41◇聖女式マッサージ(上)
以前、ちょっと太ったと言われた俺。
ヒモ生活を満喫するあまり、体重増加に気づけなかったのだ。
今はヒモとはいえ、俺は【勇者】の紋章を持つ英雄でもある。
戦いに身を置く者であれば、自分の体のことを把握しておくのは必須。
エレノアたちは気にしないで良いと言ってくれているが、俺はそうは思わなかった。
ライオとキャンプに行って以来、一日の中に運動時間を設けることにしたのだ。
魔王軍の使う運動場を借りて、ひたすら走る。
たっぷりと汗を掻き、お風呂でさっぱりしたあと、部屋に戻ると――。
「おかえりなさい、レインちゃん!」
自室に戻った俺を迎えたのは、【聖女】マリーだった。
六人いる人類の英雄の一人。
黄色のふわふわした長髪とつややかな肌は今日も健在。
優しげな目許は嬉しそうに緩んでおり、俺を目にするや抱きしめた。
彼女の温もりと花のような香りに包まれる。
『また来たわけ? 英雄ってそんな暇なの?』
ミカが苦々しげに言う。
前にマリーが「折る」発言して以来、ミカは彼女に苦手意識を持っているようなのだ。
「に、任務は終わったのか?」
ちょっと息苦しさを感じながら、俺は問う。
「もちろんですとも。北のアイシクルでは凍剣将、西のメコルでは疫病王、南のワイカラでは百獣兄弟の討滅をこなしてきました。ようやく出来た休息の時、愛する弟に逢いに来て何がいけないというのでしょう」
魔物の異名には一定のルールがある。
強い存在順に、神、王、公、将とつく。
英雄以外の人類にギリギリ対応できるのが、将レベルと言われていた。
百獣兄弟に関しては、四天王とか十人衆とか、そういう類のものだろう。
階級とか部隊名・集団名とかだ。
「そうか。それはおつかれさま」
「はい! レインちゃんも使命を忘れていないようですね、お姉ちゃんは誇らしいです」
魔界の大気である瘴気。
魔界と人間界を繋げる『裂け目』を通してやってくるのは、魔物だけではなく瘴気も同じだった。
瘴気は動植物を狂わせるだけでなく、他にも効果があった。
瘴気の漂っている空間で魔物を倒すと、そいつの強さを手に入れることができるのだ。
ヒモになって以来、時々悪い魔族を倒しに出かけていた俺は、それまで以上に強くなっていた。
前回マリーに逢った時よりも強くなっていることを、彼女は見抜いたのだろう。
別に英雄の使命感からではないが、否定することでもないので黙っておく。
「ん~っ。やっぱりレインちゃんと一緒にいると癒やされますね。このまま連れて帰りたいです。すぅううううう、はぁああああ」
思い切り匂いを嗅がれる。
『この女、まだ諦めてないの……?』
マリーはすりすりと頬ずりしながら、とろけた声を出す。
この様子だと、任務は相当大変だったのだろう。
普段、英雄として気を張っているマリーは、たまにこうなるのだった。
前に来た時も、俺を膝の上に乗せてずっと抱きしめていたし。
「向こうに戻るつもりはないけど」
「むぅ」
子供みたいに頬を膨らませるマリー。
俺を抱きしめる力が強くなった。
彼女の体は驚くほど柔らかく、擬音で表すなら『ふわふわ』というくらいに柔らかいのだが、そんな体からは想像もつかないほどに力が強い。
この細い体のどこからこんな力が出せるのか。
……いやそれを言ったら俺も同じか。
鍛えただけ強くなる。それが英雄紋を持った人間の特徴。
だんだんと苦しくなってきた。
「……そんなに疲れてるなら、マッサージとかしようか」
なんとか話題を逸らそうと発せられた俺の言葉に、マリーがこてんと首を傾げる。
気が抜けたのか、抱きしめる力が緩んだ。
俺はこれ幸いと拘束から抜け出す。
「マッサージ? スワロウがよく行くいかがわしいお店で提供されるサービスのことですか?」
ギロリ、とマリーの視線が鋭くなる。
『【剣聖】が行ってたのは絶対にマッサージ店じゃないから』
六英雄の一人、【剣聖】スワロウ。
掴みどころのない男だが、剣の腕で彼に並ぶ者はいない。
魔剣保持者であり、代償に視覚を失った。
彼は街に立ち寄った際、ほぼ必ずマッサージ店とやらに向かうのだった。
みんな、マリーの治癒魔法で身体的不調とは無縁なのに。
険しい顔をしていたマリーだが、何かに思い至ったかのように顔を赤くした。
「れ、レインちゃん。お姉ちゃんにマッサージがしたいというのは、遠回しにそういう……? いけませんよいえ確かにわたくしという存在に恋慕の情を抱いてしまうのは必然ですしわたくしとしてもレインちゃんのことは大変好ましく思っていますが我々はあくまで英雄なのですから恋愛ごとに現を抜かしている暇はなくそういうことは世界を真に救ってからちゃんと段階を踏んで――」
『だから違うって言ってんでしょ。ねぇさっきからこの女あたしのこと無視してない?』
してるかもしれない。
現状を認めているとはいえ、マリーは俺のヒモ生活を止めなかったミカを良く思っていないようだし。
「嫌なら無理にとは――」
「嫌とは言っていません!!」
圧が強い。
言ってから、マリーはこほんと咳払いした。
反射的に大声を出したのが恥ずかしかったようだ。
「レインちゃんからマッサージの提案があったことに、驚いただけです。英雄時代の経験からは出てこない発想でしょう。不埒なスワロウからの悪影響にしても不自然です。つまり、わたくしが考えるに――」
ジトォ、とマリーの目が濁る。
「……なんだ?」
「この生活の中で、何かありましたね」
図星だった。
先程はマリーの拘束から逃れるために、頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまった。
疲れ。癒やしが必要。マッサージ。という具合にだ。
ついこの前、色々あってレジーのマッサージを受ける機会があった。
その時のことが無意識によぎったのだろう。
「どちらですか?」
「え?」
「レインちゃんはしたのですか? されたのですか?」
マリーが微笑んでいる。ニッコニコだ。
しかし、背後から立ち上るオーラは激怒した時のもの。
ここで嘘をつくと、より厄介なことになる。
「された方、かな」
「では、その人物の名前を教えてください。レインちゃんのまだ幼さの残る体をいやらしくまさぐったその指の全てを――折ります」
「マリー、落ち着いてくれ」
「わたくしは冷静です」
冷静にブチ切れているじゃないか。
「俺の方も興味があったんだよ。ほら、みんながみんなマリーの治癒魔法で万全を維持しているわけじゃないだろ? だから『普通』の人が疲れた時に体験するものを知りたくてさ」
嘘ではない。
すると、マリーはぷるぷると震え、拗ねるように叫んだ。
「ならば、わたくしに頼むのが筋でしょう!」
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
いよいよ今週金曜に書籍版が発売されます!
イラストは高峰ナダレ先生、レーベルはガガガブックスとなります。
改稿に加え、書き下ろし番外編も2本収録しておりますので是非是非。
第一部分にナダレ先生のキャラデザ使用しての紹介ページ追加しておりますので、
そちらから各キャラのビジュアル確認できます。
みんな素敵に描いていただきました。
ツイッターでは編集さんが表紙口絵挿絵を公開しているので、そちらもよろしければ。
御鷹の活動報告でも一部公開しております。
明日も更新予定です。
ではではm(_ _)m




