56◇フローレンスの想い
玄関につくと、いつの間にかセリーヌが立っていた。
野外劇場からここに来るまでの馬車には乗っていなかった、羊の執事だ。
「おかえりなさいませ、お嬢様、旦那様」
「だ、旦那様?」
これが俺の家で、セリーヌの執事という立場を考えると、おかしくはないのか?
「ご挨拶が遅れました。私、セリーヌと申します。お嬢様の秘書を務めております」
「あ、あぁ。俺はレイン、よろしくな」
「私の業務の一つに、このレイン邸の管理維持、また旦那様の到着後はお嬢様との仲介というものがございまして、以後お逢いする機会など増えるかと思いますが、よろしくお願い致します」
セリーヌは丁寧に一礼した。
「えぇと、まだここに住むって決めたわけじゃないんだ」
「左様でございますか。何かご不満でも?」
「そうじゃないけど」
「まぁまぁセバスちゃん」
「セリーヌです」
のちにフローレンスに聞いたところによると、セリーヌをセバスちゃんと呼ぶのは『執事といえばセバスチャンだから』らしかった。
よくわからないが、執事によくある名前なのかもしれない。
セリーヌは女性だから、ちゃん付けのようにしているのか。
「まずは案内して差し上げなさいな」
「……そうでございますね」
扉を開けると、メイドがずらりと並び、出迎えてくれた。
「いつレイン様が来てもよいようにと、常駐のメイドと執事、庭師がいますのよ!」
フローレンスは簡単に言うが、それはかなりの費用が掛かっているのではないか。
その後、これまた俺が描かれた巨大な肖像画の飾られた玄関ホールを通り過ぎ、屋敷の中二人に案内してもらうことに。
とにかく、無限にあるのではないかと錯覚するほどの部屋数に圧倒された。
施設としては他に、大人数で楽しめる屋外プール、見事な庭園、運動場などもあった。
「本当にすごいな……」
俺たちは庭に建てられているガゼボに来ていた。
柱と屋根だけの簡易建造物だ。
この屋敷では、庭の花を眺めたりお茶を飲んだりするのを想定して造られたのだとか。
屋根の下には、テーブルと椅子が配置されている。
俺とフローレンスは向かい合って座り、セリーヌが持ってきてくれたお茶と焼き菓子を楽しんでいた。
主のためか、セリーヌは席を外す。
「いかがでしたかしら、レイン様」
「うん、いいところだな」
フローレンスが嬉しそうに微笑み、自分の手と手を合わせる。
「そうでしょうそうでしょう? 王城の客室も素晴らしいですが、やはりご自身の城、帰るべき場所というのを持つのは大切なことかと」
「そうなのかもしれないな……」
「えぇ。現在共に過ごされているという子供たちはもちろん、レイン様がお望みならば他の者に関してもこちらの屋敷で過ごせるよう手配しましょう。確か、レジーの姉がレイン様付きのメイドになっているとか」
俺との再会はエレノアに阻まれていたものの、他の『七人組』と俺の話題になることはあったようだ。
フェリスの件はレジーから聞いたのだとか。
「そうだな、ここは本当にいいところだと思うよ」
「……でも、と続きそうですわね」
英雄時代も、俺たちに住居を与えようとする者たちはいた。
だがそういった者たちの申し出は、俺たちをその場に留めようという打算からきていたものだ。
英雄の力を独占したいという、欲。
だがフローレンスは違う。
他の『七人組』と同じく、俺の幸福を願い、帰るべき場所を用意しようとしてくれたのだ。
「でも、すぐには決められない」
フローレンスは一瞬だけ悲しげに目を伏せたが、すぐに微笑んだ。
「では、いずれ答えが出た際にはお聞かせくださいませ」
「あぁ、わかった」
もう夕方だ。あたりは橙色の光に照らされ、庭の景色は幻想的なものとなっている。
俺は立ち上がり、それを眺めた。
「フローレンス」
「なんでしょう」
彼女を見る。
「再会できるかわからない俺のために、家を用意してくれてありがとう」
フローレンスが固まる。
そして、バッと扇を広げ、自分の顔を隠した。
彼女の顔が赤くなっているのは、扇で隠しきれいない耳が染まっていることで気づいた。
「も、もったいないお言葉ですわ……わたくしはただ、レイン様に受けた恩のほんの僅かでも、貴方様にお返しできればと思っていただけでして……」
「その気持ちが嬉しいよ」
「はぅっ……きょ、今日だけでも泊まっていかれませんか? わたくしが最高のもてなしをさせていただきますが?」
「ごめん、今日は帰るよ。みんなに何も言ってないし。でも、泊まるのはいいかもな。今度、みんなを連れてきてもいいか?」
「もちろんです!」
扇から顔を出したフローレンスが表情を輝かせて即答する。
だがすぐに寂しそうな顔になった。
「しかしわたくしとレイン様が逢うことをエレノアは快く思っていないようでして……。ここで会うのが最後となるやもしれません……うぅ」
扇で口許を隠しつつ、涙目になるフローレンス。
それから上目遣いに俺を見上げる。
「二人の間に何があるかはわからないけど、嫌い合ってるわけじゃないんだろ?」
フローレンスから、エレノアに対する憎しみのようなものは感じられない。
「それは、まぁ。進む道は分かれましたが、同じ苦しみを乗り越えた仲ですし……」
「それなら、歩み寄れるんじゃないか? 今度話し合う場を設けよう。戻ったらエレノアに相談してみるよ」
「レイン様がそう仰るのであれば、努力いたしましょう」
そろそろ帰るべく、それは『空間転移』の魔法を練り上げる。
発動前、フローレンスに声を掛けた。
「何かあったら、他のみんなみたいに訪ねてきてくれていいから」
「では毎日参ります」
「毎日は少し困るけど……」
「では一日置きといたします」
「……そこはまぁ、また今度話すとして」
話題を変えるべく、頭に浮かんだことを口にする。
「あ、そうだ。祭りの案内をしてくれよ。いや、主催者だから忙しいか?」
「まったく問題ありませんわ! わたくしに全てお任せください!」
「楽しみにしてる」
そして、俺は魔王城にある、自分の部屋に戻った。
今週分です。
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