34◇元英雄で、今はヒモ
人類の為、平和の為、世界の為。
厳しい訓練に耐えて、凄惨な戦場を駆け抜け、泥のように眠る。
次に目が覚めたら、嫌なことはもう全部終わっていて。
いつか宿の窓から眺めていた、普通の子供のように笑って暮らせる『日常』ってやつを、自分も手に入れることが出来るのだ。
擦り切れるくらいに繰り返し見た、その夢。
当時の俺に教えてやりたい。
それ、叶わない夢じゃないぞ、って。
お前の望んだ日常は、いつか手に入るぞ、って。
◇
『ヒモのレインよ、起床時刻だ』
ふわふわの何かで顔をこすられる。
「……おはよう」
白狐の尻尾だった。霊獣だからか、匂いというものがない。
『あぁ』
今日も、まずはチビ達をどけるところから始めないといけない。
左を見ればウサミミのキャロ、右を見れば狐耳のウルがしがみついている。
そして今日は、上に猫耳の童女が乗っていた。
釣った魚をやったあたりから、以前より懐かれたようだ。
食べ物はそれだけ強いということだろう。
分かる分かる。
チビ達をどかすのは結構大変で、たとえばウルをどかすと、それによって生じた隙間に他のやつがシュッと入ってくるのだ。
お前達、寝てたんじゃないのか……?
頑なに寝たふりをするので、最近は少ししてから擽ることにしている。
そうするとすぐに限界とばかりに笑い出し、寝たふりを解除出来るのだ。
「勇者さま、フェリスにございます」
控えめなノックと声。
「あぁ、起きてるよ」
入ってきたのは黒髪の麗人、メイドのフェリス。
着替えを済ませると、ミカを腰に差して食堂へ向かう。
ここ最近はフリップ&ミュリ兄妹と一緒に食卓を囲むことが多い。
フリップが言うには、ルートが俺をまた連れてくるようにとさり気なく頼んでくるらしい。
ミュリのいるところには、護衛のレジーとアズラもいる。
食後、フリップは学校。
ミュリとチビ達はお勉強の時間だ。
「レインさま」
部屋に戻る途中で、エレノアに声を掛けられた。
「あぁ、どうしたんだ?」
「少しお時間よろしいでしょうか」
なにやら真面目な雰囲気。
「もちろん」
俺たちは彼女の部屋に移動。
テーブルを挟み、向かい合って椅子に腰掛ける。
「【聖女】の件は、申し訳ございませんでした」
「ん? な、何が?」
「レインさまに安全で快適なヒモ生活をお送りいただけるよう、最大限努力したつもりでしたが……英雄共に所在が知られる事態になってしまい……」
「あ、あぁ。いやいいよ、気にしなくて」
【聖女】マリーに俺の居場所を突き止めた理由を尋ねたが、「愛です」と返ってきた。
本人はそう信じているようでそれ以上は分からなかったが、何かあるのだろう。
「そういうわけには……」
「エレノアと再会してから、毎日楽しいよ。俺には、それで充分」
「――――っ。こ、光栄です……」
耐えた。
エレノアが意識を保っている。
ぐらついているし息も荒いが、耐えきったようだ。
彼女が落ち着くのを待ってから、声を掛ける。
「そういえば、ここ数日ヴィヴィを見ないけど」
「あぁ……彼女は部下の動きを【軍神】に読まれていたのが悔しかったらしく、自ら再教育に向かいました」
仕事熱心だ。
「エレノアもこれから仕事か?」
纏う空気が真剣なものなので、そう思った。
「えぇ、国境を侵さんと目論む敵部隊が確認されたとのことで、迎撃にあたります」
「俺とミカも行くよ」
「い、いえっ。レインさまのお手を煩わせるほどのことでも……」
「いや、行きたいんだ。邪魔じゃなければ、連れて行ってくれ」
「……レインさまがいれば一億人力です」
「あはは、それは多すぎだろ」
『この調子で強くなると冗談では済まなくなるけどね』
俺達は国境へと転移する。
魔族は人類領を狙っているが、それだけではない。
魔族同士でも争うし、特に平和を掲げるエレノアの国など疎ましくてならないだろう。
このような戦闘はよくあるそうだ。
エレノアが軍の偉い人っぽい感じの魔人と話している間に、俺は敵を確認する。
『やるの?』
「あぁ、まずはあれやるか。いつもの」
俺が言うと、ミカが代わりに言ってくれた。
『尻尾巻いておうちに逃げ帰るなら、命だけは助けてあげるわよ!』
瞬間、敵軍から凄まじい怒りの声が放たれ、同時に進軍開始。
ミカが言うと挑発っぽくなってしまうな……。
俺は味方の誰よりも先頭に立ち、ミカを横薙ぎに振るう。
空を切ったかに思えた斬撃はしかし、『拡張』の能力によってどこまでも伸びる。
具体的には、俺の視界に映る範囲ならば、斬ってしまうことが出来る。
数千はいた敵兵の体が、一瞬にして上下に分かれる。
生きている者も何人かいるが、あれくらいならば任せてもいいだろう。
開始数秒で決着した。味方の損害はなし。上々だろう。
なんか味方が固まっているが、よくあることなので放っておく。
『……やっぱり、グラディウスの言う通りみたいね』
「あぁ」
何かを好む者がいたとする。
きっとその者にとってその行為なり物なりが、充足感を与えてくれるのだろう。
パンケーキが好き。美味しいし、食べたら幸せな気持ちになれるから、みたいな。
魔族の中に戦闘狂が多いのは何故か。
勝負に勝つことそれ自体が理由でも構わないし、実際長らくそう思われてきたし、事実そういう者が多いが、これは完全じゃない。
瘴土内で敵を殺すと、その『強さ』を奪える。
この強さというのは向こうで伝わっている話で、実際は魂とか魔力とか、そういうもののようだ。
まだ瘴気に侵されていない人類領を守る戦いでは特に気にならなかったのに、魔族領で敵を倒すようになってから自分がどんどん強くなるのを感じた。
ヒモになってから何体も倒したなんたら王の力を、俺は手にしていたわけだ。
このやり方で強化出来る人類は、【勇者】【聖女】【賢者】のみ。
他の三人は魔力の関係で、瘴土内での長時間活動が出来ない。
【聖女】には治癒という大役があり、【賢者】の魔法も迎撃に必要。
自由に動かしてもいい駒は、精々一人。
俺が魔族領に行くのは、人類にとって悪い選択ではない。
なにせ、ただでさえ最強だったやつが敵を倒して更に強くなるというのだから。
必要のない殺しはしたくないが、戦闘狂の魔族は降伏しないし敵を殺すことに躊躇いがない。
敵を全て捕らえ閉じ込めておくなんて現実的ではないから、向かってくるものは倒すしかない。
――それに、このやり方なら……。
いまだこの世界に現れたことのない、『神』の位の魔族を倒せるくらいに成長出来るかもしれない。
そいつらを軽く倒せるくらいに、もしなれたら。
いつか英雄たちと話したような、魔界に乗り込んで悪いやつを全滅させる……なんてことも出来るかも。
そうすれば、戦いが終わる日が来るかもしれない。
「き、貴様は何者だ……!」
と、叫ぶ声が聞こえた。
どうやら敵の生き残りをエレノアが捕らえたらしい。
俺は何者なのだろう。
強いて言うなら――。
元英雄で、今はヒモ。
ひとまずここまでで一区切りとなります。
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ではではm(_ _)m