25◇もふもふ白狐救出作戦
「あっち」
「あぁ」
「すごくあっち」
「分かった」
「今度はあっち」
「うん」
と、ウルの指示が出る度に転移を繰り返すこと数度。
「う」
彼女の声が詰まった。
そして、俺とミカ、エレノアも悟る。
『近いわね』
風魔法でギリギリまで近づこうとして、気づく。
「洞窟か……。反応は下からするな」
「う。下に白狐さまを感じる」
地面を撫でていたエレノアが、もう片方の手を顎に当てる。
「かなりの数の兵がいますね」
「そうか。じゃあこの前と同じでエレノアは待っていてくれ。ウルを任せても――」
ウルは俺の足にがっしりとしがみついた。
「うー……」
「危ないから、ここから先へは連れていけないぞ?」
「見る」
「何を?」
「ウルが、レインに助けてって頼んだ」
「あぁ」
「だから、最後まで見る」
――へぇ。
『良い覚悟じゃない。命を奪うことの重さも知らずに命令や依頼を出すのやつも多い中、大したものよ』
ウルは、幼いながらにそれを理解しているのだ。理屈ではなくとも、多分、感覚で。
自分の頼んだことが単なる霊獣救出に留まらず、敵の排除を伴うと理解し、それを依頼者として受け止める気持ちがある。
子供に見せて良いものではない、という考えには全面的に賛成なのだが。
そもそも、ウルは地下にいる奴らの一味に村ごと滅ぼされているのだ。
グロいから見せられないよ、というのは簡単だが、既にもっと凄惨な光景を見ている。
その彼女が見ると言うのだから、俺としては気持ちを汲んでやりたい。
「私としては、反対です」
エレノアである。
彼女は自身も生贄にされかけた経験があるし、俺が五歳から戦わされていたことにも胸を痛めていた。
まだ幼いウルを戦いの場に連れて行くことに賛成は出来ないだろう。
これもまた、分かる。
どちらの意見にも納得出来るので、難しいところだ。
「……えれのあ」
「うぅっ……そんな目で見てもダメです。殺し合いなど子供が見ていいものではないのですから」
「白狐さま、ウルがいかないと、れいんのこと敵って思うかも」
「あ。た、確かにその可能性はありますが」
「おねがい、エレノア」
「くっ、これまでが痛ましいほどに虚ろな目をしていただけに、感情の込められた視線でおねだりされると来るものがあります、が……! レインさまが安全を確保したのちに踏み込むのでも問題はないでしょう」
ウルを守って霊獣のところまで行くのは難しくないが、道中のあれこれを見せたくないというのがエレノアの意見。
「ウル」
「う?」
「お前の気持ちは分かった。それに、えらいよ。それで充分だ、白狐さまのことは俺が助けて連れてくるから、待っていてくれ」
「…………分かった」
ウルはそれ以上食い下がらなかった。
自分がいては邪魔になる、というところまで考えが及んだのかもしれない。
賢い子のようだから、有り得る。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺はそのままアホみたいに真っ直ぐ入り口へ向かう。
当然、見張りに見つかる。
狼を人型にしたような、大柄な魔族だ。
俺を見ると、二人いた見張りは顔を見合わせ、それから下卑た笑みを浮かべた。
そして競争するよう駆け出し、襲いかかってくる。
ろくに怪しむことなく、獲物がやってきたと喜んだのか。
種族の確認でもすれば、人間がいるなんておかしいと思えただろうに。
『投降を促す手間が省けたわね』
通り過ぎざまにミカで首を落とす。
「全員がこうだとは思いたくないが」
俺の希望は打ち砕かれることになる。
人質をとって霊獣を脅し、果てにはその人質を虐殺するような軍というのは知っていたが。
彼らの対応は、いかにもだった。
オークの集団を殲滅した時と同じ要領で敵を屠っていく。
ミカによる斬撃と、風魔法で作った矢だ。
「しかし霊獣を使役とか出来るのか?」
『契約さえ結べればね。ただ……』
「なんだ?」
『ウルの村で虐殺が行われたって話じゃない? 捕縛した時みたいに、従えたいなら生かしておく方が得策だと思うのよ。最低でも何人かはね』
「……人質として有効なのに、それを全部捨てるってのは変だな」
『えぇ、別に村の人達にほんとのこと言う必要もないし。なんなら実行した下っ端達にも本当の目的は知らされてない、なんてこともあるかもしれないわ』
