51◇元聖剣で、今は美女(中)
「海よ!!!!!!」
翌日の昼のことだ。
俺たちは、以前やってきた無人島に『空間転移』で来ていた。
ただしメンバーが前回と違う。
チビたちや、俺の学友であるフリップとジュラルもいない。
俺、ミカ、ルート、モナナ、ヴィヴィの五人だ。
メンバーを集めたのはミカだ。
魔法学院の教師でもあるルートは、ミカと親しい。
またモナナは、人化の件で世話になったことで声を掛けたらしい。
ヴィヴィだけは少し事情が違う。
出発の直前に集合場所に現れたので、もしよければと俺が誘ったのだ。
ルートとモナナが少し悔しそうな顔をしていたが、何かあったのだろうか。
そんなわけで、海である。
太陽の光で熱を持つ砂浜に、綺麗な青空、そして穏やかな海。
「ふっ、甘かったわねルート、モナナ。このあたしの情報網を掻い潜れるとでも?」
ヴィヴィは今日も拷問官ふうの水着を着用していた。
露出が多く、艶めいている。それと軍帽つき。
「あら~、なんのことでしょうか~?」
ルートが頬に手を当て、首を傾げている。
彼女の水着も前回と同じ。
前面はワンピースのようになっているが、背面に回るとまるで上下別の水着のようになっており、露出度が上がる。
「ヴィヴィが何を言っているのか、まままま、まったくわからないな?」
動揺して目を泳がせているのは、魔道技師モナナだ。
彼女の水着はミカの色違いで、青いものだった。
ルートが言うには、魔法学院の女子生徒たちが水泳の授業で着用するものと似たタイプのものらしい。
モナナはサイズの関係で、ミカは本来白バージョンはないということで、それぞれ特注の品だという。
「行くわよレイン! 今回は砂浜にぶっ刺して放置とかさせないんだからね!」
やはり根に持っているようだ。
ここは相棒に機嫌を直してもらうためにも、海のいい思い出を作るべきだろう。
俺とミカは浅瀬で水を掛け合ったり、砂浜で追いかけっこをしたり、砂で城を作ったりなど一通り遊んだ。
ミカに泳ぎを教えると、メキメキと上達して少し驚いた。
ちなみに、他の三人は水着を見た俺が「似合っているな」と発言したことで倒れてしまったので、日陰に運び、用意してあったビーチベッドに寝かせている。
「自分の手足で自由に動けるのって、本当っに最高ね!」
ミカの笑顔は輝いていた。
「そっか」
俺も笑みを返すが、心の奥にモヤモヤとした感情が燻っていた。
彼女はずっと人間になりたかったのだろうか。
では俺と逢ってからの十年間、ずっとその思いを抱えて我慢してきた?
だとしたら、相棒なのにそのことに気づけなかった自分が情けない。
「それにしても、ここってどのあたりなのかしら? 結構綺麗だけど、前は巨大イカ出てきたし、危険もあるのよね」
前回海に来たときに出くわしたやつだ。
巨大イカ、あれは判断が難しいが、正確には魔物ではない。
瘴気に侵された様子がなかったからだ。
これが瘴気で狂化した巨大イカとなると、魔族ということになる。
「地図的には魔族領だよな。結界が張ってあるから、それで美しさを保ってるんだろう」
「あー、確かここって王族の避難用の島なんだものね。結界を維持するだけの価値はあるってわけ」
瘴気を弾く結界は、その維持に莫大な魔力と卓越した使い手が必要となる。
俺たちはリゾート地みたいに使っているが、本来は王族の緊急避難用の土地なのだ。
『空間属性』の使い手がいるからこそ成立する、秘密の島だ。
「あ、この島の結界維持には、ボクの作った魔道具が使われているんだ」
復活したモナナがやってきて、そんなことを言う。
「そんなことまで出来るのか? すごいな」
俺が素直に感心すると、モナナは顔を真っ赤にして手をぱたぱたとする。
「い、いやぁ。まぁ、えへへ、ありがとう」
照れはするものの謙遜などしないあたり、自分の腕にはしっかりと自信を持っているようだ。
