23◇命をもらうぞツインテちゃん(後)
そういえば試合開始の合図とかはないのだろうか。
ルートや生徒はそれどころじゃなさそうだし。
まぁいいや。互いに得物を構え、戦意は確認済みなのだ。
もういいだろう。
「お前の考えは立派だと思うが、相棒を悪く言わないでほしいんだ。だから、斬るよ」
なんか魔力を解放してからジュラルが言葉らしい言葉を口にしなくなったが、気にしない。
俺は大地がえぐれるほど踏み込み、一足でジュラルに肉薄。
「ひっ……!」
悲鳴に似た声を上げるジュラルに構わず、聖剣による切り上げを振るう。
「決闘なんだ、命をもらうぞ」
そして俺は、彼女を斬った。
彼女の二つに結われた髪の一部分、片側の一房をバッサリ。
躊躇いはあったが、決闘なのだから仕方ない。
「……えっ?」
『首じゃないの!?』
んなわけないだろ。
というか、お前もさすがに本気でそこまでは望んでいないだろう。
ぽふっと、地面に彼女の髪の束が落ちる。
「……【聖女】が言っていた。『髪は女性の命』だってな。お前がどんな決意で決闘を挑んだかは分からないけど、俺は殺しは好きじゃない。必要ないなら更に嫌だ。『命』はもらった、だからこれで決着……じゃあだめか?」
ジュラルはへなへなと気が抜けたようにその場に座り込んでしまう。
戦意はもう無いな。
魔力を再び抑える。
「く、雲が……嘘だろ」「あのデカイ雲が……割れた……!?」「き、斬ったのか……」「斬撃の衝撃が空まで届くって……」「ジュラル……い、生きてるよな?」「ルート先生の結界が展開と同時にひび割れる魔力……」「校舎のガラス全部割れてるんだけど……」
空を見ると、確かにあの大きな雲がパックリ割れていた。
ミカめ……斬撃の『拡張』をしたな。
『まぁいいわ。さぁツインテ……ぷぷっ、もうサイドテールね。さぁ謝ってもらおうじゃない!』
「とても勉強になりましたね~みなさん。というわけでレインくんとミカさんは残りの時間を見学していてくださいね~」
ルートがやってきて、俺たちをずいずいと端へ押しやる。
『待ちなさいまだあたしはあのサイドテールに用件が――って、あぁ……そういうこと』
どういうことだろう。
さっきまでなかったはずのぬかるみがジュラルの足元に見えた気がしたが、ルートに背中を押されたのでよく確認出来なかった。
「ミカさんも女の子ですから、殿方に見られたくないものがあるとご理解いただけますよね~」
ミカがピクッと揺れた……気がする。
『お、女の子? あたしが?』
「あら? 違うのですか~?」
『で、でも剣だし……勇者の聖剣とはいえ、剣だし……勇者の聖剣とはいえ』
お前が聖剣なのはちゃんと分かってるよ。
「妙なことを仰られるんですね~。『女の子』っていうのは肉体どうこうではなく、『在り方』なんですよ~? 心が女の子であれば、それは女の子なんです~」
『! あ、あんた……あんた、良い人ね!』
……ミカ?
ちょっと前まで『七人組で一番エグい』とか言ってなかったか?
