79◇最強の魔法使い対決
「余程、命が惜しくないと見える」
「魔法のお師匠様は、弟子の性教育にまで口出しされるのですか?」
ギロリ、とアルケミの視線がメイジを射抜く。
「――受けて立つ」
それは、勝負を受けるとの言葉。
「まぁ! それはそれは、とっても嬉しいですわ」
メイジは俺から離れることなく、本当に嬉しそうな声を出す。
『いいからレインから離れなさいよ痴女魔女!』
「これは失礼を」
メイジはさっと俺から離れたが、まだ俺を見ていた。
「ご褒美に関しては本気ですので、ご一考を。わたくし、自分より強い殿方しか愛せませんの。そして、出来ればその強さは魔法使いとしてのものであるとありがたく。戦い方こそ魔法戦士であるものの、賢者様の魔法を全て受け継いだ勇者様は、まさに最高のお相手」
「自分の弟子を痴女の種馬にはさせない」
「ひどいですわ。聖剣様も賢者様も、人をいやらしい女みたいに……うぅ」
メイジは目に涙を浮かべてぽろぽろと泣き出すが、本心で悲しんでいるようには思えなかった。
仕草のほとんどに、演出されているような違和感があるのだ。
感情が込められていたのは、魔法使いとしてアルケミと戦いたいという部分。
魔法使いとしてのプライドは本物なのだろう。
『ついさっき自分がしたことも思い出せないようね!』
「記憶力に深刻な問題がある様子」
何故か少し前からミカとアルケミの意見が一致している。
共通の敵を前に、敵対勢力同士が団結することがあるが、それと同じだろうか。
結局、メイジの思い通りに手合わせが成立してしまった。
普通に頼んでもアルケミが断ると考えて、弟子である俺を利用しようと考えたのか。
俺としては、アルケミがあそこで怒ったことが意外なのだが……。
とにかく、魔族と人類の魔法使い代表同士が戦うことになった。
◇
場所を移動して、魔王軍の演習場。
俺は審判として二人と一緒だ。
子供達はフェリスに任せた。
フェリスはメイジを見て困ったような顔をしたが、子供達のことは引き受けてくれた。
「ふふ。なんという良い日でしょうか! 四天王のエレノアちゃんとマッジちゃんそして筆頭情報官のヴィヴィちゃんは会議! ミュリ様の護衛役であるレジーちゃんと、魔法学院の講師であるルートちゃんは勤務中! 魔道技師のモナナちゃんは急なお仕事で仕事部屋に籠もりきり! フローレンスちゃんは『レイン祭』の準備に大忙し! ここまでの好条件が揃っている中、なんと賢者様が勇者様に逢いに来たというのですから、本当にわたくしは幸運です」
「……役職的には、あんたも会議に出席しないといけないんじゃないか?」
俺は呼ばれていないが、会議の内容はあとで教えてもらえるだろう。
可能な限り、俺の『普通』の生活を邪魔しないよう、気を遣ってもらっているようだった。
「お父様が出ているので問題ございません」
『私闘を優先する最強の魔法使いって、なんか嫌ね』
「最強だなんて、聖剣様。それはこれから証明するものですわ」
『都合のいい耳してるわ、ほんと』
「無駄話は不要。勝敗をどう決するかの説明を」
「そうですわねぇ……」
メイジは自分のつややかな唇を、つつつ、と撫でる。
悩ましげな仕草一つが、ひどく妖艶に映った。
「……ちっ」
アルケミの方から舌打ちが聞こえた気がした。
『ちっ』
ミカは明確に舌打ちしている。
「命のやりとりに限りなく近く、互いが勝敗に納得できるとなると――杖の破壊、はいかがでしょうか?」
魔法使いの杖は、流した魔力を洗練する。
天然の魔力溜まりは人の『不完全なイメージ』さえ現実にしてしまうほど、『願いを叶える力』が強い。
それだけ魔力が多く、同時に濃いのだ。
一度の魔法に使う魔力を多く、濃くできれば、当然威力が増す。
杖はそれを助けてくれるわけだ。
聖剣であるミカにも同様の効果がある。
二人の杖より、ミカの方が魔力の洗練速度と容量が上だ。
彼女の場合は更に魔法構築の補助までしてくれる。
聖剣がなくとも俺は最強の【勇者】だが、ミカがいてくれることでより強く、戦いやすくなるわけだ。
『……今、あたしのことを誰かが褒めたような』
妙な感覚を発揮するミカだった。
「その条件で問題ない」
アルケミが承諾し、勝利条件が決まる。
「それ以外は自由ということでよろしいですか?」
「一ついいか?」
俺が手を上げると、メイジが目を丸くした。
「なんでしょう、未来の旦那様」
『だーれが旦那よ誰が! うちのレインはあんたなんかに渡さないんだから!』
騒ぐミカは放置。
「もしどちらかが死にそうになったら、悪いけど俺が止めるよ」
「どちらか?」
アルケミが俺を冷たい瞳で見つめる。
「レイン、死者を出さぬよう気を回すのはいいが、対象は明確にしろ。自分がこの魔女を危うく死なせかけたら、お前が助けてやるといい」
「あらあら、勝負とは何が起きるか分からないもの。愛しのダーリンの懸念は尤もでは?」
『だぁりんだぁ!? こいつの距離の詰め方過去一で腹が立つんだけど!』
落ち着け、と俺はミカの鞘をぽんぽんと撫でる。
「不要だ」
「そうですかぁ。では未来のパパさん? 未来のママさんがピンチになった時だけ、颯爽と駆けつけてくださいね?」
ミカが言葉にならない声で喚き散らした。
◇
ルールが決まり、ようやく模擬戦開始となる。
正直、俺にはどちらが勝つか分かっていた。
いや、メイジが言ったように勝負とは何が起こるか分からないものではあるのだが……。
「じゃあ、これからアルケミ対メイジの勝負を始める」
審判といっても、何を言えばいいのか。
観戦者もいない中、三人と聖剣ミカだけの空間に、俺の声が響く。
アルケミが杖を構え、メイジが俺にウィンクした。
ミカは小声で呪詛を吐いている。本格的にメイジを嫌いになっているようだ。
「それでは――始め」
瞬間、アルケミの杖に莫大な魔力が流れ込み、即座に魔法へと変換される。
発動したのは、風刃だ。
驚くべきはその数。
空を埋め尽くす勢いで展開された無数の刃が、メイジに降り注ぐ。
『行きなさいロリ賢者! デカ痴女を八つ裂きにするのよ!』
初手で介入すべきかと俺が動き出す寸前、メイジが笑っていることに気づいた。
 




