39◇元英雄のヒモ生活、午前2
平和な魔族の国で養われることになった俺。
五年前に助けた七人の魔族の少女たちは、この国で保護され、五年の時を経てそれぞれ出世したようだ。
魔王軍の四天王にまで上り詰めた白銀の魔法剣士・エレノアと再会したのは、偶然の出来事。
人間の子供をさらう悪い魔族の拠点を攻めた俺は、ボスの部屋でエレノアと顔を合わせる。
彼女もまた、魔族の子供をさらう悪い魔族を探してたどり着いたというのだ。
その場所では、人間の子供と魔族の子供を奴隷として交換する取り引きが行われていた。
現在、俺と一緒に過ごしているチビたちは、引き取り手の見つからなかった者たちだ。
家族が既に死んでいたり、家族に捨てられた者たち。
魔王軍は、俺ごとチビたちの世話も焼いてくれることになった。
で、だ。
そんなチビたちと、エレノアと、俺というメンバーでの朝食後。
チビたちは、勉強のために食堂を出ていく。
魔王の娘であるミュリと一緒に、日々机に向かっているようだ。
さて俺はどうしよう、と考えていると。
「れ、レインさま」
エレノアに声を掛けられる。
「あぁ」
恒例となりつつある、アレだ。
エレノアがどこからともなく取り出したのは、革袋いっぱいに詰まった金貨――『おこづかい』である。
彼女はこれを渡すことに喜びを感じているようなのだ。
「本日分の『おこづかい』となります」
「あ、ありがとう」
俺の感謝の言葉に、エレノアは神にでも感謝するように手を合わせる。
「い、いいえ。むしろ受け取っていただきありがとうございます」
金貨がたっぷりと入っている所為で、袋の口の部分が締まりきっていない。
ずっしりとした重みを感じるそれを、俺は受け取る。
気持ちはありがたいのだ、本当に。
しかし、実のところ使い切れないのである。
衣食住全て世話になっているので、そもそも生活に金が掛からない。
たまに城下町に出て散策するのだが、そこで使う金額など、エレノアからもらった総額に比べれば微々たるもの。
金が減らないのに、どんどん『おこづかい』をもらっている状況なのだ。
しかもこの前、街に出た時に競ケンタウロスで大儲けしてしまい、木箱パンパンの金貨が二箱分、自室の隅に置いてある。
前の分も残っているのに、新たに『おこづかい』をもらうのは、なんとなく心苦しい。
しかし興奮した様子で「はぁはぁ」と恍惚の表情を浮かべているエレノアに、そんなことは言えないのだった。
「あぁ、忘れるところでした。レイン様、よろしければこちらもどうぞ」
荒い呼吸が落ち着いた頃になって、エレノアが言う。
彼女が取り出したのは、飾りのついたカチューシャ――付け角だ。
ここは魔族の国なので、人間の俺が街に出ると目立つ。
というわけで、普段は魔人の角を模した飾りを付けて街に出ているのだ。
「ん、新しい付け角か。前のと何か違うのか?」
受け取ったそれを見る。
デザイン面で言えば、前のものよりもちょっと……エレノアの角に似ている。
一口に魔人と言っても、その角の形状は十人十色。
エレノアの角は、側頭部から額に向かって曲線を描くように伸びている。
「こちらは特殊な効果が付与された魔道具でして」
『魔道具? ……これ、オリジナルじゃないわよね。知り合いに魔道技師がいるの?』
ミカが会話に混ざってきた。
魔道具には三種類ある。
一つ目。神が作ったとされるもの。
聖剣や魔剣がそうだ。
二つ目。天然の魔力溜まりに何者かの願いが加わり、偶発的に発生するもの。
『こすると、願いを叶えてくれる精霊が出現するランプ』だとか『描いたものが物質化する筆』だとか『感情を持つ人形』だとか、おとぎ話に出てくるようなものが多い。
人の『こんなものがあると面白いのにな』という考えを、高濃度の魔力が実現してしまうわけだ。
三つ目。魔道技師が制作したもの。
人為的に魔力を集中させ、明確な願いを以って望んだ魔道具を作り出す――と言葉で言うと簡単そうだが、人類領には一人しか存在しないくらい、貴重な人材と技術だ。
【賢者】ならあるいは可能かもしれないが、有用な魔道具を人為的に作り出すだけの魔力を消費するくらいならば、彼女を戦場に飛ばした方が良い。
それくらい、人類の戦いには余裕がないし、魔道具制作に必要な魔力は膨大なのだ。
「特殊な効果って言うと?」
俺が尋ねると、エレノアはこほんと咳払い。
「装着者の魅力を抑制する効果が期待できます」
言われても、ピンとこない。
だがミカには分かったようだ。
『へぇ。良かったわねレイン。これ付けてれば、あんたが微笑みかけても、誰もぶっ倒れないわよ』
まるで俺の笑顔を攻撃魔法みたいに言うミカだが、まぁ魔王城では不思議なことに、珍しい現象ではなかった。
五年前に助けた、七人の魔族の少女。
魔王軍四天王・エレノア。
魔法学院の講師・ルート。
魔王軍筆頭情報官・ヴィヴィ。
魔王の娘の護衛兼メイド・レジー。
再会できたこの四人は特にだが、中でもエレノアは抜きん出て俺への耐性? が低い。
以前までは微笑で気絶、声を掛けると鼻血を噴くのが普通だった。
最近では、魔王軍四天王たる鋼の精神で耐えているようだったが……。
「魅力を抑制……認識阻害の一種か?」
残念なことに、人類が魔族の脅威と戦う時代であっても、人類の犯罪というのは絶えない。
中々、心を一つに一致団結とはいかないようだ。
魔法が使える犯罪者の中には、相手の意識に訴えかけて、自分の顔を実際のそれとは異なるものに見せかける者もいる。
