43◇五人目の七人組
その日、俺はエレノアに頼まれてある場所へと来ていた。
場所は極秘らしく、彼女の『空間転移』で移動。
飛んだのは、建物内のホール。
白衣を来た魔族たちが、忙しなく移動している。
何かしらの研究機関だろうか。
突然現れた俺とエレノア――とミカ――にみんな一瞬目を向けたが、すぐに逸らす。
「興味はあるのでしょうが、みな忙しいので」
今日は付け角を装着していない。
この国で人間は俺だけで、その俺は【勇者】なわけだから、普通なら注目を集めてしまう。
『ここってあれ? 魔道技師がいるっていう』
ミカの言葉に、先導するエレノアが頷く。
幅の広い、無機質な白い廊下を進んでいく。
「えぇ、レイン様とお逢いする準備が整ったようです。本来ならば彼女の方から出向くべきところなのですが、自分を知ってもらうならば職場が良いと言って聞かず……」
『あんたがレインより、別の誰かの事情を優先するなんて珍しいわね』
ミカに言われて、エレノアはうっと唸る。
「これには事情がありまして……。レイン様には、ご足労おかけすることになってしまい……」
「いや、これぐらいいいよ。エレノアには普段から世話になっているし」
「レイン様……!」
落ち込んだ様子のエレノアは一転、表情を輝かせる。
『ちょろすぎでしょ……。ていうか、事情って?』
エレノアは口ごもる。
「……以前、レインさまにお渡ししたカチューシャがあったかと思うのですが」
『あんたが自分の角を模した飾りつけたやつね』
俺が人間であるとバレにくくするための魔道具をもらったのだ。
「そ、それです……そのことが、カチューシャの製作者である彼女に知られてしまい……」
『レインのために作った道具で、あんたが自分の欲求を満たしていたと知ったら、普通怒るわよね』
付け角は、エレノアのそれにそっくりだったのだ。
何故かあのあと、魔法教師のルート、情報官のヴィヴィ、メイドのレジー、それぞれの角を模した付け角別バージョンが届いた。
「うぅっ……。そういった事情もあり、彼女の頼みを断りづらく……」
「俺は気にしてないから。魔道技師は人類領でも珍しいし、興味あるよ」
「ありがとうございますレイン様。彼女も喜びます」
やがて、ある扉の前に到着。
「この向こうで彼女が待っています」
「エレノアは来ないのか」
「……い、行きたいのですが」
『あー、レインと二人きりで逢わせるところまでが、許す条件なのね』
「くっ。しかしレイン様がどうしてもと仰られるのであれば、このエレノア、友との約定よりも――」
「いや、大丈夫。そういうことなら、俺とミカで行くよ」
エレノアは安堵したような、それでいてがっかりしたような複雑な表情になって、頷いた。
「では、こちらでお待ちしておりますね。何かありましたら、お呼びください」
俺は扉を開けて、中に足を踏み入れる。
なんとなく、何かしらの研究機関のような印象を受けていたが、この部屋はどちらかというと――工房を思わせるものだった。
壁には様々な道具がぶら下がっており、無数の棚にはカゴがびっしり詰まっている。作業台と思しきものも沢山あり、それぞれ卓上の機材が異なる。
部屋の一角には、丸められた寝袋が寄せられているのが見えた。
ここで寝起きすることもあるようだ。
しかし、肝心の部屋の主がいない。
いや、いる。
隠れているだけだ。
ある作業台の下。車輪付きの椅子が置かれた奥に、誰かの気配がする。
「れ、レインくんかい?」
聞こえてきたのは、震えた声。
「あぁ、君とは、逢ったことがあるんだよな?」
あんたとかお前とか言わなかったのは、声の主を怯えさせないため。
緊張か警戒か、とにかく不安な様子。落ち着かせようと思ったのだ。
「う、うん。ほ、ほんとにレインくんなんだね」
「そうだよ。えぇと、久しぶり」
「久しぶり。本当に。逢えて嬉しいよ。ほんとうは、もっと早く顔を出せたらよかったんだけど、その、色々あってさ」
『まず言っておくと、あんたはまだ顔を出してないわよ』
「ゔぇっ!? だ、誰……!? あ、あぁ……そうだ、そうだった……レインくんは聖剣持ちなんだった」
机の下でビクッと震えたのも一瞬、すぐに納得する声の主。
「あ、あの、その、ボクも、面と向かって再会を喜びたいんだ。でも、その、怖くて」
『何がよ』
「エレノア、ルート、ヴィヴィ、レジー。この四人にはもう逢ったんだよね?」
「あぁ」
「そっか……。その、彼女たちはスタイルもよくて、美人だろう? そのあとにボクが出ていっても、見劣りするというか。なんていうか、君にがっかりされたくないんだ……」
しょぼん……と落ち込んだ声。
「人の見た目にがっかりしたことなんてないよ」
「……そうだね、君は優しいから。ボクがボクに自信がないんだな」
ふむ……。
折角来たのだ。ちゃんと話をしたいが、無理やり机の下から連れ出すなんてダメだ。
しかし、安易な励ましが届くとも思えなかった。
「……あー、と。俺は十五歳らしいんだけど、年齢の割には小柄だと思う。英雄以外と組んで戦う時なんか、最初は絶対チビとかガキとか言われてさ。君も変だと思うか?」
「まさか!」
「ありがとう。なら、俺も絶対に君を変と思わない。約束だ」
言葉が返ってくるまでには、だいぶ時間が掛かった。
それでも俺は待った。彼女が答えを出そうとしているのが分かったからだ。
やがて、彼女が机の下から出てくる。
小柄な魔人の少女だ。俺と同年代か少し下くらいに見える。
青い髪は肩に触れるか触れないかくらい。つぶらな瞳は不安そうに揺れている。
ワンピースの下部分をズボンに替えたような、青い服を着ている。
その上に袖の長い白衣をまとっていた。
「へ、変だろう? エレノアたちと同い年なんだけど……ボク、体があんまり大きくならなくてさ」
それだけならば、俺と同じ。
年の割に小柄。珍しくはないが、本人にとって大きな悩みでもおかしくない。
だが、おそらく。
彼女の悩みはそこだけではないと思う。
『でっか……』
「うぅ……」
ミカが思わず漏らした言葉に、彼女は涙目になってしまう。
『あっ、違うのよ? 何も悪くないわ? そんなもの、人それぞれだもの』
彼女の胸は、大きかった。
それこそ、エレノアやルートに負けないくらい。
「顔を見て思い出した。確かに、あの時に逢ってたな。久しぶり」
五年前に俺が助けた魔族の少女は全部で七人。
再会した順で言うと、彼女は五人目となる。
俺が笑うと、彼女は顔を真っ赤にした。
「ひ、久しぶり、レインくん。あの時は、助けてくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。それで、えぇと、君」
「な、なにかな? や、やっぱり変!? おっきすぎ!?」
「そうじゃなくて……その、ごめん。名前を聞いてもいいか?」
俺がそう言うと、彼女はポカンとした顔になり、そのあと綻ぶように笑った。
「あはは、名乗ってなかったね。ごめんごめん」
彼女は先程までの不安そうな様子が嘘かのように、自信を漲らせて言う。
「ボクはモナナ。この国一の魔道技師だよ」
あぁ、自分の仕事に誇りを持っているのだな、と伝わってきた。
「よろしく、モナナ」
こうして俺は、モナナと再会を果たしたのだった。




