75◇賢者到来
「発見」
ある日、王城内に設けられた王族用の遊び場――遊具が並んでいて、最近の利用者は主に魔王の娘ミュリや、チビ達だ――のベンチでぼんやりしていると、目の前に誰かがやってきた。
近くで遊んでいた子供達は、「誰だろう?」という顔でこちらを見ている。
だが、俺はその人物を知っていた。
『げっ』
聖剣ミカが天敵でも見たように言う。
まぁ、間違ってはいないかもしれない。
彼女は、聖剣をも破壊する魔法を生み出した、人類最高峰の魔法使いなのだから。
「不肖の弟子レイン、世界の危機に何を呆けている」
いかにも魔法使いといったローブを纏い、自分の身長よりも背の高い杖を持っている。
二つに結ったピンクの髪は肩から前に垂らされていて、彼女には時折それをくるくると指で巻くクセがある。
容姿だけみると、まるで子供のよう。
十五歳にしては小柄な俺よりも背が低い。
知り合いで言うと、魔道技師のモナナよりももっと小さい。
「久しぶり……ってほどでもないか」
「最後に顔を見てから数ヶ月と経っていない。この再会を久しく思うか……。なるほど、逃走後の生活はよほど濃密だったと見える」
マッジの無表情はなんとなく感情が読めるが、こいつの無表情からは何も感じ取れない。
どこか冷たく響くのみだ。
だからといって怒っているわけでも不機嫌なわけでもないようなのだが……。
『何の用よ冷血【賢者】!』
そう、彼女こそは人類の六英雄が一人――【賢者】アルケミ。
歴代最強というだけでなく、あらゆる属性の魔法を極め、新たな魔法を創生することさえも可能とした天才。
「聖剣に用はない。故に話しかけてすらいない。弟子と師の会話に割り込むのは遠慮してもらおう」
『あたしとレインは一心同体なのよ! レインに話しかけるということは、あたしに話しかけるのと同じだと思いなさい!』
「不可能」
『むかつく!』
聖剣さえ破壊する魔法を生み出したアルケミが、ミカは好きになれないらしい。
「それよりアルケミ、お前さ……」
俺は、気づいたことに触れるべきかどうか悩んだ。
そこへウサ耳のキャロがやってくる。
「こんにちは!」
アルケミは彼女を一瞥し、溜息。
「あぁ、こんにちは」
最低限の礼儀とばかりに、挨拶を返す。
「きみ、お名前は?」
「きみ、だと……? アルケミだ。【賢者】アルケミ」
「キャロはキャロだよ! よろしくね、アルケミちゃん!」
「アルケミちゃん、だと……?」
――あ。
キャロはアルケミを、同年代の童女だと思っているのか!
「ん? ケンジャ、ってなに?」
こてんっと首を傾げるキャロ。
『ぶふっ! 肩書き名乗れば通じると思っただろうけど残念だったわね!』
ミカがわざとらしく吹き出す。
アルケミが魔力を練るのがわかった。
「――お、おいアルケミ! それ魔剣破壊の魔法だろ!」
魔剣は元々聖剣だった存在なので、それを破壊する魔法はミカにも効く。
『んなッ!? レインこいつ敵よ敵! 戦闘態勢!』
アルケミの魔力が落ち着く。
「冗談だ」
『笑い事じゃないんだけど!? 人の首に剣を添えて笑うくらい悪質なんだけど!?』
「六英雄の格を落とすことは、人類の希望を貶めることに繋がる。聖剣こそ、軽々しく六英雄を嘲笑するのは控えた方がいい。それは、人類への敵対行為だ」
『ぐぬぬ! あぁ言えばこう言うヤツね!!』
「驚いたな。こちらも同じことを考えていた」
アルケミの表情は変わらない。
ミカとアルケミは相性が悪いようだ。
「うぅん……? ろくえいゆう……ロクエイユウ……あ!」
何かを考えるように首をひねっていたキャロが、突然大声を上げた。
そして俺とアルケミの間に割って入るように立つ。
「みんな集合!」
キャロの呼びかけで子供達が集まってくる。
「この子、六英雄だよ! おねーちゃんごっこの人と同じ!」
子供達が、アルケミを警戒するのがわかった。
『おねーちゃんごっこ……あぁ、あの自称姉のことね』
【聖女】マリーのことだろうか。
「またゆうしゃくんを連れて行こうとしてるの!? だめだからね!」
キャロにしては珍しく、断固とした口調だ。
狐耳のウルは俺が連れて行かれないようにか、服の裾を掴んでくる。
霊獣白狐は、小狐化してウルの肩に乗っている。こちらは事情を知っているので冷静だ。
そうなのだ。
子供達には事情を話していなかった。
「大丈夫。マリーの時と同じで、こっちとも話し合いで解決したから」
「……ほんと?」
キャロが不安そうに俺を見た。
安心させるように力強く頷く。
「本当だ。この国からいなくなったりはしないよ」
そこまで言うと、ようやく子供達が安堵したような顔を見せた。
「ごめんねアルケミちゃん。疑っちゃって」
「……謝罪を受け入れよう」
「じゃあ、仲直り?」
「仲違いするほど、互いを知らんだろう」
「? なかがた……たがたが……?」
「……もういい、仲直りだ」
「うん! そしたら一緒に遊ぶ?」
「遠慮する。そもそも、童女キャロよ、君は勘違いしている」
「ねぇ、キャロ気になってたんだけどね」
「話を聞け」
「アルケミちゃんって――お胸すっごく大きいね!」
そうなのである。
アルケミは、俺の記憶では、胸が小さかった。
それこそ、普通の童女と間違われるくらいに。
だが今は『七人組』に負けず劣らずの存在感が、胸部から放たれている。
「人の身体的特徴を大声で指摘するのは、些か無礼ではないか」
「アルケミちゃん、怒った? お胸の話いやだった? ごめんね?」
「君とて、初対面の人間に『耳が異様に長いな』と言われれば愉快ではあるまい?」
「キャロの耳はねー、遠くまでよく聞こえるよ! あとね、こうやって――」
キャロが集中した顔になると、ウサ耳がぴこっと揺れ動き、そして俺の手にぺしっと当たる。
「頑張ればちょっと動かせるんだー」
「……君は己の身体的特徴に触れられることに拒否感がないということか、理解した。的確な比喩でなかったことを認めよう」
「つまりだな、キャロ。本人が気にしてるかもしれないから、見た目で驚くことがあっても、それを聞くのは、あまりよくないんだ。その人にとって、言われたら嫌なことかもしれないだろ?」
「そっか……。そうだね、キャロ気をつけるよ!」
「よろしい。加えて、童女キャロよ。自分の年齢は二……レインよりも上だ」
「えー!?」
これには子供たち全員が驚く。
「驚くのも無理はない。もういいだろうか? 自分とレインの話が中断されたままだ」
アルケミが相変わらずの無表情で言った。




