していた」
「あぁ、それは俺も知っている」
ヴィヴィからも報告を受けたし、再会した時にマリーも寂しかったと言っていた。
「そして、【魔弾】シュツも、表面上は平静を装いながらレインの所在を探すべく奔走していた」
「……あぁ、それも知ってるよ」
敵性魔族を捕らえては、俺の居場所の手がかりを探していたのだという。
「【軍神】グラディウスから全て想定内だと聞かされた時、シュツは不満げだった。……同じ六英雄として、やつが意気消沈したままというのは好ましくない。故に……つまり……だから……シュツに……」
『シュツに逢いに行ってあげろってこと? 仲間思いなのね』
「……不愉快だ、聖剣」
『素直になれないあんたの通訳してあげてるんじゃない。感謝してほしいくらいよ』
「……」
「話は分かった。俺も、ちゃんと自分の口で説明すべきだよな。それで、今シュツは――」
「やつの居場所ならば見当がつく。『七人組』とやらにバレない内に、急ぎ行って帰ってくるといい」
「いや、今からか?」
アルケミが俺にちょこんと触れた瞬間、景色が切り替わる。
『こういうとこやっぱ六英雄よねッ……!』
自分の都合を自分の能力で押し通すのは、確かに六英雄らしい行動だ。
マリーも、魔族領を単身爆走して俺を探しに来たしな……。
それよりも。
森である。
土も緑も正常ということは、瘴気に侵されていない人類の領域。
風の通り過ぎる音、木々の葉擦れ、小動物の動きや鳥の囁き、それらに混じって微かに聞こえるのは、川のせせらぎか。
いや、それだけではない。
ぴちょんっ、と、水滴が水面を叩くような音が聞こえてきた。
「……まさかシュツ、水浴び中か?」
『……かもね。これもあの賢者の狙いなんでしょう』
「狙いって……」
ミカとの話はそこまで。
俺は聖剣を抜き放ち、振り返りざまに一閃。
金属同士がぶつかり合うことで森に甲高い音が響き渡る。
その音に鳥が驚いて飛び立つまでの一瞬に、相手が更に五回切りつけてくる。
威力それ自体は軽いが、一撃一撃が異様に鋭い。
相手を傷つけぬよう、全て捌く。
反撃は可能だが、するわけにはいかない。
「シュツ! 俺だ! レインだ!」
だって、仲間なのだ。
『そうよ! ていうか普通に出てきなさいよ! 再会即暗殺攻撃ってあんた正気!?』
「……聖剣様。じゃあ、本物……?」
俺が水滴の音を聞きつけてすぐ気配を消し、音もなく背後に忍び寄り、剣鉈で斬りかかってた。
獲物を狩ることにかけては超一流。シュツは元々、狩人だったのである。
『どれだけ疑り深いのよ……』
俺を【勇者】に化けた敵だとでも思っていたようだ。
【魔弾】シュツが剣鉈を放り、俺に近づいてくる。
俺もミカを鞘に収めた。
『ちょ、ちょっとあんた服!』
ミカが慌てたような声を上げる。
シュツは服を着ていなかった。
水浴びの最中に敵の気配がしたら、そんなもの着ている暇はない。
だからその行動は英雄として、戦いに身を置く者としておかしくはない。
シュツの新緑のような髪は肩口まであり、同色の瞳は翡翠のように美しい。
顔の造形は美女とも美男ともとれる中性的なもの。
華奢なのは種族柄で、他にも耳が尖っているという特徴がある。
耳はエレノアたちも長いが、シュツは魔人というわけではない。
そういえばシュツとアルケミは、十年前から姿が変わっていない。
「本当に君なのかい?」
ぺたぺたと、湿った手で俺の顔の形を確かめるシュツ。
シュツの長いまつげの一本一本が見分けられる距離。
漂うのは清浄な森みたいな、澄んだ匂い。シュツの匂いだ。
俺はシュツの首から下に視線が移った瞬間、思考が停止した。
シュツは普段、緑色の外套を装備して身体を、フードを被って耳を隠していた。
一緒に風呂に入ったことはないし、そもそもシュツが服を脱ぐシーンに遭遇したこともない。
だからずっと、俺にとってシュツは性別不詳で。
なのに、今。
胸が……。
大きな胸が……。
シュツについていて……。
白く、瑞々しく、丸みを帯びていて、先端が――。
いやいや、と思考を中断する。
そんな注視してはいけないものだ。
頭が混乱する中、なんとか冷静になろうと努める。
答えは一つなのに、やはり驚きを隠せない。
シュツは――。
「女だったのか……!?」
ここ最近で一番大きな声が出た。
「レイン?」
『あ、そっか。レインは気づいてなかったのね』
俺の存在を確かめるように顔を触っていたシュツが、首を傾げる。
「おんな……? おんな、女……。どうして今そんなこと…………………………あ」
彼女はゆっくりと、視線を俺から、自分の身体に落とす。
「あ、あ、あ、あぁっ!?」
あ、に合わせるように顔の赤みが増していき。
「きゃあっ!」
彼女は自分の胸を押さえて、屈み込んでしまう。
きゃ、きゃあ? あの【魔弾】からそんな声が出るなんて、脳が受け付けない。
『レイン!』
「あ、あぁ」
ミカに声を掛けられ、俺は咄嗟にシュツに背を向ける。
そうだ。ジロジロ見られたら、彼女も恥ずかしいだろう。
「悪い、シュツ」
「うぐぅ……い、いや。きみは悪くない。裸で行動したのはぼくの判断だ。本物のレインだと分かった瞬間、そのことを忘れてしまった。我ながら抜けているな……あは、あはは……」
「いや、敵かと思ったなら服着てる暇なんてないだろうし……」
「見られてしまった……レインに……」
シュツはぼそぼそ言いながら蹲っている。
気まずい時間が流れた。