「それと、レインくん」
やはり怒られるのだろうか。
ガラス割ってしまったしな……。
俺はこう見えて無一文なので、ヒモの壊したものの請求は魔王軍へ行く。
おっさんとエレノアにも謝らないとな……。
「これからは、人の心にも沢山触れていきましょう。事実であっても、人を傷つけてしまうことはありますから~」
「やっぱりどっかでジュラルを怒らせたんだよな……」
「あの子は言い方こそ悪いですけれど、この国とそれを守る魔法使いのことをとても大切に思っているんですよ~」
そういえば侮辱を取り消せと言っていたか。
思い浮かぶのは、俺とミカの方が強いうんぬんだろうが、でもあれは事実だし……あ。
その事実が、彼女の誇りを傷つけた、という話なのか。
「人間関係って難しいな……」
「……そうなんです、難しいんです。……だから五英雄は、あなたが使命にだけ集中出来るよう他者との触れ合いを禁じたのかもしれませんね。特に若い頃は、人間関係による悩みが心身に影響を及ぼしがちですから」
なるほど、悩み一つで俺のパフォーマンスに影響が出れば、それで救えない人間が出てくるかもしれない。
「ふぅん……そうか、俺もまだまだ未熟だな」
「みんなそうですよ。学校は、人間関係を学ぶ場でもあるのです」
『うんうん、良い教師ねあんたは。気に入ったわ』
「まぁ、それは光栄ですね~」
――その後、なんやかんやと授業は進んだ。
他の女子生徒たちに抱えられてどこかへ消えたジュラルが戻ってくることはなかったが……。
そして今、俺はフリップおすすめの学食に舌鼓を打っていた。
「れ、レイン……くん」
ほぼ満席な学食の中で、何故か俺とフリップの座るテーブルだけみんな避けていくのだが、それはまぁいいとして。
「あぁ、ジュラル」
学生服姿に戻ったジュラルが、そこにはいた。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「そ、その……聖剣……さまに、謝りに来たの。あたしの……完敗だったから」
『ふっ、約定を果たす誠実さに免じて、謝罪一つで許してあげるわ』
「ご、ごめんなさい。あなたにも心があるのに、ものみたいに言って……」
『……急に素直になったわね。許すわよ。あたしの方こそ、レインが超強いのは事実としても、それをひけらかすような言い方をして悪かったわ』
またしてるぞ。
「その……ルート先生に説明してもらったの……あなたの境遇というか、現状というか。あたし達はそこらへん……まったく知らなかったから……」
あー、他のやつらからしたら俺は六英雄の一人でしかないもんな。
まさかヒモをやっているとは思うまい。
「まさか……他の五人の英雄が非道にも洗脳に近い形であなたを働かせていたなんて……!」
……エレノアもだけど、ルートも大概あの五人が嫌いらしかった。
「あたし、あなたの心の成長が英雄共に遮られていたってことも知らずに、煽られてるとか思っちゃって……!」
「いや、俺もルートに言われて、色々勉強しなきゃなって思ったよ。悪かったな」
「ううん! いいの! それで……それでね? 良かったら、その……フリップくんみたいに……あたしも友達にしてくれない? 普通のことなら、教えてあげられると思うし」
「あぁ、そう言ってくれると嬉しいよ」
そう言うと、ジュラルの顔がぱぁっと輝いた。
「よ、よかった……」
「あ、そうだ。えぇと……」
俺は立ち上がって、ジュラルの頭部に手を伸ばす。
「レインくん?」
「少しそのままで」
「う、うん……」
俺は彼女の頭部に『治癒』をかける。
するとたちまち、先程切り落とした分の髪が戻った。
「えっ、一瞬で……」
「これで……その、仲直りってことでいいかな?」
そう言うと、ジュラルは俯きがちに微笑んだ。
「うん」
「良かった。じゃあ一緒に飯食わないか?」
「いいの?」
「もちろん。あ、フリップは大丈夫か?」
「あぁ、もちろんだとも」
「じゃ、じゃあ持ってくるね」
ぱたぱたとジュラルが注文に向かう。
「では先生も一緒にいいですか~」
気づけばルートが隣の席に座っていた。
『あらルート、来たのね。大歓迎よ』
ミカは完全にルートを認めているようだ。
よほど女の子扱いが嬉しかったのか。
「ミカさんはどういうお手入れが一番好きとかありますか~?」
『あたしってば完璧な聖剣だから汚れさえ拭ってもらえればそれでいいんだけど、それでもやっぱり気に入っている方法があってね』
「まぁ、是非聞かせてくださいな~。なんなら、ご用意しますから~」
なんだか二人の話が盛り上がっている。
その後ジュラルが料理を持って戻ってきて、昼食の時間は賑やかに過ぎていった。
色々あったが、学校とは大変なこともあるが楽しいことも多いところのようだ。
ちなみに放課後の魔法を教える場でまたみんなを驚かせてしまったのだが、それは別の話。
それとガラスの弁償についてエレノアに相談したら「そんなことはどうでもいいので制服姿の写真を撮ってもよいでしょうか?」と言われた。




