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元英雄で、今はヒモ~最強の勇者がブラック人類から離脱してホワイト魔王軍で幸せになる話~【Web版】  作者: 御鷹穂積
第三章◇ヒモでいるために 

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80◇万有属性




「まぁ! なんて素晴らしいのでしょう!」


 演習場の地面がズタズタにされたあと。

 土煙の中から、無傷のメイジが姿を現した。


「……防いだ? いや、有り得ない」


「では何をしたのだと思いますか!?」


 隕石、か。

 メイジの背後に出現したのは、浮遊する燃えた巨岩。


 それがアルケミに向かって放たれる。

 直撃したら、演習場がまるごと消し飛ぶどころではない。


 俺やミカも防御が必要になるし、周辺で働く魔王軍の兵士たちにまで危険が及びかねない。

 ミカの柄に手をかけ、急ぎ結界を準備。


 演習場の外に魔法被害が及ばぬよう、防御壁を展開するイメージ。


「どうされます!? 回避は可能でしょうけれど、果たして賢者様ほどの方がわたくし程度の魔法使いの攻撃を『避けるに値する脅威』と判断されるかどうか!」


 メイジの声が大きく、楽しげなものに変わる。


「無論、値しない」


 アルケミの声は平静そのもの。

 隕石は二人の中間地点で不自然に停止。


 『時空属性』で時の流れを一時停止したのだ。

 そして、パッと手品みたいに消えてしまう。


 『空間属性』で誰にも被害が及ばない場所に転移させたのだ。


「希少属性を連続して二つ……。さすがは六英雄の一角ですわ」


 バタンッ! と、強引に本を閉じるようにして地面が隆起し、メイジを挟み込む。


 アルケミの『土属性』魔法だ。

 普通ならぺちゃんこの死体が出来上がるところだが、メイジの気配は消えていない。


 だが妙だ。

 気配はするのだが、薄靄が掛かっているようで、どうにも気色悪い。


 暗殺者や狩人など、気配を殺すのが得意な者はいるが、今のメイジのような状態は珍しい。


 土壁の挟撃は正しく決まったが、その中(、、、)からメイジが歩いて出てきた。


 まるで、通り抜けてきたみたいに。

 いや、『まるで』、ではないのか。


「素晴らしい! わたくしの性質を一手で暴かんとしたのですね! それで、どうでしょう!? 賢者様にはわたくしのこの魔法の正体が――」


「『万有属性』」


「――――ッ。ご……存じでしたかぁ」


 メイジの表情が一瞬固まる。だが彼女はすぐに微笑んだ。


「ですが、知っていても無駄です。今のわたくしは確かに此処に存在しながら、違う場所にいるようなもの。敵はわたくしが攻撃を不可思議な方法で避けていると勘違いし、見当違いな対策を講じる。賢者様はどういうわけかご存知だったようですが、攻撃が当たらないのは同じこです」


 なるほど、彼女の魔法に、敵は惑わされるだけ。

 『幻惑の魔女』の異名はそこからとられているのか。


 希少度で言えば、『時空属性』よりもずっと上。

 時代が違えば、メイジは世界最強の魔法使いになれたかもしれない。

 アルケミより前の【賢者】の時代であれば、きっとそうなっていただろう。


「予告しよう」


「……? なんです?」


「次の一撃で終わる」


 アルケミの杖の先端に、光が集まる。

 『光熱属性』による熱線を放つつもりのようだ。


「ふふ、無駄ですよ。その魔法ではわたくしは倒せません」


 光線が放たれた。

 そして、アルケミの予告通り、試合が終了する。


 熱線はメイジの杖の上部を通り過ぎ、これを灼き溶かしたのち、消えた。


「……はい?」


 メイジはぽかんとしている。

 攻撃を透過する今の彼女の性質は、装備にも反映される。


 だから普通の攻撃が当たる筈がないのだ。

 だが、メイジは致命的な思い違いをしていた。


 歴代最強の【賢者】であるアルケミは――。 


「他人が思い至る魔法で、自分が修めていない魔法はない」


 あらゆる魔法を極めているのだ。

 メイジは一瞬だけ、唇を悔しそうに歪めた。


「――ふ、ふふ。なるほどぉ、これは完敗ですね」


 それでも次の瞬間には、にこやかに語りだす。


「ちなみに賢者様、『万有属性』はどのように習得を? わたくしは『無欠王』とかいう頭の悪そうな異名の魔族との戦いに着想を得たのですが……」


 メイジが『王』クラスとの戦いを生き延びた強者であることがさらりと明かされたが、それはおいておこう。


 おそらくその『無欠王』はあらゆる攻撃を無効化しながら、その状態で自分だけは攻撃を放ってくるという無茶苦茶な敵だった筈。

 俺達も経験がある。


「『浄化の魔法しか効かぬ悪霊』『夢の世界でしか殺せぬ夢魔』そして『通常の攻撃手段が一切通用しない存在』。これらが、自分は以前から不愉快だった。理屈に合わないからだ」


