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元英雄で、今はヒモ~最強の勇者がブラック人類から離脱してホワイト魔王軍で幸せになる話~【Web版】  作者: 御鷹穂積
第三章◇ヒモでいるために 

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62◇いい湯の前に

 



 一面の銀世界だった。

 見渡す大地全てが、雪に覆われている。

 空は晴れ渡っているが、気温は低い。


 エレノアの『空間転移』でやってきた俺たち以外に、人の気配はない。

 彼女が周囲に視線を巡らせて、言う。


「綺麗ですね」


 白銀の長髪に青い瞳のエレノアは、目を離すとこの景色に溶けて消えてしまいそうで、少し不安になる。

 だがそれは杞憂だった。


 陽光をきらきらと反射する彼女の髪は、この雪原全ての輝きを集めても太刀打ちできないほどに美しい。


「あぁ、綺麗だな」


 俺は頷く。

 しばらくして、首を傾げる。


「そういえば、温泉は?」


 今日は温泉旅行の予定だったはず。


「フローレンスが作らせた施設があるのですが、ここはそこから少し離れた位置になります」


 そう、王都の賭場全てを支配下におくやりての商人フローレンスは、王都の外にも土地を持っていた。

 その一つが、温泉のある別荘。


 フローレンスは俺と二人きりで行くつもりだったようだが、計画は即座にみんなに伝わり、なんやかんやって大人数での参加となった。

 表向き悔しそうな顔をしつつも、フローレンスは楽しそうに見えた。


 なんだかんでで『七人組』は仲が良いのだろう。


「歩いて移動するのか? 俺はいいけど、チビたちは辛いだろう」


 今は俺とエレノアだけ。

 俺も『空間転移』が使えるが、移動先を知っておく必要がある。


 だから一旦、エレノアに連れてきてもらったのだ。

 これから二人で戻って、みんなを別荘に転移させるものだと思っていたのだが。


「いえ、ここは言わば……遊び場ですね」


「遊び場」


「詳しくは後ほど……。ご安心を、このあたりもフローレンスの土地なので、周囲の迷惑などは気にする必要はないとのことです」


 規格外のお金持ちだな、フローレンス……。


 俺たちは一度王都に戻り、チビたちに防寒具を着せたりして、準備を整える。


 俺は勇者としての装備の上に、大きな外套を一枚。

 腰には聖剣ミカ。

 首には、小さくなった霊獣白狐がくるりと巻き付いてきた。


 今回のメンバーは――。


 魔王軍四天王の魔法剣士――『白銀の跳躍者エレノア』。


 魔法学院の講師――『聖結界ルート』。


 魔王軍の王族警護兼専属メイド――『殲滅兵器レジー』。


 魔王軍筆頭情報官――『天網のヴィヴィ』。


 魔王軍唯一の魔道技師――『稀代の魔道技師モナナ』。


 魔王軍四天王の暗殺者――『静かなる暗殺者マッジ』。


 王都で絶大な影響力を持つ大商人――『完全無欠のフローレンス』。


 と、『七人組』は全員参加。


 ウサ耳のキャロや、狐耳のウルなど、総勢六人の子どもたちもみんないる。


 あとは俺の専属メイドであり、レジーの姉でもあるフェリスもいた。


 それと、フローレンスの執事である羊の亜人の女性セリーヌもだ。


 かなりの大所帯になったが、まぁなんとかなるだろう。

 俺とエレノアの魔法で、みんなを雪原に転移させる。


 子供たちからわぁっと声が上がり、女性陣も雪景色に感嘆の声を漏らす。


「遊び場とか行ってたけど、何をするんだろうな」


『英雄の任務からしたら、雪って邪魔者だものね』


 ミカの発言に、俺は小さく頷く。

 英雄時代と違い、美しい景色を楽しむ心のゆとりも出来てきた俺。


 それでもやはり、雪に遊びのイメージはない。

 移動速度は落ちるし、体温も奪われるし、そこに吹雪が重なると視界まで悪くなる。


「ゆうしゃくーん!」


 雪原でぴょんぴょんと跳ねていたキャロが俺を呼んだ。

 視線を向けると、彼女が何かを投げているところだった。


 雪を丸めた球のようだ。

 ひょろひょろと、それが俺に向かって飛んでくる。


 魔法で防ぐのも避けるのも容易いのだが、何かの遊びかもしれない。

 ひとまず受け止めようとしたのだが、それは叶わなかった。


 俺の横から素早く飛び出した黒い影が、対処してしまったからだ。


 漆黒の髪の、小柄な魔人の少女だ。俺と同年代か、少し上くらいに見える。

 ぴちっとした衣装に身を包み、手にはナイフ。

 最後の七人組、マッジだ。


 彼女が刃を一閃させると、キャロの雪玉が真っ二つに断たれる。


「大丈夫? レイン様」


「え、あ、あぁ。大丈夫だ」


 俺が応えると、彼女は「そう」と頷いた。

 どうやら守ってくれたらしい。


「すっごーい!」


 戸惑う俺とは対照的に、子供たちは大はしゃぎ。

 キャロ以外も俺――というかマッジに向かって小さな雪玉を投げ始める。


「……無駄」


 それをマッジは素早いナイフ捌きで刻んでいく。


「こういう遊びなのか?」


『刃物使う遊びとか怖すぎるでしょ』


 その時、黒髪メイドのフェリスが俺の耳許に口を寄せ、説明してくれた。

 ほう、と耳に当たる温かい吐息がくすぐったい。


「マッジ様のようにナイフを使われることはありませんが、雪玉を投げ合う遊びは存在いたします。雪投げ、などと言うようですね」


「へぇ」


 俺は屈んで雪に触れる。すごく柔らかい。それを球状に固めて、充分に手加減してから、キャロに向かって放る。


 それはキャロの肩に命中し、ぱらぱらと雪を散らす。

 キャロは楽しそうに笑うと、俺に当て返すべく、雪玉の作成に入る。


 相変わらず、子供たちの雪玉はマッジに全て真っ二つにされていた。


「お、おほん。本日はわたくしの保有するこの地に――って話を聞きなさいな!」


 フローレンスの叫びが響く。

 地主である彼女の挨拶を、誰も聞いていなかった。


「ん?」


 魔力を感じた。

 だが悪意は感じられない。

 俺の頭の上に、柔らかい雪玉が落ちた。


 衝撃はほとんどないが、雪の冷たさに一瞬体がぶるっと震えた。

 顔に掛かった雪を払うと、びっくりした様子で振り返るマッジの顔が。


「ごめん……レイン様。油断した」


「いや、今のは仕方ないよ」


 雪玉は俺の頭上に『転移』してきたのだ。


 珍しく、エレノアが悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「隙きありです、レインさま」


「遊びでも……勝負事なら負けられないな」


 俺はニヤッと笑い、応戦すべく雪玉を作り始める。


「……わ、わたくしの完璧な温泉プランが……」


「そのようなもの、皆様に露見した時点で破綻したようなものでございます、お嬢様」


 フローレンスとセリーヌの主従コンビによる会話が、聞こえてきたような……。




今週分の更新です!


書籍版2巻も発売中となります!


引き続きよろしくお願いいたします。

ではでは!

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