42◇聖女式マッサージ(下)
『どんな筋よ』
「レインちゃんの健康管理を一手に担っていたわたくしを差し置いて、ま、ま、まっさーじなど! 不埒の極み! その者、どうせ可愛いレインちゃんに劣情を抱いていたに違いないのです!」
『……』
ミカが黙った。
俺も黙る。
レジーを庇いたいが、庇うと嘘をつくことになるからだ。
劣情とはまでは言わないが、その時のレジーはなんだか興奮気味だったのだ。
その興奮具合は、姉であるフェリスが止めに入るほど。
というわけで、追求されると困る。
俺は話題を逸らし、マリーを落ち着かせるべく、こんなことを言ってしまった。
「じゃ、じゃあ今からでもお願いできるか?」
一番目はもう変えられないが、せめて今からでも彼女の言う筋を通そう、という発言だったが。
俺は、次の瞬間にはベッドにうつ伏せに寝かされていた。
『速っ! こいつ、前より速くなってない!?』
なっている。
瘴気の中で活動できるのは、【勇者】【聖女】【賢者】の三人。
マリーは、もしかすると瘴気に踏み込んで魔族を倒しているのかもしれない。
俺と同じように、倒した悪い魔族の分、強くなっているのか。
とはいえ、俺には彼女の動きがばっちり見えていた。
目がキランッと輝いたかと思うと、俺に手を伸ばし、抱きかかえ、すぐさまベッドに急行し、優しく寝かせていた。
俺はただ抗わなかっただけ。
『ていうかあたしが遠いんだけど!?』
害意を感じなかったので放っておいたが、確かにマリーは俺からミカをとると、入り口近くの壁に立てかけていた。
そこまで含めて一瞬でこなすのだから、強化された六英雄の強さというのは驚異的だ。
「では、これより、レインちゃんの疲れを癒やすべく、治癒魔法と手技を用いたマッサージを行います」
首を動かして彼女を見上げると、その両手の指が触手か何かのようにうねうね動いていた。
その目を見て、俺は任せることに決める。
患者を見る時のものと同じ。
極めて真剣な瞳をしていたからだ。
全て任せることにして、枕に頭を落とす。
「わ、わたくしがレインちゃんを癒やして差し上げますからね」
『だらしない顔になってるわ! レインこいつ七人組と同じよ!』
ミカが叫ぶので、マリーの表情を確認する。
キリッとした顔で、俺の足を揉んでいた。
さすがは【聖女】というべきか、触れられた部分からじわじわと温かさが広がっていく感じがする。
「ミカ、心配しすぎだよ。大丈夫だ」
『くっ。普段【聖女】の仮面被り慣れてるからか、レインを前にしても涼しい顔できるのねコイツ……でも嘘じゃないわ!』
「んー……。ミカ、少し静かにしててくれ」
体がぽかぽかしてきて、眠りに入る前みたいな心地よい感覚がさざ波のように寄せてくる。
こういう時は、そのまま身を委ねて眠りに落ちたい。
「いいですよ、レインちゃん。わたくしの前では無防備な姿を見せてもよいのです。安心して癒やされてくださいね。そのまま眠ってしまってもよいですからね? 久しぶりに添い寝してあげましょうね」
添い寝……?
昔、そんなことがあっただろうか。
『……あたしの記憶が確かなら、訓練で気絶したレインをあんたが抱きしめてただけだけどね、あれを添い寝と言える精神がすごいわよ』
「しかし先程から、ぶんぶんと羽音が致しますね。なんというのでしょう、そう、こういうのは確か――おじゃま虫というのでしたか」
『殺気! こいつあたしに殺気飛ばしてるわよ!』
「姉弟水入らずの空間を引き裂かんとする邪魔者は、排除しなければならないでしょうか」
ミカがうるさい。
俺はぽわぽわと浮かぶような心地の中で、風魔法を発動。
壁に立てかけられていたミカを手元に引き寄せ、隣に寝かせる。
「誰にもお前は折らせないさ。だから、静かにしててくれ……」
『……っ。……うん』
ミカは静かになった。
マリーの動きが一瞬止まったが、彼女はすぐに動き出した。
「どうですか、レインちゃん。お姉ちゃんの手は気持ちいいですか?」
レジーにされた時はピンとこなかったが、マリーは治癒魔法も併用しているからか、効いているのがよく分かる。
肉体的な疲労だけでなく、精神的な疲労までもが溶け出して、体から抜けていくような。
「うん……」
俺は素直に返事する。
「~~~~っ。それはよかったです。わかったでしょう? レインちゃんのことを完全に把握して完璧に癒せるのはわたくしだけなのです」
気づけば、マリーが横に寝ていた。
彼女の体温、吐息、とても大きな胸が、近い。
「ここにはレインちゃんを籠絡すべく策略を巡らす女人が数多くいるようですからね。ですが忘れてはなりませんよ。レインちゃんの姉はこのわたくし、【聖女】マリーをおいて他にはいないのですからね?」
眠りに落ちる寸前の俺は、こくりと頷きそうになり。
「異議あり!」
突如響いた声に、ビクッとなって中断される。
声だけで誰だか分かる。
エレノアだ。
『空間転移』で出現したのだろう。
「あら、エレノアさん、でしたか。ノックもせずレインちゃんの部屋に踏み込むとは、些か礼を欠いた行いではありませんか?」
マリーの声色は、普段と変わらない。
しかし、俺には不機嫌なのがわかった。
『……この女、不法侵入した上でレインを待ち構えていたことは棚に上げてるわね』
「【聖女】マリー。レイン様の温情で面会許可が出たからと言って、貴女の罪が赦されたわけではありません。少しは慎みを持ったらいかがですか? 我々のことを淫魔扱いしておきながら、自らはそ、そ、添い寝などと羨ま――い、いえ、恐れ多いとは思わないのですか!」
「姉弟の健全なスキンシップに過ぎません。貴女にとやかく言われる筋合いはありませんよ」
「今は私がレイン様の身元を請け負っているのです! 口を出す権利があります!」
「……いたいけなレインちゃんを誘惑しただけでしょう」
「人並みの幸福も知らずに育ったのは、どなたの所為なのでしょうね」
「……あらあら」
「……ふ、ふふ」
二人から戦意が立ち上り……。
起きて、止めなければならないだろうか。
まぶたを開くのも億劫なのだが。
『あんたたち、うるさいわよ。いいから、これを見なさい』
ミカが何か言うと、二人の言い合う声がやんだ。
既に近くいるマリーはそのまま。
エレノアの気配は入り口付近からベッド近くまで寄ってきた。
「れ、レインちゃんっ……」
「うっ、なんて幸せそうな寝顔……」
しばし、二人が視線を交わす気配があった。
「一時停戦といきましょう」
エレノアが言い。
「えぇ、少なくともレインちゃんの前で言い争うのは避けるといたしましょう」
マリーも応じた。
一件落着だ。
俺はそれを聞き届けると、本格的に眠気に身を任せた。
書籍版発売まであと3日!
そろそろ残りの七人組が登場する予定です。
ではではm(_ _)m