 この説明を、俺は昔聞いたことがある。

 ちなみに『決して壊れぬ聖剣』もこの中に入っていたのだが、今回は口にしないようだ。


 前はミカがいない時に話してくれたので、アルケミなりの気遣いなのかもしれない。

 うるさくて話が進まないだろうから省いた、という方がアルケミらしいかもしれないが。


「……なるほど、一度の強敵ではなく、既に対策が確立している敵への違和感まで掬い上げて……一つの属性を導き出した、と」


 昔アルケミがしてくれた説明を思い出す。

 確か、こんな話だった。


 普通の白い紙に、人を描く。

 その上に透明な紙を重ね、一人目の隣に人を描く。

 上から見ると、二人は隣り合っているように見える。


 だが実際は、異なる紙に描かれているので、この二人が触れ合うことは出来ない。

 通常攻撃が幽霊に効かないのは、幽霊の『存在』が透明の紙に描かれているからだ。

 普通の紙に描かれている俺達では、やつらが見えても触れられない。


 だが幽霊がこちらに干渉してくることがあるように、異なる紙に影響を及ぼす方法はあるのだ。

 悪霊を撃退するために使われる『浄化魔法』は、『幽霊の紙』へ干渉する力が込められている。


 俺達人間を『普通の紙に描かれた生き物』とした場合、『異なる紙に描かれた生き物』に干渉する方法は存在する。

 アルケミはこれを解明しようとし、そうして『万有属性』を編み出した。


 『ありとあらゆる紙へ干渉する属性』だ。


 これによって、メイジがやったように己の存在を別の紙に移すことで幽霊のように通常攻撃を無効化したりできる。


 そしてアルケミのように、自分の攻撃魔法に付与することでそれを別の紙に干渉させることができる。


 アルケミは熱線を、メイジの描かれていた紙に移動させたのだ。

 だからあの一撃はメイジの杖を破壊できた。


「レイン」


 アルケミが俺の前までやってくる。


「ん、あぁ。この勝負、アルケミの勝ちだな」


『よくやったわ!』


「そのような言葉、どうでもいい。それよりも、勝者の権利を行使したい」


「勝者の権利っていうと……俺からご褒美があるとかいう」


 アルケミが気にしていたとは意外だ。

 あくまでメイジに使われないように勝負を引き受けたとばかり思っていた。


「そうだ」


「いいけど、アルケミが俺にしてほしいこととか、あるのか?」


「一つある。今後『幻惑の魔女メイジ』との関わりを断つように」


「ちょっと待ってください! あまりに残酷では!?」


 話を聞いていたメイジが驚いた顔をして駆け寄ってくる。


「貴嬢がレインに干渉しない。これが自分への何よりの褒美となる」


「わー、英雄様って結構陰湿なんですねー」


「不愉快」


「ネガティブ方面のお願いではなく、もっと自分の嬉しいものをお願いすべきでは? デートしましょうとかー、抱きしめてくださいとかー、そういう胸キュンな感じのー」


「レイン、自分の褒美は問題ないか?」


 アルケミはメイジを無視した。


「う、うぅん……」


「ほ、ほら! 勇者様も嫌がっているではないですか! そうだ、人間関係を制限したら過去の繰り返しじゃないですかぁ! エレノアちゃんたちが激怒しちゃいますよ!」


「――む」


 アルケミが反応した。

 ここぞとばかりにメイジが切り込む。


「その過ちが勇者様の離反を招いたのですから、繰り返すべきではないのでは!? 時には相容れない者もおりましょう! 美人で胸も大きくて魔法の才能豊かでコミュ力高くて良妻賢母間違いなしだなぁというわたくしのような美女も世にはおります! それが気に食わないのも無理はありません! しかし、誰とどう付き合うかは当人が決めるもの! 勇者様の人生、このような試合の褒美程度で歪めてはなりません! えぇ、そうは思いませんか!」


「黙れ」


 アルケミがメイジに杖を向ける。


「ひぃぃん。助けてくださいダーリン、賢者様が怖いですぅ」


 メイジが涙目になって俺の後ろに隠れる。彼女の方が大きいので、屈んでも隠れきれていない。

 アルケミが杖を握る手に、更に力が込められた。


『……この女はあたしも超むかつくけど、一理あるわ。ご褒美は別のにしなさい、アルケミ』

「聖剣の助言は不要」


『やっぱこいつもむかつく!』


 二人の団結もここまでのようだ。


「……だが、褒美の件では撤回する」


 メイジがホッとした様子で胸を押さえている。


「よかったです。わたくしと勇者様のラブラブ新婚ルートがここで断たれるかも思うともう不安で不安で」


『レイン、やっぱこいつと関わるのだけはやめない? 他は自由でいいから』


「ちょっと聖剣様!? いえ、勇者様にとって姉同然ということ、わたくしにとっては未来の義姉様ですね。お義姉様、話を聞いてください」


『だぁれがあんたの姉か!』


 こうして、魔王軍最強の魔法使いと人類最強の魔法使いの戦いが決着。

 ミカの警戒する相手が一人増えたのだった。



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