「その通りです。レイン様の溢れる可愛いさ……魅力は大波のごとく周囲の者を呑み込んでいきます。これ以上溺れる者が現れては邪魔――もとい大変ですので、こちらで手を打とうというわけです。まぁ、人間だとバレにくくなるというおまけの能力もついてます」
『本音が隠しきれていないわね。っていうか人間バレ防ぐ方が重要でしょ』
ミカが何か言っているが、俺が気になったのはデザインだ。
「これ……あぁ、ヘアバンド部分が魔道具で、角は装飾なのか」
ぴくり、とエレノアの肩が震える。
「え、えぇ。そこに気づくとはさすがレイン様です」
『いやバレバレだから。モロにあんたの角と同じじゃない。というかあたしにはもう予想ついてるわよ』
「な、何のことでしょうか」
「これ作ったのも七人組の一人でしょ」
ギクリ、とばかりにエレノアの肩が跳ねる。
「国家の機密に関わることですから、お答えできかねます」
『自分の角まで込みのカチューシャじゃ創ってもらえないから、あくまでレインのためってことで創らせて、あとから自分の角模した飾りくっつけたんでしょ』
ギクギクッ、とばかりにエレノアの動きがぎこちなくなる。
「ま、まさかそのようなこと、このエレノアがするわけがないというものです」
「既にあるものじゃなくて、俺のために作ったのか? 大変だったんじゃないか?」
有する能力から考えて、世間が魔道具と聞いて連想するあれこれよりは、創り出すのにかかった魔力は少なくて済んだだろうが、それでも相当な量だ。
「レイン様のためと言ったら一晩でやってくれました」
『七人組の行動力だけはほんとすごいと思うわ……』
「……もう誤魔化せそうにありませんね……。まぁ、彼女もレイン様のお役に立てたのなら本望でしょう」
つまりミカの予想通り、この国の魔道技師は七人組の一角ということ。
国家の機密……なんてのは、俺に対しては今更だろう。
魔王の家族構成や四天王、魔法学院、情報官などなど、敵に知られては厄介な情報を大量に知られているどころか、全員知り合いなのだ。
「そうか……ありがとうと伝えてくれ。いや、直接言った方がいいかな?」
「いえ、今は少し……」
『そうよね。七人組なのにレインに会いに来ないってことは、来れない理由があるってことよね』
「えぇ……一人は私と同じく四天王なのですが、彼女は仕事柄、出張任務が多い上に長いですから……。もう一人は厄介なので会わせたくないです。技師の彼女はその……会いたいとは言っているのですが」
『あんたが厄介判定するって、どれだけよ……』
確かに気になるが、今は魔道技師の話だ。
「忙しいのか?」
「それもありますがその……彼女は芸術家気質といいますか、その、一つに集中するとそれ以外が疎かになるといいますか……。そうした期間が、とても長かったので、今はレイン様に会うべく準備中といいますか……」
『あぁ、人前に出られる状態じゃないから、恥ずかしくてレインに会いに来られないのね?』
エレノアが、小さく頷いた。
「人前に出られる状態じゃない?」
『色々あるのよ。どうせなら完璧なコンディションで再会したいでしょうし』
よく分からないが、そういうことらしい。
「じゃあ、今は感謝の気持ちだけ」
「レイン様のお言葉、必ずや彼女に届けましょう」
そこで一旦会話が途切れる。
俺はなんとなく、付け角を装着した。
「どうだ?」
「はうっ……!」
エレノアは胸を手で押さえ、片膝をついた。
が、意識は保っていた。
「よ、よくお似合いです」
『耐えたわ……! 効果は本物ね』
ミカは驚いている。
「まだまだいけます。次はレイン様、私のことをどうか『姉さん』と――」
『こら、調子に乗るな。ただでさえ自称姉との縁が切れなくて大変だってのに……』
一時は、俺を連れ戻すべく魔族領を爆走していた【聖女】マリー。
彼女は戦闘……説得の末、なんとか納得してもらった。
今では休息時間に【賢者】の『空間属性』魔法でこちらに遊びに来る。
帰りは俺が送り返すわけだ。
たまに他の英雄たちからの手紙を持ってくる時もあるが、向こうは向こうでなんとかやっているようだ。
「そうだ。折角だから、角の効果を試しがてら出かけるか? エレノアも良かったら一緒に――って、任務帰りで疲れてるよな」
「行きます」
「またの機会に――え」
「行きます」
エレノアの顔がいつになく真剣で、俺は思わず一歩下がる。
その分、エレノアが一歩踏み込んできた。
「体調は問題ございません。むしろ今ベッドに入ったら、お誘いを断ったことを後悔して眠れません」
「そ、そっか。じゃあ、少しだけ」
「はい……! 街を遊び尽くしましょう!」
聞いてない。
まぁ、いいか。
エレノアが倒れる心配をせずに話せるのなら、それは多分、俺には嬉しいことだ。
現に今、一人で出かける時より、胸が高鳴っている。
「それじゃあ、どこに行こうか」
書籍版、いよいよ来月の19日頃に発売となります。
表紙イラストなど、そろそろ発表できるのではないかなと思います。
みんな素晴らしくデザインしていただいたので、公開した際は是非ご覧になっていただければと……!
更新ペースに関しては、なんとか週一ペースにできればと考えております。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
ではではm(_ _)m