「モナナは本当にすごいわよね。だってあたしを人間にしてくれたんだもの! 大天才よ」
「二人してそんな褒めないでよ……。う、嬉しくてどんな顔していいかわからなくなっちゃうからさ」
「あたしはモナナに深く感謝しているのよね。そのお礼をしたいんだけど、レイン、手伝ってくれる?」
「ん? まぁ、俺にできることなら」
「えっ!? いいのかい!?」
モナナが目を輝かせ、鼻息を荒くする。
「ミカもこんなに喜んでるし、モナナには付け角の礼もまだしてないしな」
「そ、それじゃあこれ! あの! これを一緒に!」
モナナがパタパタと走り去ったかと思うと、ずるずると何かを引っ張ってくる。
丸太だった。
「重くないか? 大丈夫か?」
運ぶのを手伝うべく駆け寄って抱えると、とても軽い。
「これは丸太ボートと言ってね、二人乗りのボートなんだ。搭乗者の魔力で操作できるんだよ。今日のために創ってきたんだ……レインくんと乗れたら、嬉しいと思って」
そこまでされては、お礼とか抜きにしても断れない。
「よし、じゃあ乗ってみるか。ミカ、行ってくる」
「えぇ、行ってらっしゃい。あ、でも次はあたしね!?」
「わかったわかった」
俺は丸太ボートを抱えてモナナと水辺に近づいていく。
ボートを浮かべ、モナナが前に乗ることに。
俺は彼女の後ろに乗ったが、バランスをとるのが難しい。
「せ、設計ミス的なあれでね、その、取っ手が前に一つしかないんだ。よ、よければさ、あの、嫌じゃなければなんだけど、ボクを抱えるようにして掴んだりとか……」
それをすると、俺がモナナを後ろから抱き締める形になってしまう。
「いいのか?」
「! も、もちろん! むしろ嬉しいっていうか……!」
後半が小声でよく聞き取れなかったが、許可は出た。
「そ、そうか。じゃあ……」
モナナの体越しに、枝のように伸びる取っ手を掴む。
体格差の所為か、彼女の豊満な胸に俺の腕が当たってしまう。
彼女の体は柔らかく、また焼き菓子のような甘い香りがした。
「ひゃうっ」
くすぐったそうな声がモナナから漏れた。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
「ううんっ、元はと言えばボクの設計ミスの所為だから……ふへへ……」
俺たちがそんなふうに会話しながら、海にプカプカと浮き始めた時だった。
「一生の不覚! クッ、モナナ何をやっているの!」
ヴィヴィの声。
「モナナちゃ~ん? 抜け駆けですか~?」
ルートの声。
二人共起きてきたようだ。
「くっ、急がないと」
モナナが取っ手に魔力を流し――そこで操舵するようだ――ボートが動き出す。
それは予想以上のスピードで、大地を駆ける四足獣よりも速い。
「うおっ」
「あわわわっ、思ったよりも速いやっ」
俺とモナナの髪がバサバサと揺れ動き、モナナの大きな胸が大胆に揺れる。
その度に俺の腕に柔らかい感触が跳ねていた。
「モナナ、落ち着け。魔力で操るものなら、お前のイメージ次第で思い通りに動くはずだ」
「れ、レインくんがっ、ボクの耳元で話してるっ」
スピードが更に上がった。
頬肉が風に揺れるほどの速度。
「モナナ!」
このままでは結界の外に出てしまう、というところでなんとかカーブに成功。
モナナは耳まで赤くなっているが、なんとか落ち着きを取り戻したようだ。
「こ、これはドキドキし過ぎて心臓が壊れちゃうよ……」
「戦闘でもっと早く動いたことはあったけど、俺も今のはハラハラしたな」
戦いと遊びでは心持ちが違う。
今はモナナも乗っていることだし、横転した時のことなどを考えてドキドキした。
あるいはモナナに密着したからか。
「ん?」
俺はあることに気づく。
影のようなものが、俺たちと並走するように横を泳いでいるのだ。
「レインくん? どうしたんだい――って、まさかあれ」
水面から、三角形のような突起物が顔を出す。
モナナが叫んだ。
「サメだぁ……!?」