「霊獣って精霊とかみたいに、純度の高い魔力が意思を得た……みたいな存在なんだよな?」
『えぇ、多分あれね。まだ人が純粋に自然を敬っていた時、神聖な存在を信じる心や祈る気持ちなんかを魔力溜まりが汲んで、実体を与えたんでしょう』
発生した理由自体は、『裂け目』と変わらない。
ミカの話だと最近ではもう珍しい存在というから、霊獣を生むほどの想いを持った人間は現代ではほとんどいないということなのか。
「それを悪い魔族が捕らえ、多分従える気がないってなると……」
『魔力を悪用するつもりでしょうね』
「そんなんばっかだな」
『早く助けてやらないと危ないかもね』
ウルが存在を感知出来た以上、まだ消滅はしていない筈。
こちらの希望は繋がった。
やがて辿り着いたのは、広い空間。
問答無用で魔法をぶっ放してきた術士を倒し、目的の相手に近づく。
でかい首輪と鎖に繋がれた、白い毛並みの大狐だ。
『……何者だ』
この首輪が白狐の力を封じ、更には力を奪っている。
白狐から奪われた力は、首輪に嵌っている宝石に流れているのか。
他人の魔力を無許可で使うなんてことが出来ないように、他者の魔力を利用するには手間が掛かる。
吸収して自分のものにするか、相手に捧げさせるか、何か別のものに移して誰のものでもない魔力とするか。
今回は三番目のやつ。
「何者って……ウルの友達をしている者だ」
白狐がぴくりと震える。
『ウル……あの小さき者は生きているのか』
その声は掠れていたが、喜びが滲んでいた。
「あぁ、知ってる限り村の生存者はあの子だけだけど。あんたを助けてくれってさ」
『……その願いを叶えた貴様は、何者か。ウルとの関係ではなく、貴様の立場はなんだ』
またこの質問か。
「俺はレイン。魔王軍のヒモをしている」
『ひも』
威厳のある声を出していた白狐が、ちょっと困惑気味に言う。
「あぁ、ヒモだ」
『そ、それはいかなる役職か』
「好きな時に食べ、好きな時に遊び、好きな時に寝るのが仕事だ」
長い長い沈黙が流れる。
『……我が長く一つの村に留まっていた間に、世界にはそのような奇っ怪な役割が生じていたのだな』
「俺も最初に聞いた時は驚いたよ」
『ねぇ、さっさと連れて帰らない? ウルが待ってるわよ』
痺れを切らしたようにミカが言う。
それもそうだ。
俺は首輪を外し、宝石を白狐に渡す。
『……我でも破壊は出来ぬと諦めた首輪だったのだが。そもそも貴様の剣……聖剣ではないか』
「それよりこれ、中にあんたの魔力が入ってるんだろ?」
白狐は混乱した様子だったが、差し出した宝石を咥え、器用に砕いた。
『感謝する。ヒモのレインよ。この礼は必ず』
「どういたしまして。礼はいいけど、ウルに逢ってやってくれ」
『もちろんだ』
白狐に触れ、洞窟の入り口に転移。
こちらが呼ぶより先にウルが飛び込んできた。
「白狐さま……!」
聞いたこともないような大きな声を出し、見たこともないような俊敏な動きで、ウルが白狐に飛びつく。
エレノアも微笑みながら近づいてくる。
『……本当に生きていたか』
「う……! れいんが助けてくれた」
『そうか……』
ウルは白狐のふわふわした毛に顔を埋め、自分の顔をこすりつける。
『ウル。生き残りはお前だけと聞いた』
ウルは何も答えなかったが、体が固まったのが分かった。
『村の守護者たりえなかった我を、それでもお前は助けようとした。ウル、心優しき童女よ。もしよければ、今度こそお前を守らせておくれ』
ウルが顔を上げる。
「これからも一緒?」
『あぁ、お前さえよければ』
返事は聞くまでもない。
ウルの満面の笑みが、なによりもの答え。
こうして俺たちは、またしても悪い魔族の一団を壊滅させ。
もふもふの霊獣を救出し。
ウルの笑顔を取り戻した。
『ヒモのレインよ。我の助けが必要になればいつでも言え。力の全てを尽くして役に立ってみせよう』
あと白狐にそんなことを言われた。
とにかく、一件落着だ。
もふもふさんも魔王城に住みます。
勇者、聖剣、幼女、霊獣を養う魔王軍……。
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ではではm(_ _)m
 




